◇SH1402◇日本企業のための国際仲裁対策(第54回) 関戸 麦(2017/09/21)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第54回 国際仲裁手続の終盤における留意点(9)-仲裁判断その1

7. 仲裁判断

(1) 仲裁判断の意義と種類

 仲裁判断(arbitral award)は、仲裁廷による判断である。訴訟手続における、判決に相当するものである。仲裁判断は、いわゆるニューヨーク条約の枠組みの中、世界各国におある条約締約国において尊重され、その国の裁判所によって承認執行が行われうる。

 仲裁廷による判断ないし決定には、仲裁判断の外に、仲裁手続のスケジュールに関する命令(Procedural Order)等があるが、これらの命令等については、ニューヨーク条約に基づく承認執行は行われない。これらの命令等の対象は手続的な事項であり、仲裁判断が当事者の請求の成否を対象にするのと異なっている。

 仲裁判断の種類については、以下の区分がある。

 まず、最終判断(final award)と、一部判断(partial award、interim award)の区分がある。最終判断というのは、仲裁手続の対象となっている争いのうち、未決の部分全てについて仲裁廷が判断を示すものである。この後に、仲裁の審理手続が行われることは予定されていない。これに対し、一部判断は、仲裁手続の対象となっている争いのうち、一部分についてのみ仲裁廷が判断を示すものである。例えば、複数の請求のうち、一つについてのみ判断を示す場合や、適用される法規がどの国の法規かについて判断を示す場合、契約解釈の方法について判断を示す場合がある[1]。一部判断の場合は、その後にも仲裁の審理手続が続くことが予定されている。

 次に、同意判断(consent award)という区分がある。これは、当事者が和解した場合に、その内容を記載するものである。和解の履行確保のために、仲裁判断という形式をとり、ニューヨーク条約に基づく承認執行を可能にすることにその意義がある。仲裁機関の規則には、この同意判断が仲裁廷によって発しうることを明示しているものがある(ICC規則33項、SIAC規則32.10項、JCAA規則58条3項)。

 また、欠席判断(default award)という区分がある。判決にも欠席判決という区分があるところ、これと同様であり、一方当事者が欠席(通常は、被申立人ないし被告の欠席)した場合に、欠席のまま示される判断である。欠席当事者は、仲裁手続において争わなかったことになるが、これはその機会を自ら放棄したということで、仲裁廷が仲裁判断を示すことを妨げるものではない。この点は、日本の仲裁法においても明示されている(33条3項)。

 追加判断(additional award)という区分もある。これは、仲裁廷の最終判断に漏れがあり、本来判断すべき事項について判断がなかった場合に、これを補充する仲裁判断である。仲裁機関の規則には、この追加判断の手続等について規定を設けているものがある(SIAC規則33.3項、HKIAC規則39項、JCAA規則65条)。日本の仲裁法にも規定がある(43条)。

(2) 仲裁判断の時期

 仲裁廷が仲裁判断を示すべき時期について、期限が定めてあれば仲裁廷はこれに従う必要があるが、期限が定められていなければ、基本的に仲裁廷の裁量によって仲裁判断を示す時期が定まることになる。もっとも、期限が定められていなくても、仲裁廷は、仲裁機関の規則等に基づき、迅速に手続を進めるべき努力義務を負っているため(ICC規則22.1項、SIAC規則19.1項、HKIAC規則13.5項、JCAA規則37条3項参照)、いたずらに仲裁判断の時期を遅らせることは許されない。

 仲裁判断の期限を設定する根拠としては、次の二つがある。

 一つは、仲裁機関の規則である。ICCの仲裁規則では、付託事項書(terms of reference)に全ての仲裁人及び当事者が署名してから、6ヵ月以内に仲裁判断を示すという期限が定められている(31.1項)。もっとも、この期限は、ICCの事務局(Court)の判断によって延長が可能であり、むしろ延長されることが、実務上通常である。この6ヵ月という期限は、実際のところは遵守されていないというのが実情である。

 なお、JCAAの仲裁規則にも、仲裁廷が、その成立の日から6ヵ月以内に仲裁判断をするよう努めなければならないとの定めがあるが(39条1項)、期限を定めるものではなく、努力義務の対象としての目標を定めるものである。

 実際問題として、当事者が実質的に争っている仲裁手続において、6ヵ月以内に仲裁判断を示すことは容易ではない以上、上記の実情にやむを得ない面がある。

 但し、第15回において述べた、近時注目を集めている簡易手続の場合には、迅速性がその存在意義の一つであるため、期限が遵守されることが多いと思われる。なお、第15回の執筆時点では、ICCにおいて簡易手続は導入されていなかったが、2017年3月1日発効の規則改正によって、ICCにおいても簡易手続が導入されている。各仲裁機関の規則における仲裁判断の期限は、次のとおりである。

  1.  •  ICC-進行協議会議(case management conference)から6ヵ月以内(付属書(Appendix)Ⅵ・4.1項)
  2.  •  SIAC-仲裁廷が構成されてから6ヵ月以内(5.2d項)
  3.  •  HKIAC-仲裁廷が構成されてから6ヵ月以内(41.2(f)項)
  4.  •  JCAA-仲裁廷が構成されてから3ヵ月以内(81条)

 仲裁判断の期限を設定する、他の一つの根拠は、当事者間の合意である。当事者間の合意は、仲裁手続の根本的な基礎であるため、仲裁判断の期限について当事者間に合意があれば(例えば、仲裁条項において、仲裁廷が構成されてから6ヵ月以内という期限を定めた場合には)、仲裁廷がこの期限に拘束されることになる。

 但し、このような期限を設定することは、一般的とは思われない。確かに、迅速な仲裁手続を実現するという価値があるが、仲裁手続の対象となる紛争には個性があり、必要となる審理期間は事案毎に異なる。したがって、紛争が生じる前に、仲裁条項において一律かつ合理的に仲裁判断の期限を定めることは難しく、このような期限があることによって、不十分な審理のままに、仲裁判断が強制される可能性は否定できない。仮にこのような期限を定めるにしても、延長の余地を認めるという柔軟性を確保しない限り、実務的には機能しがたいと考えられる。

 なお、仲裁判断の期限が設定されたとしても、実際に、仲裁判断が示される日時が示される訳ではない。日本の民事訴訟であれば、判決言渡期日が指定され、その決められた日時において判決の言い渡しが行われるが、仲裁判断については、そのような日時の指定は一般的ではない。

 そうすると、当事者としては、いきなり仲裁判断が送付されるということになりかねない。その場合、特に当事者が上場会社であると、適時開示の対応や、インサイダー取引規制との関係で不都合が生じかねない。

 そこで対応策としては、仲裁判断の送付元である仲裁機関の事務局に対して、仲裁判断を最初に電子メールで送付し、その後郵送することを依頼するとともに、この電子メールの送付時刻を証券取引所における取引時間外とすることと、この送付日時を予め(少なくとも一定日数をあけた上で)連絡することを依頼することが考えられる。応じてもらえるか否かは、仲裁機関の事務局次第であるが、申立人及び被申立人双方から共同して依頼があれば、応じてもらえる可能性は相当程度あると思われる。応じてもらえれば、適時開示等の仲裁判断後の対応を、より計画的に、見通しをもって準備することが可能となる。

以 上



[1] 一部判断に対応する英語の「partial award」「interim award」という用語は、同じ意味で用いられる場合と、別の意味で用いられる場合がある。別の意味で用いられる場合、「partial award」は、複数の請求の一部の請求の成否について、最終的な結論を示す場合(当該請求については決着をつける場合)を意味するのに対し、「interim award」は、いずれの請求についても、最終的な結論示さない場合を意味する。本文で記載した、適用される法規がどの国の法規かについて判断を示す場合と、契約解釈の方法について判断を示す場合は、この意味での「interim award」の例である。

 

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