◇SH3680◇最二小判 令和2年10月9日 損害賠償請求事件(岡村和美裁判長)

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 少年保護事件を題材として家庭裁判所調査官が執筆した論文を雑誌及び書籍において公表した行為がプライバシーの侵害として不法行為法上違法とはいえないとされた事例

 少年保護事件を題材として家庭裁判所調査官が執筆した論文を雑誌及び書籍に掲載して公表した場合において、少年のプライバシーに属する情報が上記論文に含まれており、当該情報が上記少年保護事件における上記家庭裁判所調査官の調査によって取得されたものであったとしても、次の⑴~⑶など判示の事情の下においては、当該情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいえず、上記の公表行為は、プライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法であるということはできない。

  1. ⑴ 上記論文は、社会の関心を集めつつあったアスペルガー症候群の特性が非行事例でどのように現れるのか等を明らかにするという目的で執筆された。
  2. ⑵ 上記論文の公表は、医療関係者や研究者等を読者とする専門誌や専門書籍に掲載する方法で行われた。
  3. ⑶ 上記論文には、上記少年やその関係者を直接特定した記載部分や事実関係の時期を特定した記載部分はなかった。
  4. (意見がある。)

 民法709条、710条

 令和元年(受)第877号、第878号 最高裁令和2年10月9日第二小法廷判決 損害賠償請求事件 一部破棄自判、一部却下 民集74巻7号1807頁

 原 審:平成30年(ネ)第3676号 東京高裁平成30年12月12日判決
 第1審:平成27年(ワ)第22850、第23781号 東京地裁平成30年4月13日判

1 事案の概要等

 家庭裁判所調査官であったY1は、Xに対する少年保護事件を題材とした論文(以下「本件論文」という。)を精神医学関係者向けの雑誌及び書籍に掲載して公表した。本件は、Xが、この公表等により、プライバシーを侵害されたなどと主張して、Y1、上記雑誌の出版社であるY2及び上記書籍の出版社であるY3に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。上告審における争点は、本件論文の公表によるプライバシー侵害の違法性である。

 

2 事実関係の要旨

 ⑴ X(当時17歳)は、銃砲刀剣類所持等取締法違反保護事件について東京家裁に送致され(以下「本件保護事件」という。)、その後、本件保護事件は不処分により終了した。Xは、アスペルガー症候群(以下「本件疾患」という。)であるとの診断を受けていた。

 ⑵ ア 家庭裁判所調査官であったY1は、臨床心理士の資格を有し、発達障害に関する学会発表等の活動もしていたところ、本件保護事件における調査の際に作成した手控えを基礎資料として本件論文を執筆し、本件疾患の症例報告に関する公募論文に応募した。本件論文は、Y2の発行する医療関係者等向けの専門誌(以下「本件掲載誌」という。)に掲載された。Xは、本件掲載誌における本件論文の公表(以下「本件公表」という。)の当時、19歳であった。

 イ Y1は、家庭裁判所調査官を退官し、大学の心理学部教授に就任した。Y3は、本件論文を含め、Y1がそれまでに発表した論文を1冊にまとめた書籍(以下「本件書籍」という。)を出版した。本件書籍は、研究者等向けの専門書籍であり、本件書籍における本件論文の再公表(以下「本件再公表」という。)は、本件公表の約2年10か月後であった。

 ⑶ 本件論文には、本件論文に取り上げられた「少年」(以下「対象少年」ともいう。)の非行事実の態様、母親の生育歴、小学校における評価、家裁係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状況に関する記載部分があり、これらの記載部分には、対象少年であるXのプライバシーに属する情報(以下「本件プライバシー情報」という。)が含まれていた。Y1は、本件論文において、対象少年の氏名や住所等の記載を省略しており、本件論文には、対象少年やその関係者を直接特定した記載部分はなく、本件論文に記載された事実関係の時期を特定した記載部分もなかった。他方において、Y1は、本件論文において、本件疾患の診断基準に合致するエピソードをそのまま記載しており、対象少年の家庭環境や生育歴、学校生活における出来事を具体的に記載していたことから、これらを知る者が、本件論文を読んだ場合には、その知識と照合することによって対象少年をXと同定し得る可能性はあった。なお、精神医学の症例報告を内容とする論文においては、一般的に、患者の具体的な症状のほか、家族歴、既往歴、生育・生活歴、現病歴、治療経過、考察等を必須事項として正確に記載することが求められていた。

 ⑷ ア Xは、本件保護事件の終了後、Y1と接触することはなかったが、本件保護事件の終了から約7年3か月が経過した頃にY1に連絡を取り、その勤務先を訪問するなどし、その後、Y1から本件書籍の交付を受けた。また、Y1は、Xの了承を得た上、本件疾患を克服して社会適応を勝ち取った例としてXに関するエッセイ(以下「本件エッセイ」という。)を執筆し、再会から約10か月が経過した頃に、本件エッセイを心理学関係の雑誌に公表し、同雑誌をXに交付した。

 イ Xは、Y1に対し、再会から約2年が経過した頃、本件書籍を出版したことに抗議し、これを絶版とすることを求める電子メールを送信し、この頃以降、Y1の法的責任を追及するようになり、その後、本件訴訟を提起した。

 

3 本件訴訟の経過等

 ⑴ Xは、本件訴訟において、本件論文を本件掲載誌及び本件書籍に公表し(以下、本件公表及び本件再公表を、併せて「本件各公表」という。)、本件書籍及び本件エッセイが掲載された雑誌をXに交付したという一連の行為は、Xの名誉権、プライバシー権等を侵害する不法行為に当たる旨主張して、Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めており、①本件各公表につき名誉毀損による不法行為が成立するか、②本件各公表につきプライバシー侵害による不法行為が成立するか、③本件書籍等を交付した行為が不法行為に当たるかが問題となった。

 ⑵ 第1審(東京地裁)は、①名誉毀損による不法行為の成否につき、本件各公表における事実の摘示は、公益目的によるものであり、本件論文の内容は真実であるか、少なくともY1において真実と信じるについて相当の理由があったとして、②プライバシー侵害による不法行為の成否につき、本件各公表によってXのプライバシーに関する事実を公表されない利益がこれを公表する理由に優越するとはいえないとして、③本件書籍等の交付による不法行為の成否につきXが慰藉に値するほどの精神的苦痛を被ったとは認められないなどして、Xの請求をいずれも棄却した。

 ⑶ これに対し、原審は、本件各公表につき、①名誉毀損による不法行為は成立しないが、②本件各公表によってXのプライバシーに関する事実を公表する利益はこれを公表されない利益に優越しないから、プライバシー侵害による不法行為(Yらによる共同不法行為)が成立するとして、また、③本件書籍等の交付による不法行為の成否につき、本件書籍の交付は、自己に知らされるべきでないと考える情報をみだりに知らされない利益等を侵害するものであり、Y1の不法行為が成立するとして、Xの請求を一部(㋐Y1及びY2に対し15万円及び遅延損害金の連帯支払を、㋑Y1及びY3に対し15万円及び遅延損害金の連帯支払を、㋒Y1に対し5万円及び遅延損害金の支払を求める限度で)認容した。

 ⑷ 原判決に対するYらの上告受理申立てが受理され、上告審においては、本件各公表によるプライバシー侵害の違法性が問題となった(なお、Xによる上告及び上告受理申立てについては、棄却兼不受理決定がされており、名誉毀損による不法行為の成否は、上告審における審理の対象とはされていない。)。

 

4 本判決

 本判決は、家庭裁判所調査官による調査内容を対外的に公表することは原則として予定されておらず、本件保護事件における調査によって取得された本件プライバシー情報の秘匿性は極めて高いとした上で、①本件論文は、社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現れるのか等を明らかにするという目的で執筆されたこと、②本件各公表は、医療関係者や研究者等を読者とする専門誌や専門書籍に掲載する方法で行われたこと、③本件論文には、対象少年やその関係者を直接特定した記載部分や事実関係の時期を特定した記載部分はなかったこと等の諸事情に照らすと、本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいえず、本件各公表がXのプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法であるということはできないとして、原判決中、XのYらに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求を認容した部分を破棄し、当該部分につきXの控訴を棄却し、Y1のその余の上告を却下する旨の自判をした(Y1による上告受理申立ては、本件書籍の交付を理由とする損害賠償請求を認容した部分も対象としていたが、本判決は、その理由を記載した書面を提出しなかったとして、当該部分に係る上告は却下されている。)。

 

5 説明

 ⑴ プライバシー概念については様々な見解があるが、従前の判例(最二小判平成15・3・14民集57巻3号229頁〔判タ1126号97頁〕、最二小判平成15・9・12民集57巻8号973頁〔判タ1134号98頁〕等)に照らせば、プライバシーは、判例実務上、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに公開されない利益又は権利であると理解されているものと解される。また、ある者のプライバシーに属する情報が、仮名処理をするなどして、その帰属する主体を直接特定しない表現方法で開示された場合について、判例実務は、上記表現方法によるプライバシー侵害が成立するためには、プライバシー情報の帰属主体を推知(特定)できることが必要であると理解しているものと解される(前掲最二小判平成15・3・14等)。

 ⑵ ある表現行為によるプライバシー侵害が不法行為に該当するためには、当該表現行為が違法であることを要するが、表現行為を理由に損害賠償等を命ずることは、表現の自由に対する制約となり得ることから、プライバシーと表現の自由との調整が必要となる。前掲最二小判平成15・3・14は、少年の犯罪を実名報道した記事によるプライバシー侵害が問題となった事案において、「プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立する」としており、判例実務は、プライバシーに係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を比較衡量し、プライバシー侵害の違法性を判断することによってプライバシーと表現の自由との調整を図っているものと解される。上記の諸事情は、事案ごとに検討すべきものではあるが、例えば、①プライバシー情報の帰属主体の属性等、②プライバシー情報の性質・内容、③プライバシー情報が開示されることによる不利益の有無・程度、④プライバシー侵害に当たる表現を行った者の属性等、⑤当該表現の趣旨・目的、⑥当該表現の方法、⑦その他の事情が考えられる。

 ⑶ ア 原審確定事実によれば、本件論文に記載された具体的な出来事等を知る者が本件論文を読んだ場合、その知識と照合することによって、対象少年をXと同定し得る可能性があったというのであり、本件各公表は、Xのプライバシーを侵害するものといわざるを得ないであろう。

 イ 少年審判は非公開であり(少年法22条2項)、家庭裁判所調査官の行う社会調査(同法8条2項、9条、少年審判規則11条等)は、少年の家族関係、生育歴その他高度のプライバシーに属する情報を取り扱うものである。本件論文は、本件保護事件の調査結果に基づき執筆されたものであり、Xは、本件公表当時、19歳の少年であった(本件再公表当時は21歳)。本件プライバシー情報は、帰属主体の属性や当該情報の性質・内容といった観点(前記⑵①・②)からしても、その秘匿性は極めて高いものであったといえよう。

 ウ 他方において、本件論文は、社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現れるのか等を明らかにするという目的で執筆され、本件各公表の目的は重要な公益を図ることにあった(前記⑵⑤)。Y1は、家庭裁判所調査官として、少年その他の事件関係者の秘密を漏らすことのないように十分配慮すべき立場にあるところ(前記⑵④)、Y1は、本件論文の執筆に当たり、Xを直接特定し得る情報を記載せず、本件保護事件の時期等も明らかにしていなかったのであり、Xのプライバシーに相応の配慮をしていたということはできよう(前記⑵⑥)。本件論文に記載されたXに関する情報を複数知る者が、これらの情報を組み合わせることにより、対象少年をXと同定し得る可能性は否定できないものの、本件保護事件が軽微な事案であり、臨床精神医学の専門誌等である本件掲載誌及び本件書籍の読者層が限られていること(前記⑵⑥)に鑑みても、そのような者が本件論文を読み、本件論文の対象少年をXと同定し、当該者が知らなかったXのプライバシー情報を把握するという事態が生ずる可能性は相当低いものであったと考えられる(前記⑵③)。

 ⑷ 本件論文が本件保護事件の調査結果に基づき執筆されたものであること等に鑑みても、本件各公表によるプライバシー侵害の違法性の有無は相当慎重な判断を要する問題であるが、本判決は、上述した事情等を踏まえて、本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越するとまではいえないと判断したものと考えられる。

 なお、草野裁判官の意見は、本件公表によるプライバシー侵害につき、多数意見と異なる理由により上告人らの不法行為責任を否定したものである。同意見は、本件プライバシー情報が少年保護事件を通じて取得されたものである以上、その利用に当たっては、少年保護事件の趣旨(少年の改善更正)による制約を受けるという観点から、本件各公表によるプライバシー侵害の違法性を肯定しつつ、本件の具体的事実関係の下においては、本件各公表それ自体により賠償すべき損害が発生したとはいえないとして、多数意見と同じ結論を採ったものであると解される。

 

6 本判決の意義

 本判決は、従来の判断枠組みを前提とする事例判断ではあるが、公益目的の表現行為によるプライバシー侵害の違法性という判例の積重ねを要する法的問題についての判断を加えるものである。学術・研究目的による表現行為によるプライバシー侵害の違法性について判断した最高裁判例は見当たらず、本判決は、プライバシー侵害の違法性の判断における考慮事情や比較衡量の在り方を含め、実務上及び理論上重要な意義を有すると思われる。

以上

 

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