SH3994 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第55回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(4) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/05/12)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第55回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(4)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第55回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(4)

7 Engineer/Employer’s Representativeによる合意形成と決定の手続

⑴ Engineerの中立義務

 当事者が相手方当事者に対して請求を行う手続において最後のステップとなるのが、Engineerによる合意形成・決定の手続である。この時点では、まだ当該請求について当事者間に「紛争」があるとは扱われないため、厳密に言えば、Engineerは紛争解決のための手続を行うわけではない。しかし、後述のとおり、Engineerは当事者間の対話を促して合意形成に努める責務や、合意ができない場合には公正な決定を行う責務を負っていることに照らせば、Engineerは実質的に調停人や仲裁人に類似した役割を担っていると見ることもできよう。

 このような役割をこなすに際し、Engineerは、「neutral」に行動しなければならず、Employerのために行動しているとはみなされないものと定められている(3.7項)。これは2017年版書式における新しい定めであると同時に、1987年版書式における定めの改定版でもある。すなわち、1987年版書式では、Engineerは請求に関する決定等を行う際、「impartial」に行動しなければならないとされていた。しかし、FIDICにおけるEngineerはEmployerのエージェントでもあるため、「当事者のいずれにも肩入れしない」ことを意味する「impartial」は座りが悪いと捉えられることもあった。特に、日本と同じシビル・ローの法体系においてはその傾向がより強く表れ、論争を呼んでいた(これに対し、イギリス法をはじめとしたコモン・ローの法体系では、もともと、Engineerはその契約管理責任を果たすに際して公正かつ偏りなく行動する必要があるとの考え方が一般的であったため、「impartial」という用語に対する抵抗感は必ずしも大きくなかったようである)。そこで、1999年版書式において、Engineerが「impartial」に行動することを求める条項はいったん姿を消し、2017年版書式において、Employerのエージェントとしての立場には変わりなく、単に中立的な振る舞いをEngineerに義務づける趣旨で、「neutral」に行動することを求める条項として復活した。

 ただし、実際には、真に中立的に行動できるEngineerは多くない。その理由としては、Engineerが、Employerのエージェントである以上いついかなる時でもEmployerを助ける義務を負うとの誤解に基づき、Contractorの請求を原則として拒絶する方針を取りがちなことが挙げられる。また、Engineerがプロジェクトの設計担当者でもある場合、設計や図面の不備に基づくContractorの請求を認めることは、自らの過ちを認めることになるため、やはりContractorの請求を拒絶する方向に傾きがちである。このジレンマを軽減するには、Engineerとなり得る人材に対して中立義務への理解を促し、可能であれば設計担当者をEngineerに任命することは控えるなどの方策が必要となろう。

 なお、念のために付言すると、Silver Bookで合意形成・決定の手続を行うのはEmployer’s Representativeであり、Employerのために行動するのを前提とせざるを得ないことから、中立義務は定められていない。

 

⑵ 手続の概要(3.7項、Silver Bookでは3.5項。以下枝番号含めて読み替え)

 前2回で述べたとおり、2017年版書式のもとでは、当事者による金銭的請求、時間的請求及びその他の請求は全てEngineer(Silver BookではEmployer’s Representative。以下同じ)による合意形成・決定手続の対象となる。すなわち、金銭的・時間的請求以外の請求であっても、合意結成・決定手続を経ずにDAABに付託することはできない。

  1.   (a) 合意形成(Consultation to reach agreement)
  2.     Engineerは、まず、両当事者と合同または個別に協議し、後述する期限内に合意が得られることを目指して、当事者間の話し合いを促す必要がある。別段の合意がない限り、Engineerは両当事者に協議内容の記録を提供することとされている(3.7.1項)。
  3.     合意形成の期限は42日間であるが、その起点が請求の種類によって異なる。すなわち、金銭的・時間的請求の場合は、20.2.4項に基づく詳細な請求書面をEngineerが受領した日から42日、そのうち継続的請求については20.2.6項に基づく(中間的または最終の)書面を受領した日から42日、その他の請求の場合は20.1項に基づく請求通知を受領した日から42日となる(3.7.3項)。
  4.     この期限内に合意が形成された場合は、Engineerは両当事者に対してその旨の通知を出す。通知には、合意内容を記した書面を添付する必要があり、両当事者がこの合意に署名することとされている。期限内に合意が形成できなかった場合、または、両当事者がEngineerに対し、期限内に合意を形成できる見込みはない旨を伝えた場合は、Engineerはその旨の通知を両当事者に出し、直ちに決定の手続に進むこととなる(3.7.1項)。
     
  5.   (b) 決定(Determination)
  6.     Engineerは、契約に従い、かつ、全ての事情を考慮して、公正な決定を行うものとされている(3.7.2項)。かかる決定を行う期限は、Engineerが合意形成から決定手続に移行するべき時から42日間である(3.7.3項)。したがって、合意形成と決定の手続を合わせると、最大で84日間かかることになる。
  7.     Engineerは、期限内に、両当事者に対して決定通知を出し、決定に至った理由を含めてその内容を詳細に説明する必要がある。この通知には、決定の根拠となった資料も添付することとされている(3.7.2項)。
     
  8.   (c) 合意・決定の修正
  9.     Engineerによる合意または決定の通知から14日以内に、Engineerまたは当事者が誤記や計算間違いの類を発見したときは、その修正が認められている。具体的には、Engineerが発見した場合は、直ちに当事者に修正を伝え、当事者が発見した場合は、Engineerに対して誤りを指摘する通知を出す(Engineerが誤りであることに同意しない場合は、その旨を直ちに当事者に伝えることとされている。以上、3.7.4項)。
     
  10.   (d) Engineerが合意形成・決定を行わない場合の処理
  11.     Engineerが上記の手続どおりに合意形成・決定を行わず、期限内に通知を出さなかった場合には、当該請求は認められなかったものとみなされる(3.7.3項)。これは2017年版書式で明確にされた取り扱いであり、Engineerが通知を出さないことで故意に合意形成・決定手続の完了を遅らせ、紛争解決手続への移行を妨害することを防げるという点で、当事者(特に、EngineerがEmployerのためにそのような妨害をするのではないかと危惧するContractor)にとっては望ましい。
     
⑶ 決定の効果(3.7.4項)

 Engineerによる決定(上記(2)(c)の修正があった場合は、修正後の決定)は、21項の定める紛争解決手続に従って変更されるまで両当事者を拘束するものとされている。なお、合意については、両当事者が納得した結果であるため、上記(2)(c)の修正以外の変更は想定されていない。

 Engineerの決定に不服のある当事者は、Engineerから決定通知(上記(2)(c)の修正があった場合は、修正後の決定)を受領した後28日以内に、その旨及び不服の理由を相手方に通知することとされている(3.7.5項)。この通知はNotice of Dissatisfaction(NOD)と呼ばれる。NODは、Engineerにも副本を送付する(電子ファイルの場合は、EngineerをCCする)必要がある。当事者がEngineerによる決定の一部のみに不服がある場合も、同様に、当該一部についてNODを発することとなる。

 NODが28日以内に出されなかった場合には、Engineerによる決定は両当事者によって受諾されたとみなされ、最終的なものとして拘束力を持つ。これは、当該決定について紛争解決手続で争うことは不可能となるという意味で、time-bar条項の一つに当たる。Time-bar条項にまつわる実情については次回に述べるが、少なくとも条文上は紛争解決手続への移行が遮断されるため、当事者としては、Engineerによる決定を迅速に検討し、不服のある場合は期限内にNODを出すことが重要となる。

 さらに、NODが期限内に出された場合でも、当該NODの発出または受領から42日以内にDAABへ紛争を付託しなければ、NODが失効することに注意が必要である(21.4項)。これもまたtime-bar条項であり、紛争解決手続の利用を希望する当事者は、誤ってその権利を失うことのないよう、期限内にDAABへの付託を行うことが重要である。

 

⑷ 合意・決定違反の処理(3.7.4項)

 当事者の一方が、形成された合意または最終的な拘束力を持った決定に違反した場合、相手方当事者は、当該違反そのものを直ちに仲裁へ付託することができる。すなわち、この場合には、DAABによる手続を経る必要はなく、むしろ当該違反はDAABの決定に従わない違反と同様に扱われることとなる。

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