国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第33回 第5章・Delay(8)――遅延の軽減とacceleration(2)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第33回 第5章・Delay(8)――遅延の軽減とacceleration(2)
3 Accelerationの取扱い
⑴ 概要
建設プロジェクトにおけるaccelerationとは、工事等の加速、すなわち工期の短縮を意味する。特に遅延が生じていない場面でも、構造物の利用開始日が早まったなどの理由で、工期を短縮することはあり得るが、遅延を回復するために、残りの作業に要する時間の短縮が行われることもある。後者は、言わば遅延軽減措置としてのaccelerationである。
当初の予定より早く作業を終える(=accelerateする)ためには、作業員の追加や時間外作業、新たな工事用機械の導入などが必要となる可能性があり、Contractorに追加のコストが発生し得る。かかるコストをContractorがEmployerに請求できるか、また、そもそも当事者間の合意なくしてaccelerationを行うことができるかは、基本的には契約の定め方による。
契約にaccelerationに関する定めがない場合、EmployerおよびContractorが別途の合意をすることは可能であるが、後の紛争を避けるためには、Contractorがaccelerationの作業を開始する前に、具体的な作業内容およびコストの支払条件を合意しておくことが肝要である。
⑵ FIDICにおけるacceleration
FIDICにおいては、工事等の進みが遅い(工期に間に合わないペースである、または工程表におけるスケジュールに遅れているか遅れそうである)場合には、EngineerがContractorに対し、スピードアップのための作業方針変更案を提出させ、Contractorのコスト負担により当該変更後の方針を実行させることができる旨の規定がある(8.7項)。これは、実質的に、Employer側が、遅延を避ける(または軽減する)ため、Contractorのコスト負担によるaccelerationを指示できることを意味する。
さらに、同条は、8.5項に基づいてEmployerに帰責できる事由による遅延を軽減するためにEngineerがaccelerationを指示する場合には、13.3.1項の強制的なVariationの規定が適用されると定めている。したがって、Contractorは、当該accelerationに要する費用を、Variationの手続の中で請求することが可能となる。
この他のacceleration(たとえば、特に遅延が見込まれない場合のacceleration)を、Employer側から一方的に指示できるか否かは明らかでないため、当事者間の合意に基づいて行うことが基本的には望ましい。
⑶ Contractorが自主的に行うacceleration
当事者の合意によらないaccelerationの可否が基本的に契約の定めによることは、上記 ⑴ で述べたとおりであるが、Employer側の一方的な指示によるaccelerationに比べ、Contractorが主導するaccelerationについて契約上の定めが設けられることは少ない。実際、FIDICにおいても、かかる規定はない。
しかし、現実には、Employer側の指示や合意がないにもかかわらず、将来的な遅延を見込んで自主的にaccelerationを行おうとするContractorは存在する。
こうした場合、Contractorは、Employerの指示や合意がある場合と異なり、基本的にはaccelerationに要するコストをEmployerに請求できないことに注意が必要である。それでも、accelerationを行わない場合の遅延損害金の額と、accelerationのコストを比較して、後者の方が相当小さくなる見込みであれば、ビジネス判断として、Contractorが自己負担でaccelerationを行うことに一定の合理性がある場面も想定できなくはない。
⑷ Constructive acceleration
Contractorによる完全に自主的なaccelerationとは別に、Employerの責任で遅延が発生した場合に、Contractorがaccelerationを試みることもある。すなわち、ContractorがEOTを求めたものの、Employer側から拒否されて、遅延損害金の負担を避けるためにやむなくaccelerationを行うといった場合である。これは、一般にconstructive acceleration(解釈上のacceleration)と呼ばれている。
Employerの責任による遅延に基づくaccelerationとはいえ、Employer側の指示や合意なしに行うaccelerationである以上、これに要するコストをEmployerに請求できないリスクは伴う。そこで、Contractorとしては、コスト請求の可能性を少しでも上げるために、少なくとも、accelerationとして行う作業の内容および追加コストを、作業開始前にEmployer側へ通知しておくのが望ましいと思われる。また、Employerが、accelerationの原因となった遅延がEmployerに帰責されることを争う姿勢を維持する場合には、Contractorは、十分な論拠と証拠を準備して契約上の紛争解決手続に付する必要がある。