事業協同組合の理事を選出する選挙の取消しを求める訴えに同選挙が取り消されるべきものであることを理由として後任理事又は監事を選出する後行の選挙の効力を争う訴えが併合されている場合における先行の選挙の取消しを求める訴えの利益
事業協同組合の理事を選出する選挙の取消しを求める訴えに、同選挙が取り消されるべきものであることを理由として後任理事又は監事を選出する後行の選挙の効力を争う訴えが併合されている場合には、後行の選挙がいわゆる全員出席総会においてされたなどの特段の事情がない限り、先行の選挙の取消しを求める訴えの利益は消滅しない。
中小企業等協同組合法54条、会社法831条、民事訴訟法第2編第1章訴え
平成31年(受)第558号 最高裁令和2年9月3日第一小法廷判決 総会決議無効確認等請求事件 破棄差戻 民集第74巻6号1557頁
原 審:平成30年(ネ)第214号、平成30年(ネ)第258号 広島高裁平成30年12月11日判決
原々審:平成28年(ワ)第938号 広島地裁平成30年4月25日判決
1 事案の概要
Yは、中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合であるところ、平成28年5月に開催されたYの通常総会において、理事を選出する選挙(以下「本件選挙1」という。)及び監事を選出する選挙(以下「本件選挙2」という。)が行われた。
その後、本件選挙1で選出された理事によって構成される理事会がした招集決定に基づき、同理事会で選出された代表理事である理事長が招集して、平成30年5月、Yの通常総会が開催された。同総会においては、本件選挙1及び2で選出された理事及び監事全員が任期の満了により退任したとして、理事を選出する選挙(以下「本件選挙3」という。)及び監事を選出する選挙(以下「本件選挙4」という。)が行われた。
本件は、Yの組合員であるXが、Yに対し、①本件選挙1及び2の各取消しを求めるとともに、②本件選挙1を取り消す旨の判決の確定を条件に、本件選挙3及び4の各不存在確認を求めた事案である。
2 原審の判断
原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下した。
本件選挙1及び2の各取消しの訴えの係属中に、役員全員が任期の満了により退任し、その後に行われた本件選挙3及び4で役員が新たに選出されたのであるから、特別の事情のない限り、取消しの訴えの利益は消滅する。本件では本件選挙3及び4の各不存在確認請求が追加されているが、取消請求の認容判決確定までは本件選挙1は有効とされ、事実審の口頭弁論終結時において本件選挙3及び4は適法であったことから、本件選挙1の取消しの訴えの利益があるとはいえない。そして、上記特別の事情もないから、本件選挙1及び2の各取消しの訴えは不適法である。また、本件選挙3及び4の各不存在確認の訴えは、過去の法律関係の不存在について停止条件付きで確認を求める訴えであって、不適法である。
3 本判決の概要
これに対し、Xが上告受理申立てをした。最高裁判所第一小法廷はこれを上告審として受理し、判決要旨のとおり、事業協同組合の理事を選出する選挙の取消しを求める訴えに、同選挙が取り消されるべきものであることを理由として後任理事又は監事を選出する後行の選挙の効力を争う訴えが併合されている場合には、後行の選挙がいわゆる全員出席総会においてされたなどの特段の事情がない限り、先行の選挙の取消しを求める訴えの利益は消滅しないとの判断を示して、原判決を破棄し、本件選挙1の取消事由の存否等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
4 説明
(1) 本件では、事業協同組合の役員選挙の取消しの訴えの利益の有無が問題となっているが、選挙の瑕疵を争う訴えには、会社法の株主総会決議の瑕疵を争う訴えの規定が準用されると解されることから、株主総会決議の瑕疵を争う訴えの利益に関する議論が、本件でも参考になる。そして、役員選任の株主総会決議の瑕疵を争う訴えの利益に関する判例としては、事後的な事情の変化と役員選任の株主総会決議取消しの訴えの利益の存否に関する最一小判昭和45・4・2民集24巻4号223頁、判タ248号126頁(以下「昭和45年最判」という。)と、株主総会決議の瑕疵の連鎖と役員選任の株主総会決議不存在確認の訴えの利益の存否に関する最一小判平成11・3・25民集53巻3号580頁、判タ999号221頁(以下「平成11年最判」という。)があることから、本件で理事選挙(本件選挙1)の取消しの訴えの利益を考えるに当たっては、上記各最判をどのように理解するかが重要となる。
(2) まず、昭和45年最判は、株主総会決議取消しの訴えのような形成の訴えについては、法律に規定する要件を充足する限り、訴えの利益を有するのが通常であるものの、後の事情の変化によりその利益を欠く場合があるとしている。そして、このような考え方を前提として、役員選任の株主総会決議取消しの訴えが係属中、その決議に基づいて選任された取締役ら全員が任期満了により退任し、その後の株主総会決議によって取締役ら役員が新たに選任され、その結果、取消しを求める選任決議に基づく取締役ら役員が現存しなくなったときは、特別の事情のない限り、決議取消しの訴えの実益がなくなり、訴えの利益を欠くに至るとした。これは、決議後の事情の変化と決議取消しの訴えの利益の有無は、決議の取消しを求める「実益」があるか否かという観点から判断すべきとするものであって、このような考え方は、その後の判例(最一小判平成4・10・29民集46巻7号2580頁、判タ802号109頁等)にも踏襲されており、通説の立場でもあるとされる(大内俊身「判解」最判解民事篇平成4年度440頁)。
(3) 次に、平成11年最判は、先行の取締役選任の株主総会決議の不存在の瑕疵が後行の取締役選任の株主総会決議の不存在の瑕疵をもたらす(瑕疵が連鎖する)との最三小判平成2・4・17民集44巻3号526頁、判タ732号190頁の考え方を踏襲しつつ、役員選任の株主総会決議後の事情の変化と決議不存在確認の利益の有無について、先行の取締役選任の株主総会決議の不存在の瑕疵が後行の役員選任の株主総会決議に継続する事情の下で、そのような瑕疵の継続が主張されている場合においては、後行決議の存否を決するためには、先行決議の存否が先決問題となり、先行決議の不存在確認を求める訴えに後行決議の不存在確認を求める訴えが併合されているときは、前者の訴えについても確認の利益があるとしたものである。
(4) 本件では、先行の理事選挙の取消しの瑕疵が後行の役員選挙に連鎖するとして先行の理事選挙の取消しの訴えが提起されている場合に、不存在確認の訴えと同様、先行選挙の取消しの訴えの利益が認められるか否かが問題となる。この点については、株主総会決議取消しの訴えに関し、主として、先行の取締役選任の株主総会決議の取消しの瑕疵が後行の役員選任の株主総会決議に連鎖することを原則として認め、先行決議の取消しの訴えの利益を肯定する見解(以下「肯定説」という。)と、先行決議の取消しの瑕疵が後行決議に連鎖することを認めず、先行決議の取消しの訴えの利益を否定する見解(以下「否定説」という。)がある。
肯定説は、株主総会決議取消しの判決には遡及効があるところ(民法121条。なお、会社法839条参照)、この遡及効を貫徹し、判決の確定により決議は当初から無効であったと考え、その結果として、先行決議の取消しの場合も、不存在の場合と同様、瑕疵の連鎖を認める見解であり、実務家を中心に多くみられ(東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ〔第3版〕』(判例タイムズ、2011)380頁〔西村英樹ほか〕、垣内正編『裁判実務シリーズ6 会社訴訟の基礎』(商事法務、2013)142頁〔鈴木謙也〕等)、公表されている裁判例についても、肯定説を採用していると考えられるものがみられる(東京地判平成22・7・29判例秘書、東京高判平成30・9・12金判1553号17頁、金沢地判平成31・2・19判例秘書等)。
これに対し、否定説は、先行決議の取消しの場合には瑕疵の連鎖を認めない見解であるが、その理由・理論構成としては、①株主総会決議の取消しの判決の遡及効を制限すべきとして、その結果、瑕疵は連鎖しないとするもの(前田庸『会社法入門〔第13版〕』(有斐閣、2018)422頁等)、②株主総会決議の取消しの判決の遡及効は貫徹するが、会社法908条2項を類推し(松田二郎=鈴木忠一『条解株式会社法〈上〉』(弘文堂、1951)185頁)、又は、代表取締役の登記のある者が一応正規の手続をとって株主総会を招集した以上、後におけるその者の取締役選任決議の取消しは、その招集の手続の効力に影響を及ぼさない(大隅健一郎編『株主総会』(商事法務研究会、1969)571頁〔今井宏〕等)として、瑕疵の連鎖を否定するもの、③株主総会決議の取消事由は比較的軽微であるし、取消しの判決の確定まで株主総会決議は有効とされ、出訴期間後は取消しができなくなるため、瑕疵は連鎖しないとするもの(伊藤眞=杉山悦子「株主総会決議取消しの訴え」伊藤眞ほか編『民事訴訟法判例百選〔第3版〕(別冊ジュリ169号)』74~75頁)等。本件の原審はこの考え方に依拠しているものと思われる。)がある。
しかし、否定説はいずれも理論的に採用し難い。すなわち、①については、そもそも役員選任の株主総会決議取消しの事案である昭和45年最判が、取消しの判決の遡及効を前提にしていると思われることから、採用することは困難である。②については、取引行為ではないものに会社法908条2項を類推適用するのは困難であるし、代表取締役の登記のある者が一応正規の手続をとって株主総会を招集した場合になぜ、その招集の手続の効力に影響を及ぼさなくなるのかの理論的説明も困難である。③については、取消しの判決の遡及効を制限する見解を採用し難い以上、取消事由が軽微であることが瑕疵の連鎖を否定する根拠とはなり難いし、取消しの判決の確定まで株主総会決議が有効とされ、出訴期間後は取消しができなくなるというのは、棄却判決の確定又は出訴期間の経過により決議が有効であることが確定すればそのとおりであるが、逆に、出訴期間内に訴訟提起がされて取消しの判決が確定した場合に遡及効が生ずることについて何ら説明したものではなく、やはり瑕疵の連鎖を否定する根拠とはなり難い。
したがって、先行決議の取消しの場合にも瑕疵の連鎖を肯定することが、取消しの判決の遡及効、平成11年最判等からの理論的帰結といえ、このような瑕疵の連鎖を理由として後行決議の効力を争う訴えが併合されている場合には、昭和45年最判にいう決議の取消しを求める「実益」は存在する(すなわち、肯定説を採用すべき)ということになろう。このように解しても、対外的には、不実登記の効力に関する規定(会社法908条2項)や表見代理の規定(民法109条等)等により保護されると解することは可能であるし、取消しの訴えの場合には裁量棄却の規定(会社法831条2項)もあることから、これらの規定により妥当な結論を導くことができるのであって、肯定説が実質的にも妥当性を欠くことはないように思われる。本判決は、このような理解に基づき、判決要旨のとおりの判断を示し、本件選挙1の取消しの訴えの利益を肯定したものと考えられる。
(5) ところで、昭和45年最判は、前記のとおり、後行の役員選任決議により、先行の役員選任決議取消しの訴えの「実益」がなくなり、訴えの利益を欠くに至るとしていることから、本判決と昭和45年最判との関係が問題となる。しかし、本件では、瑕疵の連鎖を理由とする「実益」の存在が主張されていたのに対し、昭和45年最判の事案では、そのような「実益」の存在が主張されていなかった(先行決議に基づいて選任された取締役の在任中の行為について会社の受けた損害を回復するためには、先行決議取消しの訴えの利益(実益)があるというものであった)のであり、本判決は、このように、問題となっている「実益」の内容が昭和45年最判とは異なるために結論を異にしたにすぎないと考えられる。
(6) なお、本判決は、「後行の選挙の効力を争う訴えが併合されている場合には」先行の理事選挙の取消しを求める訴えの利益は消滅しないと判示しているが、これは、本件が後行の役員選挙の効力を争う訴えが併合されていた事案であったため、そのことを述べているにすぎず、先行選挙の取消しの訴えの利益が肯定されるために後行選挙の効力を争う訴えが併合されていることを要するかについて、本判決は特に触れていないと考えるべきであろう。また、本件は、事業協同組合の理事選挙の取消しの訴えの事案ではあるが、本判決の理解は、取締役選任の株主総会決議の取消しの訴えの場合でも異ならないものと思われる。
5 本判決の意義
本判決は、昭和45年最判、平成11年最判等を踏まえ、理事選挙の取消しの訴えの場合も、不存在確認の訴えの場合と同様、先行の理事選挙の瑕疵が後行の役員選挙に連鎖し、先行選挙の取消しの訴えの利益(実益)が消滅しないことを明らかにしたものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。