◇SH3895◇契約の終了 第19回 契約の終了と原状回復――無効、取消し、解除の効果としての原状回復を中心に(上) 萩原基裕(2022/02/02)

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契約の終了
第19回 契約の終了と原状回復

――無効、取消し、解除の効果としての原状回復を中心に――(上)

大東文化大学法学部教授

萩 原 基 裕

 

Ⅰ はじめに

 契約は各当事者が債務を適切に履行することで終了する。他方で適切な履行、弁済による契約の終了以外にも契約には多くの終了原因がある[1]。本稿では契約の終了場面のうち、無効や取消しによる契約の終了の効果の問題を中心に扱う[2]

 121条の2第1項は無効の効果として原状回復を規定する。この規定は民法改正によって新たに導入された規定である。契約が無効である場合に給付があったとき、その返還に関する特別な規定は改正前民法では置かれていなかった。学説では当初、このような場合に給付を受けた当事者は法律上の原因なくして給付を受領しており、703条、704条によって給付が返還されるべきと考えられていた。いわゆる公平説とも呼ばれるこの考え方は、不当利得を統一的理論と理解する[3]。これに対して不当利得の場面ごとに利得返還の方法を区別するべきとの立場が生じた。類型論と呼ばれるこの立場によれば、不当利得は公平の見地から一般条項的に利益調整を図るものではなく、財貨等の帰属・移転などの実定法秩序に客観的に反した事態のみを要件として本来あるべき財貨秩序を回復することにある[4]。そして無効な契約に基づく給付があった場合を給付利得の場面として不当利得規定によらず原状回復により給付を返還させるべきとする。そこでは双務契約の解除との共通性が見出され、また対価的牽連関係が重視される[5]

 121条の2の原状回復は類型論に立脚したものである。法制審では無効の効果としての原状回復が解除の効果としての原状回復と同一であるという考え方が示されていた[6]。また121条の2の立法過程では、原状回復が(一部)不能である場合に生じる価額返還義務をどのように規定するのかも問題とされたが条文化には至らなかった。121条の2の規定する原状回復と545条の規定する原状回復が同一の内容であるとすれば、原状回復義務の内容はもちろん、価額返還義務についても同一のものとして理解するべきことになるであろう[7]。本稿ではこの問題につき545条の規定する原状回復との関係を論じるこれまでの民法学説や、121条の2に関する法制審での議論を整理する。そして本稿の問題との関連ではドイツ法の状況が参考になるところ、ドイツ法における規律や判例の状況も検討したい[8]

 

Ⅱ 給付利得返還と解除による原状回復の関係

 無効な契約に基づいて給付交換がすでに行われていた場合、各当事者がどのようなルールに基づいて給付を返還するべきかについては703条、704条によるとする公平説[9]と、無効ではあるが契約に基づいて給付交換がなされたという事実から、原状回復による解決を志向する類型論[10]が存在していた。類型論では無効と解除の効果としての原状回復義務の同一性を説くものもみられる。近江幸治教授は、契約が無効、取消し、解除などの原因で清算される場合、契約は白紙還元されるとする[11]。そして無効・取消しと解除は、「契約解消の原因を異にするものの,契約の解消(白紙還元)という効果の面では,まったく同一であると考えてよい」という[12]。しかし無効の効果と解除の効果の関係の理解については議論もある[13]

 法律行為の清算を導くという点で無効、取消し、解除は共通する。解除の効果をめぐっては直接効果説、間接効果説、折衷説、原契約変容説が対立してきた[14]。直接効果説は解除の効果を契約の遡及的無効とする。この点で無効・取消しとの共通性が見いだされる[15]。各当事者は受領したものを不当利得として返還するべきこととなる[16]

 他方で直接効果説以外の説では、解除の効果を原状回復義務の履行を通じた契約前の状態への復帰・巻戻し的清算とみる。ここでは無効・取消しと解除とは相違する。解除は負の方向において等価的均衡を実現するためにはじめから履行がなかった場合と同一の状態を実現するための原状回復関係を発生させるが、無効・取消しの場合には契約の効力が否定されるので703条以下が適用される[17]

 類型論からはどうか。双務契約では無効・取消しの場合も解除の場合もいったん行われた給付交換は巻戻し的に清算される[18]。そうすると利得返還は原状回復で行われるために効果面で共通する[19]。無効の場合も解除の場合も、いったん行われた契約履行を巻き戻して清算するという関係を導くため、その清算に当たっても契約の存在を前提として考えるべきこととなる[20]。類型論では前提として存在する契約・給付関係の清算処理としての効果の同一性が志向されている[21]

 

Ⅲ 法制審議会における無効の効果としての原状回復の理解[22]

 1 原状回復義務の理解について

 本稿と関連して重要であるのは法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会第1回会議である[23]。同会議において給付利得の効果に関する鎌田委員の問いかけに対する返答として、山本幹事より、類型論の立場からは双務契約の無効・取消しの場合には契約が巻き戻されることになり、これは解除の原状回復と同じであるとの発言があった[24]。これにより無効・取消しの効果として生ずる給付利得返還義務の内容は原状回復義務であり、かつこの義務は解除の場合に生ずる原状回復義務と同一であるという認識が法制審で示されたといえる[25]。この認識の下で121条の2の規定へとつながっていった[26]

 

 2 価額返還義務について

 返還するべきものが滅失・損傷したため、あるいはサービスであるなどその性質から(一部)返還不能である場合、返還不能な部分に対応する価値を価額で返還する義務が価額返還義務である。この義務の条文化も検討されたものの[27]、規定には至らなかった。しかしこれはこの義務について詳細に規定を置くよりも包括的に原状回復義務を規定するという方針からであり、また有償契約の無効の場合に利得消滅の抗弁を認める規定を置かないため解釈によって価額返還義務を導くことができるとされたからである[28]。それでは価額返還義務の根拠は何か。

 価額返還義務の根拠については三つの説がある[29]。第一は対価的牽連性の維持である[30]。交換型契約におけるgive and takeは清算においても貫徹しなければ不公平が生ずる。契約上の利益を受けた者はその利益の取得には対価の支払いを要すると知って取得したのであるから、給付の返還を求めながら利得消滅の抗弁によって利益の返還を免れるという恩恵を受けるには値しないとされる。

 第二は危険負担的発想(の否定)によるもので、法制審部会資料で見受けられた考え方である[31]。原状回復関係において返還すべき物が返還義務を負う者の責めに帰すべき事由によらずに滅失・損傷する場合に危険負担の債務者主義を適用すると、返還義務者はその限りで返還義務を免れる一方、相手からも返還を受けることができなくなる。このとき当該交換関係において交換されたもの同士の実際の価値に差があるという場合にはこの処理では問題があるという[32]。そこで自己の下で返還するべき物が滅失したらそのリスクを給付受領者が負担するべきであるために価額返還義務が生じるという[33]

 第三は権利の回復としての価額返還義務という考え方である[34]。この説によれば契約が無効になれば、双方の当事者が自分の所有物だったものを取り返し合うという関係に立つ。受け取ったものは相手のものだったのだからそのまま返し、それが滅失していれば価値のかたちで返すため価額返還義務が認められる。

 いずれも双務契約の無効を念頭に置き、当事者の公平のために価額返還義務が必要であるとする。しかしそうすると、121条の2第2項において給付受領者の主観的態様に応じて価額返還義務の有無が区別されていることとの関係が問題となる。法制審では第2項について「給付の原因となった法律行為が無効又は取消可能であることを知らない給付受領者は、受領した給付が自分の財産に属すると考えており、費消や処分、さらには滅失させることも自由にできると考えているから、受領した物が滅失するなどして利得が消滅したにもかかわらず、常に果実を含めた原状回復義務を負うとすると、給付受領者の信頼に反し、不測の損害を与える」ためとしている。ここでは善意者の信頼保護が理由となっている[35]。果たして121条の2第1項の義務と同2項の義務は同一の法理に基づく義務なのであろうか。

(下)につづく



[1] NBL本紙および商事法務ポータルに掲載済みの「契約の終了」に関する各論考を参照されたい。
https://www.shojihomu-portal.jp/monograph/keiyaku

[2] 同様に原状回復から無効、取消し、解除を検討するものとして磯村保『事例でおさえる民法改正債権法』(有斐閣、2021)41頁以下がある。

[3] 我妻榮『事務管理・不当利得・不法行為〔復刻版〕』(日本評論社、1988(初出1937))27頁以下。

[4] 松岡久和「不当利得法の全体像」ジュリ1428号(2011)5頁。近江幸治『民法講義Ⅵ事務管理・不当利得・不法行為〔第3版〕』(成文堂、2018)28頁以下も参照。不当利得論の展開については藤原正則『不当利得法』(信山社、2002)1頁以下、9頁以下も参照。

[5] 松岡・前掲注[4] 7-8頁。

[6] 法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会第1回会議議事録16頁以下(特に22頁以下)。

[7] 解除の場面を中心にとりわけ価額返還義務を検討する近時の成果として、中村瑞穂「契約の解除と原状回復の不能(一)~(六・完)」法学論叢185巻5号~187巻6号(2019~2020)がある。

[8] 本稿では原状回復義務と価額返還義務を中心に検討する。原状回復関係においてはこれらの他にも使用利益の返還や返還義務を負う者が受領物に投下した費用の償還なども問題となるが、紙幅の都合からこれらの問題は別稿を期したい。

[9] 公平説については我妻・前掲注[3] 27頁のほか、同『債権各論 下巻一』(岩波書店、1972)931頁以下、松坂佐一『事務管理・不当利得〔新版〕』(有斐閣、1973)57頁以下を参照。なお藤原・前掲注[4] 28-29頁注(17)は、「効果論では典型的な公平説の主張は、我妻説以降のわが国の学説でははっきりした形で見ることはできないと言うべき」とされる。

[10] 類型論については藤原・前掲注[4] 35頁以下、松岡・前掲注[4] 4頁以下、近江・前掲注[4] 28頁以下。

[11] 近江・前掲注[4] 62頁以下。また、同『民法講義Ⅰ 民法総則〔第7版〕』(成文堂、2018)314頁以下参照。

[12] ただし契約解消メカニズムとしては、両者は全く異なるので解除を給付不当利得の中に位置づけることは適切でないと指摘される。近江・前掲注[4] 63-64頁。

[13] 無効と解除の効果の関係については松坂・前掲注[9] 130頁以下も参照。

[14] 中田裕康『契約法〔新版〕』(有斐閣、2021)221頁以下を参照。

[15] 我妻榮『債権各論 上巻』(岩波書店、1954)188頁以下、広中俊雄『債権各論講義〔第6版〕』(有斐閣、1994)394-395頁。

[16] 山下末人「契約解除における原状回復義務と不当利得」谷口知平教授還暦記念『不当利得・事務管理の研究2』(有斐閣、1971)125頁、同「不当利得―無効・取消・解除と不当利得の関係を中心に―」法と政治24巻2号(1973)10-11頁参照。山下博士自身は原契約変容説をとられている(同「契約解除における原状回復義務と不当利得」139-140頁)。

[17] 山中康雄『契約総論』(弘文堂、1949)194頁。解除の効果については同227頁以下、同「解除の効果」同『総合判例研究叢書民法(10)』(有斐閣、1958)152頁以下も参照。

[18] 近江幸治「民法理論のいま―実務への架橋という課題(1)」判時2396号(2019)118頁以下。

[19] 藤原・前掲注[4] 35頁参照。さらに給付利得の返還においても双務契約の法理、各給付の対価的牽連関係を返還に際して考慮するべきことも正当化される(松岡・前掲注[4] 7-8頁も参照)。

[20] 川村泰啓『商品交換法の体系Ⅰ』(勁草書房、1972)70-71頁、276頁以下、鈴木禄弥『物権法講義 5訂版』(創文社、2007)126-127頁。

[21] 松岡・前掲注[4] 7-8頁。なお、藤原・前掲注[4] 168頁以下は双務契約の(無効・取消し)による巻戻し処理において、基本的には解除による原状回復の場合と同一にとらえつつ、無効や取消しの原因となる規範の保護目的によって清算ルールを調整するべきとされる。

[22] 121条の2の立法過程に関しては、磯村保「法律行為の無効・取消しと原状回復義務」Law&Practice12号(2018)1頁以下も参照。また、同・前掲注[2] 41頁以下も参照。

[23] 前掲注[6] 。

[24] ここで想定されている法律行為が双務契約であるという点にも注目できる。

[25] 中間試案の補足説明でも原状回復の内容として、給付されたもの自体、果実、それらの返還が不能である場合にはその価額の返還が義務づけられるとされている。中間試案の補足説明52頁。

[26] 利息や果実の返還義務の明記の有無という点で121条の2と545条の規律内容に差異が生じたが、無効や取消しの原因によってはこれらの返還義務を課すことが不適切であるとの懸念から規定を見送ったと説明されている(部会資料79-3、4頁以下)。したがって121条の2における原状回復の場合にも、原則として利息や果実の返還も含まれることになる。なお第90回会議議事録からも、中田委員と金関係官のやり取りから、あくまで原則としては121条の2に基づく原状回復の場合にも、利息と果実の返還義務が生じるという認識があることが分かる(同31頁)。

[27] 中間試案7-8頁。

[28] 部会資料66A、36頁。

[29] 山本敬三「民法の改正と不当利得法の見直し」法学論叢180巻5・6号(2017)320頁以下も参照。

[30] 松岡久和「無効な法律行為の効果に関する意見」(第32回会議における委員等提供資料。https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/02/000095755.pdf)1頁。

[31] 部会資料29、35-36頁。

[32] 中間試案の補足説明55頁。

[33] 第1分科会第1回会議議事録24-25頁(内田委員発言)。

[34] 山本・前掲注[29] 323頁。第1分科会第1回会議議事録27頁(山本幹事発言)も参照。

[35] 部会資料66A、38頁。なおDCFRでは、契約不履行の効果のうち契約解除に関する規定中、無償契約の特則としてではあるが、無償契約では原状回復が生じない旨を定めている(DCFRⅢ.-3:511条3項)。この理由は無償のサービス給付であるとその返還自体が不能になるがこのとき価額返還を義務づけてしまうと、無償の給付に対して給付受領者に出捐を義務づける結果となり、不当であるからとされている。Christian von Bar/Eric Clive (Hrsg.), Principles, Definitions and Model Rules of European Private Law: Draft Common Frame of Reference (DCFR), Full Edition, Bd. 1, S. 898 ff.参照。また、中田邦博=坂口甲=高嶌英弘訳、マルティン・シュミット-ケッセル「ヨーロッパ私法における契約解消と巻戻し」川角由和ほか編『ヨーロッパ私法の現在と日本法の課題』(日本評論社、2011)201頁も参照。

 

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