◇SH0069◇最一小判 平成26年6月5日 配当異議事件(金築誠志裁判長)

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 1 本件は、再生手続終結の決定後に破産手続開始の決定を受けたA株式会社の破産管財人であるXが、A社の工場等の土地建物(以下「本件各不動産」という。)を目的とする担保不動産競売事件において作成された配当表(以下「本件配当表」という。)の取消しを求める配当異議訴訟である。A社は、上記再生手続において、別除権者であるYら側との間で別除権の行使等に関する協定(以下「本件各別除権協定」という。)を締結していた。

 Xは、本件各別除権協定により、別除権の目的である本件各不動産の受戻しの価格が定められ、各担保権の被担保債権の額がこれらの受戻価格に減額されたから、Yらは、これらの受戻価格から既払金を控除した額を超える部分につき、配当を受け得る地位にないと主張した。これに対し、Yらは、本件各別除権協定は破産手続開始の決定がされたことにより失効したと主張して争った。

 本件各別除権協定に係る協定書には、協定の解除条件を定めた条項(以下「本件解除条件条項」という。)が含まれていた。その文言は、「本件各別除権協定は、再生計画認可の決定の効力が生じないことが確定すること、再生計画不認可の決定が確定すること又は再生手続廃止の決定がされることを解除条件とする」というものであった。本件で問題となったのはこの条項の解釈である。ところで、本件解除条件条項は、当時から公刊されていた代表的な書式集におけるものと同様の文言が用いられている(園尾隆司・須藤英章監修『民事再生法書式集〔新版〕』(信山社出版、2001)159頁。なお、同書の第4版(同、2013)373頁、375頁でもこの文言は維持されている。)。本件のような解除条件の条項は、民事再生実務で現在まで広く用いられているものと思われる。

 2 事実関係の概要は、次のとおりである。

 A社は、平成14年3月、再生手続開始の決定を受け、同年9月から10月にかけて、Yら側との間で、本件各別除権協定を締結した。

 平成14年9月、A社の再生事件において、再生計画案が可決されて再生計画認可の決定がされた。そして、平成17年10月、再生計画認可の決定が確定した後3年を経過したとして再生手続終結の決定がされた。

 A社は、再生計画及び本件各別除権協定に基づく弁済をし続けていたが、それらの履行が完了しないうちに、平成20年1月、破産手続開始の決定(以下「本件破産手続開始決定」という。)を受け、その破産管財人としてXが選任された。

 Yら側は、本件各不動産の担保不動産競売の申立てをし、平成20年10月、その開始決定がされた。その競売事件の配当期日においてXが異議の申出をした。

 3 以上の事実関係を前提として、原判決は、本件破産手続開始決定は本件解除条件条項で定められた解除条件のいずれにも該当せず、本件各別除権協定は失効していないとして、Xの請求を認容した。

 これに対し、本判決は、判決要旨のとおり判断し、原判決を破棄した上、Xの請求を棄却した第1審判決は正当であるとしてXの控訴を棄却した。

 4 別除権協定をめぐる議論の状況は、次のとおりである。

 別除権協定とは、民事再生法上の用語ではなく、実務上の呼称であるが、別除権者と再生債務者等との間で、別除権の基礎となる担保権の内容の変更、被担保債権の弁済方法、順調に弁済されている間の担保権実行禁止と弁済完了時の担保権の消滅等を定める合意をいい、別除権の目的財産の受戻し(民事再生法〔以下「法」という。〕41条1項9号)の合意や不足額確定の合意も別除権協定の一種であるとされている(松下淳一『民事再生法入門』(有斐閣、2009)97頁等)。

 別除権者は、再生手続外で権利行使ができるため(法53条2項)、再生債務者としては、事業の継続のために必要不可欠な財産に設定されている担保権が実行されると、事業の継続が困難となり、再生手続が遂行できなくなってしまう。これに対し再生債務者がとり得る手段として、担保権の実行手続の中止命令(法31条)、担保権消滅の許可(法148条)が用意されているが、一定の制約や限界がある。そこで、再生債務者としては、別除権者との間で別除権協定を締結する必要が生じる。他方、別除権者にとっても、経済的合理性の観点から、別除権協定を締結した方が有利な場合がある。こうしたことから、別除権協定は、民事再生において、非常に重要な役割を果たしている。

 本件では、本件破産手続開始決定により、本件各別除権協定が効力を失うか否かが問題となっている。この問題は、基本的には、本件各別除権協定という個別の契約の解釈の問題であるが、別除権者の利益と一般債権者間の公平のいずれを重視すべきかといった問題にも関わる。

 この問題について、これまで最高裁の先例はなく、学説上も意識的な議論がされていたわけではないが、個別的な契約条項の解釈の問題として、本件解除条件条項における解除条件を文言どおりに解釈して、本件では解除条件のいずれにも当たらないから解除条件は成就しないとする見解と、本件解除条件条項における解除条件を例示的なものと解釈して、本件各別除権協定の趣旨・目的に照らして、本件では解除条件が成就することになるとする見解とが考えられたところである。なお、本件に関連する論点として、別除権協定が解除された場合を念頭に、担保権の被担保債権の額が別除権協定の締結前の額に復活するという見解(復活説。上野正彦ほか編『詳解民事再生法の実務』(第一法規出版、2000)386頁〔須藤英章〕等)と復活することはないという見解(固定説。福永有利監修『詳解民事再生法〔第2版〕』(民事法研究会、2009)312頁〔山本和彦〕等)との対立がある。復活説は担保権者の利益を保護するもの、固定説は不足額責任主義(法88条、182条)を重視するものといえる。

 5 以上のような議論状況の下で、本判決は、契約当事者の合理的意思解釈として、本件各別除権協定における本件解除条件条項に係る合意が、再生債務者がその再生計画の履行完了前に再生手続廃止の決定を経ずに破産手続開始の決定を受けた時から本件各別除権協定はその効力を失う旨の内容をも含むものと解した。

 その主な理由は次の3点である。第1に、本件各別除権協定が再生債務者につき民事再生法の規定に従った再生計画の遂行を通じてその事業の再生が図られることを前提としてその実現を可能とするために締結されたものであり、そのため、その前提が失われたというべき事由が生じたことを本件各別除権協定に定める解除条件としていることである。第2に、本件の場合が再生手続廃止の決定がされてこれに伴い職権による破産手続開始の決定がされる場合と状況的に類似することである。第3に、本件各別除権協定の締結に際し、本件のような場合を解除条件から除外する趣旨で本件解除条件条項中に明記しなかったと解すべき事情もうかがわれないことである。

 本件は事例判例ではあるが、本件解除条件条項が民事再生実務で広く用いられている条項であることからすれば、本判決の判断は実務に一定の影響を与えるものと考えられる。

 なお、本件は、解除条件を定めた条項の解釈の場面であるため、別除権協定が解除された場合の効果に関する復活説・固定説の議論に直接影響されるものではなく、本判決によりこの議論につき最高裁の採用する立場が明らかにされたとはいえないと思われる。

 6 本判決は、別除権協定において広く用いられている解除条件条項の解釈について、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。

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