SH4049 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第63回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(1) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/07/07)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第63回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(1)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第63回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(1)

1 はじめに

 今回からは、FIDIC書式における紛争解決手続の最終局面である仲裁(arbitration)について取り扱う。日本語の「仲裁」は、もともと、「対立し争っている当事者の間に入り、双方を和解させること」を意味するが、法的手続であるarbitrationの訳語としての「仲裁」は、これとは異なる意味を持つ。

 すなわち、法的手続としての「仲裁」は、当事者の合意に基づいて成り立つADRであり、決定権は公的機関ではなく当事者の選んだ第三者に委ねられるものの、手続の進め方は高度に体系化され、緻密な主張立証が求められるなど、法と証拠によって紛争を解決する制度の一つとして確立している。もともとの日本語的意味の「仲裁」は、法的手続の中ではむしろ調停(mediation)に近いと言えよう。

 紛争解決の手段として仲裁を選ぶことの種々のメリットは既に広く知られているが、代表的な点としては、①決定権者の選任に当事者がコントロールを及ぼせること、②ニューヨーク条約加盟国における執行可能性があることが挙げられる。具体的には、相手方の国の裁判官ではなく中立の第三者を決定権者として選べるのみならず、必要な経験や知識、さらには他の仲裁人に対する説得力を有していると思われる者を指名することができる(これに対し、訴訟では当事者が裁判官を選ぶことはできず、場合によっては、類似の事案を扱った経験がほとんどない裁判官に当たることもあり得る)。また、自らに有利な判断を得ても、相手方が任意に履行するとは限らないため、執行力のある形で判断を得ることが重要であるところ、仲裁判断は、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(通称ニューヨーク条約)の加盟国においてであれば、その国の裁判所による判決と同様に執行することが可能である。現在、ニューヨーク条約の加盟国は170ヵ国にのぼり、仲裁判断の執行可能性は相当広範囲にわたる。

 上記のようなメリットから、国際取引において、仲裁は紛争解決手続としてもはや標準的な選択肢となっている。FIDIC書式を使用するような、国際的な建設プロジェクトも例外ではない。以下では、FIDIC書式における仲裁条項を取り上げたのち、建設紛争と仲裁について、実務的視点も交えて概説する。

 

2 FIDICの仲裁条項(21.6項)

⑴ 仲裁手続の枠組み

 21.6項は、FIDIC書式のもとでの仲裁手続の枠組みを次のとおり定めている。

  1. ▷ 当事者間の協議によって紛争が解決できず、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)による決定手続及びDAABの手続を経て、Notice of Dissatisfactionが出された場合(またはDAABの決定に当事者が従わなかった場合や、DAABが存在しない場合)には、当該紛争は国際仲裁により終局的に解決されるものとする。
  2. ▷ 当該仲裁には、国際商業会議所(ICC)の仲裁規則を適用する。
  3. ▷ 仲裁人の人数は1名または3名とし、ICC規則に従って選任する。
  4. ▷ 仲裁手続の言語は、契約において「ruling language」に指定されている言語とする。
  5. ▷ 仲裁廷は、当該紛争に関連する、Engineerのいかなる指示や決定等(既に最終的なものとして拘束力を有している決定を除く)、及び、DAABのいかなる判断(既に最終的なものとして拘束力を有している判断を除く)についても、これを検討し、変更することができる。

 仲裁条項の定め方については、一般に、紛争を仲裁に付託して終局的に解決するという当事者の合意が明確に示され、かつ、仲裁地や仲裁規則、仲裁人の選任方法などの要素が漏れなく定められているものが良い仲裁条項であると言われている。21.6項は、明確な仲裁合意を示しており、仲裁規則や仲裁人の選任方法、仲裁手続の言語を指定しているという点では望ましいものと評価できる。

 ただし、仲裁地の定めはないため、追加で指定しておくことが推奨される。仲裁地がある国に決まるということは、その国の仲裁法が当該仲裁に適用され、かつ、その国の裁判所が、保全措置や仲裁判断の取消等を通じて、仲裁に対する一定の介入権を持つことを意味する。そうすると、仲裁地がどこであるかによって、仲裁手続の進めやすさや、最終的に仲裁判断が執行できるか否かが左右され得ることになる。加えて、相手方当事者の出身国裁判所での訴訟を契約上の紛争解決手段としなかったにもかかわらず、仲裁地が当該出身国となった場合には、結局その国の裁判所の介入を受けかねないといった問題も起き得る。よって、どこを仲裁地とすべきかについて当事者間で争いが生じやすくなるため、事前に適切な(仲裁に親和的である、洗練された仲裁法が存在するなどの特徴を持つ)仲裁地を合意しておくことが重要である。

 また、仲裁人の人数についても、「1名または3名」と選択の余地がある定め方ではなく、1名か3名のどちらかで合意するのが基本的には望ましい。大規模かつ複雑な契約であれば、紛争の規模も大きくなり、複雑化する傾向にあるため、3名の合議体による判断を求めることに合理性を見出しやすい(仲裁人としても、大規模な紛争であればあるほど、単独で判断するのではなく、複数名での合議を経て判断するのが適当と考える傾向が強くなる)。もちろん、仲裁は当事者の合意に基づく手続であるから、実際に紛争となった段階で、当該紛争の規模や性質に応じて仲裁人の人数を1名に変更する合意を行うことは可能である。この点、新興国の政府系Employerの中には、仲裁にかかるコストを節約しようとして、仲裁人の人数を1名にしたがる者も少なくない。Contractorとしては、言われるままこれを受け入れるのではなく、当該紛争において1名の仲裁人に判断を委ねるのが本当に適切かを吟味することが重要である。

 

⑵ 付随的な定め

 上記⑴の大枠に加え、26.1項は下記のような付随的な定めも含んでいる。

  1. (a)   証拠に関する定め
    1. ▷ Engineer(Silver Bookでは、Employerを代理して行動したことのある個人)は、当該紛争に関するいかなる事項についても、仲裁において証言する資格を失うものではない。
    2. ▷ いずれの当事者も、DAABにおいて提出した主張・証拠や、Notice of Dissatisfactionを出すにあたって説明した不服理由を超えて主張立証を行うことを妨げられない。
    3. ▷ DAABの判断は、仲裁において証拠として提出することができる。
  2. (b)   仲裁廷の判断に関する定め
    1. ▷ DAABの組成やDAABメンバーの選任にあたって、一方当事者が他方当事者に協力しなかったという事情があった場合には、仲裁廷は、仲裁費用に関する判断を行う際にこれを考慮することができる。
    2. ▷ 仲裁廷が、一方当事者から他方当事者への支払いを命じる判断を行った場合には、当該支払金額は、改めての支払証書や通知を要することなく、直ちに弁済期を迎える。
  3. (c)   その他の定め
    1. ▷ 仲裁は、工事等が継続中であるか終了後であるかにかかわらず、提起することができる。
    2. ▷ 当事者、Engineer、及びDAABの義務は、工事等の継続中に仲裁が提起されたことを理由として変更されるものではない。

 仲裁条項は当事者が自由にデザインできるため、このような付随的な定めを設けることも可能である。これらの定めがない場合でも、最低限必要な要素が含まれていれば仲裁条項は機能し、また、証拠に関する実際の取扱い等が上記と異なるとも限らないが、当事者間の無用な争いを防ぐという点で、付随的な定めを設けることにも一定の意義は認められる。ただし、あまりに多くの付随的な定めを設けると、逆にその解釈をめぐって争いが生じる可能性もあるため、必要以上に規定を増やすことのないよう注意が必要である。

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