わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(8)
成城大学法学部
教授 山 田 剛 志
バークレイズ証券株式会社
金融法人部長・マネジング・ディレクター 井 上 健
5. 対象企業によるアクティビスト・ファンドへの対処方法
(2) アプローチを受ける前における平時の対応
まず初めに、アクティビスト・ファンドからのアプローチを受ける前の段階で、どのような準備を日頃からすべきか、その主なポイントについて整理したい。
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① 市場動向のモニタリング:対象企業の株価動向や株式売買状況を日常的に監視し、疑わしい取引がないかモニタリングを行う。前述のように、アクティビスト・ファンドによる大量保有報告書が提出される前から(5%未満の株式取得のケースもあり、提出されない可能性もある)、当該アクティビスト・ファンドまたは仲間のファンドが水面下で株式を買い集めている可能性があるので、日頃から、自社の株価の動きや株式売買高に注意を払い、異常な取引がされていないかチェックすることが必要となる。
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② 株主構成の把握:IR・SR支援会社等[1]を通じて、実質株主判明調査を定期的に実施し、できる限り可能な範囲で、対象企業の株主構成(実質保有者、保有株式数等)を正確に把握するよう努める。株主名簿上、機関投資家の大半は信託銀行や証券保管会社(カストディアン)の名義で保有するケースが多く、名義上の株主と真正な実質株主とは異なることから、実質株主判明調査を実施することにより、実質株主を確認することが重要となる。
もっとも、アクティビスト・ファンドは様々な投資ビークルを経由して株式を保有するため、実質株主判明調査によっても、アクティビスト・ファンドの名前が判明しないことは少なくないが、日頃から株主構成についてモニタリングすることは、何らかの異常を察知する上で重要である。また、アクティビスト・ファンドが様々なキャンペーンを展開する場合(議決権争奪戦など)、アクティビスト・ファンドへの対抗上、その他の一般株主から経営陣への賛同を取り付けることが重要となってくるが、その際、その他の一般株主がどのような構成になっているか、事前に把握することも重要となる。
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③ 株式価値向上策の検討:株式価値を向上することは企業経営者の責務であり、アクティビスト・ファンドからのアプローチの有無にかかわらず、対象会社自らが、業績改善・株式価値向上に向けて、日頃から経営戦略を十分検討し、必要に応じて何時でも新しい施策を公表できるように備えておくことが重要となる。潜在的な株式価値に比べて現在の株価が著しく割安になっている状況、または、十分な成長戦略を打ち出せずに余剰資本・余剰現金が積み上げているという状況があるのだとすると、それは取りも直さず対象企業の経営戦略に何らかの問題があると考えられ、アクティビスト・ファンドからの格好の攻撃対象となってしまう。したがって、経営者の責務として、経営目標(ROE、利益水準など)、事業ポートフォリオ、具体的な事業戦略、株主還元の水準等について不断に見直し、株主に対して企業価値向上のための具体的プランを提示できるよう準備しておくことが必要となる。
また、以上のプラン策定・準備のためには、自社の立ち位置を客観的に自己分析しておくことが重要であり、株価水準(PBR、PER、EBITDA倍率など)や各種経営指標(ROE、営業利益率、営業費用率など)に基づく数値基準を用いて、同業他社と比べて自社の経営状況の強み・弱みを考察しておくことが重要となる。また、アクティビストから批判されそうな問題点を事前に把握しておくことも重要であり、具体的には、不採算・ノンコア事業、遊休不動産、余剰資本・現金、政策保有株などは、アクティビスト・ファンドが批判をしてくる典型的なポイントであることから、予め何らかの対応策を検討しておくことが望ましい。さらに、ガバナンスやコンプライアンス上の問題点がないかについても、日頃からモニターしておくことも重要となる。
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④ 対応チーム・対応方針の事前構築:ひとたびアクティビスト・ファンドが攻撃を開始すると、対象会社は極めて短期間で様々な対応を迫られることになる。特にアクティビスト・ファンドの主張が公開されると、資本市場やメディアの論調等によっては、企業の幅広いステークホルダー(従業員、取引先、地元コミュニティーなど)が大きな影響を受ける可能性があり、対応の遅れが資本市場からの信任失墜や日常業務の支障につながりかねない。その意味でも、迅速かつ柔軟な対応が不可欠であり、事前に社内体制や対応方針・マニュアル等を整備しておくことが望ましい。社内体制については、経営トップを筆頭に各中核部門(経営企画、財務、広報、IR・SR、総務など)をチームに入れ、全社横断的な体制を準備するともに、社外の専門家(ファイナンシャル・アドバイザー、弁護士など)の起用についても検討しておくことが望ましい。また、対応方針・マニュアルについては、アクティビストのアプローチ方法、要求内容が多岐に及ぶため、事前に完璧な方針を立てることは不可能であるが、有事の際の当面の対応方針、対応策の選択肢案(配当・自己株買いなど)を予め用意しておくケースがある。
- ⑤ 買収防衛策の検討:買収防衛策(日本企業においては、事前警告型の大規模買付ルールの採用が一般的)は、買収者による一定数以上の株式取得(多くの場合、トリガー基準は議決権の20%)について一定の抑止力を有することから、アクティビスト・ファンドによる株式買い集めに対しても一定の抑止力をもつものと考えられる(ただし、アクティビスト・ファンドがトリガー基準に該当する株式取得を目指す場合に限る)。しかしながら、足元では、前述のようなコーポレート・ガバナンスを巡る環境変化を踏まえ、上場企業の間では買収防衛策を廃止する動きが加速しており[2]、また、外国人機関投資家や議決権行使アドバイザリー会社等からの賛同を得るハードルが高いことから、導入はかなり難しくなってきている。ちなみに、アメリカの状況を見てみても、代表的な買収防衛策であるポイズンピル(poison pill)や期差選任取締役会(classified board)について、これらを採用するアメリカ上場企業は減少傾向にある。以前は上場企業の半数以上がこれらの防衛策を採用していたが、ここ数年大幅に減少している[3]。
[1] Investor Relationship / Shareholder Relationship支援会社。日本における代表例としては、株式会社アイ・アール・ジャパン、ジェイ・ユーラス・アイアール株式会社などがある。
[2] レコフによる調査(2017年4月28日)によると、日本の上場企業において買収防衛策を導入している企業数は、ピークである2007年に565社あり、上場企業の10%を超える会社が導入していたが、足元ではパナソニックなどの有名企業が買収防衛策の廃止を決めるなど減少傾向にある。2017年4月27日現在、437社まで減っている。(MARRオンライン「M&Aスクランブル」2017年4月27日)https://www.marr.jp/genre/topics/kaisetsu/entry/7014
[3] S&P1500を構成するアメリカ企業のうち、2016年にポイズンピルを採用している企業の割合は4.9%、期差選任取締役会を採用しているのは31%に過ぎない。(Cf.2016 Shareholder Activism Review” FactSet Shark Repellent (February 1, 2017)
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FactSet%27s%202016%20Year-End%20Activism%20Review_2.1.17.pdf#search=%27FactSet++
2016+Shareholder+Activism+Review+2.1%27