◇SH4089◇契約の終了 第22回 書面でする消費貸借における貸主からの解除(上) 谷口聡(2022/08/03)

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契約の終了
第22回 書面でする消費貸借における貸主からの解除(上)

高崎経済大学教授

谷 口   聡

 

1 本稿の目的

 本稿は、改正民法587条の2で規定された書面でする消費貸借契約の成立後に、貸主が金銭の交付をする前に借主の財産状況が悪化したことを理由とした貸主からの解除を認めるべきか否かについて検討することを目的とする。

 改正民法587条の2第1項は書面でする消費貸借について新設された規定である。そして、同条3項は、「書面でする消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。」と規定する。改正民法の立法過程である法制審議会においては、この規定をめぐり、破産手続開始に至らないまでも借主の財産状況悪化をもって解除を認めるべきという価値判断に立った見解と、貸主は不安の抗弁ができるのであるから、財産状況悪化のみで解除を認めることはできないなどとする見解の対立が見受けられた[1]。結果として上記規定が置かれたにもかかわらず、現在の金融実務においては、貸主に借主の財産状況悪化を理由とする解除権が留保されるケースを認める見解が多いとも聞かれる。したがって、本稿の目的のような検討を解釈論として行うことも無意味ではないのではないかと臆見する。

 

2 改正前民法589条から改正民法587条の2第3項への接続

 改正民法587条の2第3項の規定を論ずるにあたっては、改正前民法589条の議論を参照すべきであろうか。双方規定は接続しているものなのかについて若干の検討を加える。

 改正民法立法過程の法制審議会における「中間試案」では、「第37 消費貸借」「1消費貸借の成立等」の「(5)」において契約当事者の破産手続による契約失効の規定が提示されていたが、この「(概要)」で、「民法第589条と同様の趣旨のものである」との説明が付されていた[2]

 同じく、「要綱仮案」制定過程の審議の中で、中原委員が、「破産開始決定に限らず,更生手続開始や再生手続開始の決定の場合も,信頼関係が喪失すると考えられます。わざわざ破産手続開始決定に限定している理由」はどこにあるのかと質問した回答として、住友関係官は、「589条に『破産手続開始の決定を受けたとき』と現行の条文にありまして,そちらのほうをそのまま書いたものであります」と発言している[3]

 また、改正民法制定後に刊行された法制審議会の委員の一人であった潮見佳男教授の著書では、「民法587条の2第3項は、……改正前民法589条と同様の趣旨に出たものである」と述べられている[4]

 そもそも、改正前民法589条の消費貸借の予約に関する諸見解の中でわが国における諾成的消費貸借肯定論が醸成されてきたという経緯がある。梅謙次郎博士は、同法の「予約」をして「固ヨリ有効ナル契約ニシテ之ニ契約一般ノ規定ヲ適用スヘキハ勿論……」と述べている[5]。村上恭一博士・磯谷幸次博士らや横田秀雄判事は、改正前民法587条を要物契約と解しつつも諾成的消費貸借を認める根拠として同条「予約」の規定を用いた見解を述べていた[6]。三宅正男博士は、消費貸借は予約の効力が認められることから、「消費貸借の要物性は実は廃止されて」いるのだとの見解さえも示していた[7]。このような学説の展開を振り返れば、書面でする消費貸借の失効に関する改正民法587条の2第3項が、改正前民法589条と接続していると考えることは自然な流れであると思われる。

 以上から、筆者としては、「予約」概念は別としても、改正前民法589条は改正民法587条の2第3項によってその趣旨が引き継がれたものであると考える。

 

3 貸主に金銭交付前の解除を認めるという価値判断

⑴ 改正民法規定上の実務家の考え方

 改正民法の下における貸主の金銭交付前の解除について、実務家はどのように考えているのかを簡潔に2つの見解のみを考察する。

 當舎修弁護士は、「改正民法上は、借主が破産手続開始決定を受けない限り、借主の資力が悪化した場合なども、貸主は契約通りに金銭等を貸し渡す債務を負い続けることとなります。このような事態に備えて、貸主としては、以下のように、一定の場合に契約を解除できる旨を契約書に規定しておくことが望ましいといえます」とし、「支払の停止又は破産・和議開始・会社更生⼿続開始・会社整理開始若しくは特別清算開始の申立があったとき……財産について仮差押・保全差押又は差押の命令・通知が発送されたとき」を解除事由とする条項を金銭消費貸借約定書に盛り込むべきであるとしている[8]。貸主側からの見解であるが、このような解除条項を設置しておくべきとの見解として留意しておきたい。

 三木悠希裕弁護士は、「貸主が融資を実行する前提条件として、借主に信用不安が生じていないこと、借主の財務状況等の資料など、貸主の求める一定の書類が借主その他第三者から提出されること、借主の借りる権利について、無断譲渡や差押等の事由が生じていないこと等を貸付の実行の前提条件として定めておくということも考えられます」としている。[9]この見解では貸主側の利益保護の手段としての解除条項設置が主張されている。

 このように、実務家としては、改正民法587条の2第2項、同条3項にかかわらず、金銭交付前の貸主からの解除についても、一定要件を約定しておけば可能であると考えていると思われる。

⑵ 改正前民法589条の立法過程における法典調査会の審議 

 貸主に借主の財産状態悪化という時点で解除を認めるという価値判断に関して、改正前民法589条の立法過程である法典調査会の審議について考察したい。富井政章による起草条文は以下のようなものであった。また、注目すべき審議内容を以下のように抜粋した。

 富井政章起草による「第五百九十条」起草案は「消費貸ヲ為スヘキコトヲ約シタル者ハ爾後相手方カ破産ノ宣告ヲ受ケタルトキニ其契約ヲ解除スルコトヲ得」というものであった[10]。起草案としては「相手方カ破産ノ宣告ヲ受ケタルトキ」が解除の要件とされているが、財産状況悪化の場合でも解除を認めてもよいのではないかという価値判断を富井博士は支持していたということである。すなわち、審議において、富井博士は「……独逸民法草案ニハ破産ノ宣告ヲ受ケタルト狭クセズシテ相手方ノ資力ニ付テ弁済ヲ受クルコト能サル危険カ生シタルトキハ契約ヲ解除スルコトヲ得ルト広ク書イテアリマス」と述べたのに対して、井上正一委員は、「例ヘハ破産ノ宣告ハナクツテモモウ借主タルヘキ者ハ大抵財産ヲ他ノ債権者カラ差押ヘラレテ何ウシテモ返ス目的ハ無イト云フヤウナ事実カ現ハレタルヤウナ時テモ……含ムヤウナ訳ニ旨ク書キ換ヘル工風ハアリマスマイカ」と聞き返し、富井博士は「全ク御同感テアリマスモウ少シ広ク出来タナラハ尚ホ宜カラウト思フタノテアリマスケレトモ何ウモ其区域ヲ極メルコトハ六ケ敷イ……」と述べている[11]

 改正前民法589条の起草者富井政章においては、借主が破産宣告を受けたときよりも緩やかな「解除事由」とすることについての価値判断自体は支持していたと考えられる。だが、そのような具体的基準設定の困難という法律条文制定技術上の解決性に問題があり、そのような条文設置ができなかったことが窺える。

⑶ 改正前民法589条の立法後の学説上の議論

  1.   A 立法関係者の考え方
  2.    改正前民法制定に関係した文献[12]をみても、借主の財産状態悪化の場合にも、貸主に解除を認める「意義」は十分に認められているように感じられる。そのような「意義」は認めつつも、財産状態悪化の「具体的基準の設定」が困難であるとの問題があったため、破産手続開始の決定が予約解除の要件とされた理由と言える。
  3.   B 改正前民法589条をめぐる解釈論の展開
  4.    借主が破産手続開始の決定に至らないまでも、「財産状況悪化」をもって貸主に解除という効果を認めうるかという価値判断に着目して、今般の民法改正に至るまでの主な見解を提示したい。
  5.    我妻榮博士、石田文次郎博士や幾代通編『注釈民法』を分担執筆した浜田稔博士らの見解[13]によれば、価値判断として、借主の財産状況悪化による解除を認めている。この中でも代表的な我妻栄博士の見解は以下のようなものである。すなわち、「借主となるべき者が破産したときは、信用契約たる消費貸借の基礎が失われるからである。そうだとすると、破産に限定するのは狭過ぎるであろう。…借主となるべき者の財産状態に著しい変更を生じたときは、貸主となるべき者は債務を免れ得ると解すべきではあるまいか」とされている[14]
  6.    このような価値判断に関する見解は星野英一博士のテキストでも紹介されている[15]。同様の価値判断を示す見解としては、石田穣博士、三宅正男博士、川井健教授らの見解がある[16]。比較的近年の見解としては、近江幸治教授の見解があり、「破産に限定せず『借主となるべき者の財産状態に著しい変更を生じたとき』と拡張すべき」との考えが示されている[17]
  7.    参考までに、そのような価値判断に立った上での法的構成はどのようなものかと言えば、事情変更の原則を根拠とするものが多く、上掲、石田文次郎見解、我妻見解、浜田見解、石田穣見解および川井見解がこれに属するものである[18]。さらに、その中でも、石田穣見解と川井見解にあっては、不安の抗弁に留めるべき場合もありうるとの立場が示されている[19]
  8.    いずれにしても、価値判断のレベルでは、借主の財産状態の悪化をもって貸主に解除権を認めようとする見解は多数にのぼる。また、そのような価値判断に異を唱える見解も特には見当たらないように思われる[20]

⑷ 現在の金銭消費貸借実務における約款上の「期限の利益の喪失」条項

 「消費者ローン」「住宅ローン」などの金銭消費貸借実務、および、金融機関から企業への融資における同実務などで用いられる「約款」はどのように定められているのか。Webサイトから入手可能な右「約款」のほとんどにおいて、改正民法587条の2の規定に関係する条項が見当たらない。すなわち、消費貸借契約後かつ金銭交付前の「借主からの解除」(同条2項)および「貸主からの解除」には、実務上の約款には関係条項が見当たらないのである。右「約款」に条項が設置されているのは、金銭交付後の借主の「期限の利益の喪失」の条項のみである。そこで、主な「約款」の「期限の利益喪失」条項を以下にいくつか列挙して示してみたい。

 SMBCファイナンスサービス「金銭消費貸借約款」における「期限の利益喪失条項」の期限の利益喪失事由には、「金融機関が債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」というものが含まれている。

 同じく、三菱UFJニコス「金銭消費貸借約款」においては、「信用状態に著しい変化が生じるなど元利金(損害金を含む。)の返済ができなくなる相当の事由が生じたとき」という事由が含まれている。

 八十二銀行「金銭消費貸借契約証書規定」には、「債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」という一般条項が含まれている。また、大分銀行「金銭消費貸借契約証書」にも「債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」という条項が存在する。

 茨城県信用組合「金銭消費貸借約款」には、「信用状態に著しい変化が生じるなど元利金(損害金を含む。)の返済ができなくなる相当の事由が生じたとき」という条項がある。

 さらに、これらとは別に、企業が金融機関から継続的な融資を受ける際に利用される「銀行取引約定書」やコミットメントライン契約の契約書においても、金銭交付前の「借主または貸主からの解除」に関する条項は無い。「銀行取引約定書」と「コミットメントライン契約書」における金銭交付後の期限の利益喪失条項は以下のとおりである。

 「銀行取引約定書参考例」(金融取引法研究会、2021年7月1日)では、「債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」という条項が含まれており、「コミットメントライン契約書」(日本ローン債権市場協会(JSLA)、2019年6月26日)では、「借入人の事業もしくは財産の状態が悪化し、または悪化するおそれがあり、債権保全のために必要が認められるとき」という条項が含まれている。

 以上の「期限の利益喪失」条項は、民法137条1号から3号規定の事由と大きく異なるところはないと考える。「期限の利益喪失」の問題と、金銭交付前の解除の問題を同列に論じることはできない。しかし、「契約成立後」「借主の財産状況悪化」「貸主の利益保護」「貸主と借主の債権債務をゼロにする」という事情において、貸主に交付前の解除を認めることと、金銭交付後に借主が期限利益を喪失するという約定に「価値判断的な差異はほとんどない」ように思われる。本節で検討した理由である。

⑸ 債務法現代化法で新設されたドイツ民法典490条

 2002年の債務法現代化法施行後の現行ドイツ民法典(BGB)490条では、「担保価値に重大な悪化」が生じるなどを要件として、消費貸借の貸主に解約告知を認めている。比較法的な価値判断の一つとして参考になるものと考える。

⑹ 小括

 以上の検討を整理すると、契約成立後に借主が破産手続開始の決定に至らないまでも、一定の借主の財産状態悪化に伴い貸主に金銭消費貸借契約の解除を認めるという価値判断は認められるべきものと考える。

(下)につづく

 


[1] 商事法務編『民法(債権関係)部会資料第2集〈第3巻(下)〉』(商事法務、2013)311頁以下ほか。

[2] 商事法務編『民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明』(商事法務、2013)441頁以下。

[3] 「法制審議会民法(債権関係)部会 第81回会議 議事録」
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2022/08/000124088.pdf(最終閲覧日2021年3月5日))。

[4] 潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』(金融財政事情研究会、2015)251頁以下。

[5] 梅謙次郎『民法要義 巻之三債権編』〔復刻版〕(有斐閣、1912)583頁。

[6] 村上恭一=磯谷幸次郎『債権各論 完』(中央大学、1914)440頁、横田秀雄『債権各論』(清水書店、1916)422頁。

[7] 三宅正男『契約法(各論)下巻』(青林書院 1988)525頁以下。

[8] 當舎修「民法改正と契約書の見直し 第8回消費貸借契約(書面でする消費貸借等)」
https://resonacollaborare.com/compliance/19012301/(最終閲覧日2022年7月24日))。

[9] 三木悠希裕「民法改正で新設された諾成的消費貸借契約の契約書作成の注意点」
https://business.best-legal.jp/969/(最終閲覧日2022年7月24日))。

[10] 『法典調査会民法議事速記録十』(法務図書館、1981)296頁。

[11] 前掲注[10] 296頁以下。

[12] 廣中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書』(有斐閣、1987)567頁以下、岡松参太郎『注釈民法理由 下巻』富井政章校閲(有斐閣、1897)次179頁、梅・前掲注[5] 592頁以下、松波仁一郎ほか合著『帝国民法正解 第六巻〔復刻版〕』(穂積陳重ほか校閲)(日本法律学校、1897)1069頁以下。

[13] 我妻榮『民法講義Ⅴ2債権各論中巻一』(岩波書店、1957)368頁以下、石田文次郎『債権各論』(早稲田大学出版部、1957)108頁以下、幾代通編『注釈民法(15)債権(6)』(有斐閣、1966)31頁〔浜田稔〕。

[14] 我妻・前掲注[13] 368頁。

[15] 星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会1986)168頁以下。

[16] 石田穣『現代法律学講座 民法Ⅴ(契約法)』(1982、青林書院新社)191頁、三宅・前掲注[7] 576頁以下、川井健『民法概論(4)債権各論〔補訂版〕』(有斐閣、2010)199頁。

[17] 近江幸治『民法講義Ⅴ契約法〔第2版〕』(成文堂、2003)167頁。

[18] 石田文次郎・前掲注[13] 108頁、我妻・前掲注[13] 368頁、幾代編・前掲注[13] 31頁、石田穣・前掲注[16] 191頁、川井・前掲注[16] 199頁。

[19] 石田穣・前掲注[16] 191頁、川井・前掲注[16] 199頁。

[20] 村上恭一=磯谷幸次郎『債権各論』(中央大学、1923)458頁、戒能通孝『債権各論(中巻)』(厳松堂、1942)164頁以下、松坂佐一『民法提要 債権各論』(有斐閣、1956)92頁以下、末弘厳太郎『債権各論』(有斐閣、1919)515頁以下、廣中俊雄『債権各論講義 第五版』(有斐閣、1983)、来栖三郎『契約法』(有斐閣、1977)256~261頁、平野裕之『民法総合(5)契約法』(信山社、2008)417頁、山本敬三『民法講義Ⅳ-1契約』(有斐閣、2006)375頁においては際立った反対の主張は見られない。

 

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