中国:M&Aの買主候補が中国企業である場合の留意点
――中国の対外投資規制概要と対処(2)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鹿 はせる
2. 実務上の典型問題
⑴ 対外投資許認可の申請時点及び有効期限
M&Aの買主(候補)が中国企業である場合、まず問題となりやすいのは、契約を締結しても、買主の対外投資許認可が無事取得できるか、いつ取得できるかがどうかわからない、取得できても、期限内にクロージングしないと、同許認可の有効期限が切れる、という点である。
これらの問題について、確かに、原則上対外投資許認可は「法的拘束力のある契約又は類似する書面」を締結後に申請することとなっており(契約等を申請の添付書類として提出する必要がある。)、また許認可の有効期限は2年とされている。しかし、実際には発展改革委員会によれば「法的拘束力のある契約の提出が困難であり、そのことに関する合理的かつ十分の説明」があれば必ずしも提出が必要ないとされている[1]。また、「法的拘束力のある契約又は類似する書面」は必ずしもいわゆる最終契約(DA)ではなく、法的拘束力のあるLOIでも認められる。許認可の有効期限も原則2年とされているものの、延長できることとなっている[2]。したがって、買主がこれらの許認可を理由にクロージングを遅らせる、拒む等した場合は、まず先方にそれらが法令上本当に回避できないか、確認検討を求めるべきであろう。
⑵ 価格調整問題
次に問題となりやすいのは、買主から対外投資許認可の関係上、一度決めた取引価格を事後的に変更することができないため、価格調整を行うことができないと主張される点である。
この問題についても、まず正確に法令上の要請を確認する必要がある。確かに対外投資許認可の申請書には「対外投資額」を記載する欄があり、そこで一旦記載した投資を事後的に変更する(特に増額)ことは、変更申請が必要で煩雑となる可能性がある。しかし、発展改革委員会によれば、「投資額」は「形式より実質」を重視して当局に説明すべきとされており、かつ投資額はプロジェクト毎に計算されるので、例えば中国企業A社による日本企業B社の株式取得の場合は、株式取得価額だけでなく、その後A社がB社に供与するインターカンパニーローンやライセンスする知的財産権等の価値も含めて計算する必要がある[3]。投資プロジェクト毎に、いくらの価値が国から出て行くかを審査するのが立法趣旨であり、株式の価格調整だけの問題ではないはずである。
したがって、取引の価格調整も、本来買主が「投資額」の記載方法について、投資額のレンジや上限額を設ける等工夫して当局に説明することによって解決をはかるべき問題であり、一概にできないという問題ではない。
⑶ 取引の不確実性への対処
上記で触れたように、買主の中国企業から提示されやすい対外投資許認可の問題は、法令上解決策が用意されていないわけではなく、交渉によって先方に確認検討を求め、予め当局と交渉させることで出口を見いだせることも多い。もっとも、審査当局の実際の対応が予測しづらく、地方や担当者によっては硬直的な対応が行われ、クロージングが遅延又は実行できないリスクがあることも事実である[4]。
この点、まず実務上問題と思われるのは、同じクロージング条件として問題になりやすい競争法審査と比べて、対外投資許認可の取得は、買主と当局の間のやりとりが往々にしてブラックボックス化しており、売主側から提出書類を確認できないし、交渉の進捗も把握しづらい点である[5]。売主である日本企業の対応方法としては、競争法審査のM&A契約上の取扱いを参照して、買主に許認可を取得する(最大限の)努力義務を課した上で、当局に提出する書類について事前に売主がレビューする機会と、交渉状況について逐次報告してもらう機会を確保する条項を設けることが考えられる。また、事前に売主取得できないことで取引がクロージングできない場合の対処としては、いわゆるReverse Termination Fee(「RTF」)の取決めを置き、売主が買主に一定の費用を請求できることとすることが考えられる。
しかし、RTFの場合、一般的にはクロージングができないことが判明してから請求する必要があり、その時点では買主としても取引ができない以上、非協力的な姿勢をとる可能性が高い。契約上請求可能であったとしても、実際に訴訟・仲裁等を提起し、国境をまたいで請求することは実務上相応の期間・費用がかかり、売主としては負担が大きい。そこで、より直截的な手段として、LOI又はDA締結のタイミングで、予め買主から一定額の手付金(中国語で“押金”)を徴収し、買主の帰責によりクロージングできない場合に売主が没収可能としておくことも考えられる。中国企業は、国内取引においても手付金の支払を求められることが珍しくないから、手付金の要求自体は不合理なものではなく、筆者が近時関与した案件でもクロージングを担保するための手付金が支払われたケースは複数回ある(むしろ手付金の支払いを頑なに拒む場合には、クロージングの誠意を疑わせる事情がないか、きちんと理由を確認する必要がある。)。買主に許認可取得のインセンティブを与えるよう、手続の進捗及び期限に応じて、段階的に手付金を増減させるアレンジメントも考えられ、金額の設定次第では取引の不確実性をカバーできる。
また、買主にとっては、外貨規制によって、許認可なしに「お金を中国から出せない」ことが問題なはずであって、対価に相当する金額を中国国内で準備すること自体は可能なはずであるから、買主に対して、クロージング前にその金額を銀行の特定の口座に預けてもらい、銀行名義の保管証明の提出を求めることも考えられる。
さらに、中国企業と取引する際には、買主となるエンティティと支払のエンティティを細かく区別し、確認する必要がある。一定規模の中国企業は、厳重な規制を回避して海外との取引が容易になるよう、香港、マカオ、シンガポール等にエンティティを保有していることが多い。エンティティが中国本土にあるか、香港、マカオにあるか、シンガポール等の第三国にあるかで、対外投資に及ぶ規制が異なり、例えば香港所在のエンティティからの外貨支払いには、上記③の外貨登記が不要になることから、取引対価に先立ち、手付金を香港エンティティから支払ってもらうことが実務上考えられる。加えて、近時中国では、企業のオンライン情報開示が進んでいる。売主としては、取引の契約締結に先立ち、買主側のエンティティを国家企業信用情報公示システム(中国語:国家企业信用信息公示系统)」で確認し、債務不払い等により裁判所の「信用喪失者リスト」に掲載されていないか等確認することも有益である。
[1] 境外投資許可届出に関する問題及び解答(「対外投資QA」http://jwtz.ndrc.gov.cn/jwtz/newsHeader/selectBodyByIdNew?id=_n3hGUAGUEeyi06voYQMjzw)85番
[2] 企業境外投資管理弁法35条
[3] 対外投資QA78番
[4] 但し、許認可を取得できないことが、クロージングの遅延・拒否の口実として使われることもあるので、売主としては、このように買主から言われた場合であっても、どの根拠法令に基づき、当局とどのような交渉、検討が行われたかを確認し、場合によっては買主カウンセルの法律事務所から法令上の問題点と解決方法について意見を取得すること、売主が自らカウンセルを通じて当局に確認することといった手段を講じることが考えられる。
[5] 背景としては、競争法審査の場合、審査方法が比較的グローバル的に共通しており、中国でも中央官庁である市場監督管理総局が対応窓口になっているのに対して、対外投資審査は中国独自のルールであり、審査も投資総額が3億米ドル以下の場合の届出は各地方の発展改革委員会が審査を担当しており、ローカル色が強くなかなか売主から動きが見えづらい点が挙げられる。
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(ろく・はせる)
長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。
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