国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第52回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(1)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第52回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(1)
1 はじめに
建設契約の当事者であるEmployerとContractorの最優先事項は、第一義的にはプロジェクトを完工に至らしめることである。しかしながら、相対当事者という関係上、両者の利害は完全には一致せず、自らの権利を守るため相手方に何らかの請求を行わなければならない場面も多い。代表的には、ContractorがEmployerに対して工期延長を請求する場面や、EmployerがContractorに対してDelay Damagesの支払いを請求する場面が考えられる。
当事者の権利保護のためには、請求を行う機会を保障することが重要である一方、かかる請求が相手方当事者にとって不意打ちとなるのは不合理と言えよう。ゆえに、契約において両当事者の利益のバランスを取る必要が生じるところ、FIDICは請求を行うための詳細な要件を定めることでそのバランスを取ろうとしたものと解される。
当事者が請求を行うための要件は、個別の条項に定められていることもある(たとえば工期延長については8.5項、Delay Damagesについては8.8項など)。特に、工期延長における遅延の理由などの実体的要件は、当該請求に特有のものであるため、個別の条項で取り扱うのに適している。一方、請求に際して踏まなければならない手順、すなわち手続的要件の大部分は、様々な種類の請求に共通しうるため、包括的な条項で定めることが可能であり、また便宜にかなうと考えられる。2017年版のFIDIC Rainbow Suiteにおいては、20項がこの包括的な条項に当たる(もっとも、他の条項にも手続的要件が含まれていることはあり、当事者は該当する手続要件のすべてを満たす必要があることは、20.2.7項からも見て取れる)。そこで、今回から数回にわたり、20項を読み解くことを試みる。
2 1999年版との主な相違
当事者による請求に関する2017年版書式の条文構造には、1999年版書式と比べ、大きく異なる点がある。
まず、1999年版書式では、Contractorによる請求とEmployerによる請求の手続的要件は別々の条項で取り扱われていた。すなわち、Contractorによる請求は、当事者間の紛争と合わせて20項で取り扱われ、Employerによる請求は2.5項で別途の定めが置かれていた。これに対し、2017年版書式では、Contractorによる請求も、Employerによる請求も、その手続的要件については20項でまとめて取り扱われている。この変更には、後述する多数の通知要件や厳格な期間制限等につき、Contractorによる請求のみに適用するのではなく、Employerによる請求にも等しく適用することで、当事者間の公平を推し進める目的があったと推察される。
また、2017年版書式では、紛争に関する定めは切り離され、21項に移行した。これは、「相手方に対して請求を行うこと」はただちに「紛争」に結びつくわけではない(相手方が請求を認めることや、請求が取り下げられることもありうる)ことを明確にし、紛争の回避へと当事者を誘導する目的に基づく変更と解されている。ただし、20項における個々の条項の定めに鑑みると、2017年版書式が一貫して紛争回避に資するものとなっているかという点は、議論の余地があると思われる。この点については、個別の条項を紹介する際に改めて触れることとする。
3 請求の種類
20項で取り扱われている請求は、大きく分けて、金銭的なもの、時間的なもの、その他の3種類であり、それぞれにつきEmployerによる場合とContractorによる場合が考えられる。具体的には、下表のように整理できる(20.1項)。
請求の 当事者 |
金銭的請求 | 時間的請求 | その他 |
Employer | Delay Damagesなどの金銭の支払請求または工事代金の減額請求 | Defects Notification Periodの延長請求 | 金銭や時間に関するのものではないその他のあらゆる請求(指示、証書、決定、通知、Engineer(Silver BookではEmployer)の意見やvaluationに関するものを含む) |
Contractor | 追加コストなどの金銭の支払請求 | 工期の延長請求 |
金銭的請求及び時間的請求には、20.2項の定める手続的ルールが適用されるが、その他の請求には別の手続が用意されている。各手続の詳細は、次回以降に説明する。