SH4111 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第69回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(5) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/08/25)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第69回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(5

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第69回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(5)

7 建設紛争における専門家

 複雑かつ高度に技術的な内容となりがちな建設紛争においては、多くの場合、代理人弁護士の助力だけでなく、専門家の知見が必要とされる。これは、当事者の権利義務の存否やその範囲といった法的解釈の問題が、当該プロジェクトの工程や設計、施工方法等の技術的な問題と密接に関連していることが多いためである。

 一口に「専門家」と言っても、工期遅延の分析の専門家、損害分析の専門家、技術的な問題の専門家、適用法令の専門家など、その種類は様々であり、また、選任主体が誰であるか、どの段階で選任されるか等によって、専門家の役割は変わり得る。本稿では、建設紛争における専門家の代表的な役割や、その選任に当たって留意すべき点等について述べる。

 

⑴ 専門家の種類

 上記のとおり、建設紛争の分野には、様々な種類の専門家が存在する。そして、どのような専門家の知見を求めるのが適切かは、事案の内容によって変わり得る。たとえば、工期延長や遅延損害等が問題となる典型的な紛争においては、工期遅延の分析の専門家、及び、損害分析の専門家を起用するのが通常である。

 工期遅延の分析の専門家は、一般にdelay expertと呼ばれ、主に、工程解析を行い、遅延の原因となった事象に紐づく遅延日数を算出することを専門とする。delay expertによる分析結果は、ContractorによるEOT請求の妥当性を判断する際などに参考とされる。

 損害分析の専門家は、一般にquantum expertと呼ばれ、追加費用や契約違反に伴う損害等、ある事象が原因で発生したと考えられる金銭負担の額を算出することを専門とする。quantum expertによる分析結果は、Contractorがprolongation costsや工事変更に伴う追加費用等として請求している金額の妥当性を判断する際などに参考とされる。

 この他にも、事案によっては、特定の技術的な問題の専門家が起用されることがあり、代表例としては地質の専門家(geotechnical expert)が挙げられる。たとえば、ContractorがFIDICの4.12条に基づき、「予想不可能な物理的条件(Unforeseeable Physical Conditions)」が原因で遅延や追加費用の負担が発生したとして、工期の延長や費用支払いをEmployerに求めた場合、当該物理的条件が真に予想不可能であったか、また、それが原因で工事に悪影響が生じたと言えるか等を検証するために、geotechnical expertが起用されることが考えられる。

 さらには、契約準拠法や、サイトのある国の法律の専門家の意見が必要となる場合もあるが、この点は、建設紛争以外にも共通し得るところである。

 

⑵ 専門家の役割

 専門家の役割は、当然のことながら、専門的知見を提供することであるが、その提供の仕方にはバラエティーがある。ある専門家の具体的な役割は各事案で異なるものの、大要、以下のように分類できると思われる。

  1.  (a) 独立専門家(independent expert)としての役割
  2.      DAABによる判断を求める手続や、仲裁手続において、独立専門家による専門家意見書((independent) expert report, (independent) expert opinion)という形で、当該事案の事実関係や当事者双方の主張を踏まえた分析結果を報告するというやり方である。こうした独立専門家は、多くの場合、手続の各当事者が別々に選任し、それぞれの専門家が意見書を提出する。必要に応じ、相手方当事者の選任した専門家による意見書に応答するための補足意見書を提出することもある。また、これらの専門家は、DAABや仲裁における口頭審理手続であるヒアリングにおいて、意見書に基づく証言を行うことも珍しくない。最終的な判断権を持つのはあくまで仲裁廷であり、専門家の意見を考慮に入れることは必須ではないが、実務的には、説得力のある意見が仲裁廷から無視されることは考えにくい。
  3.      独立専門家は、あくまで当事者から独立している(すなわち、当該案件の当事者と特段の利害関係がない)ことが前提であり、代理人ではないため、ことさらに自らを選任した当事者の立場を擁護する目的で意見を述べることは想定されていない。しかしながら、当事者としても、自らの立場から大きく乖離する意見を述べるような専門家は選任しないため、結果的に、各当事者の選任した専門家の意見が根本から食い違ってしまうことがある。その場合、必ずしも専門家と同程度の知識を有するわけではない判断権者が、全く異なる専門家意見のうちどちらが正しいのかを判断する必要に迫られることとなり、紛争の効率的解決という観点からは望ましくない。
  4.      このような事態を防ぐため、DAABや仲裁廷が、各当事者の選任した専門家同士のミーティングを通じ、プロジェクトの事実関係や分析方法など、合意できるところがあるか否か探るよう促すこともある。たとえば、delay expert同士の場合は、特に当事者間で意見の異なりやすい工期遅延の分析方法論が、こうしたミーティングにおける議題に含められやすい。geotechnical expert同士の場合には、地質条件について、入札当時の条件から変化していないと認められる範囲を合意しようと試みることがある。ミーティングの結果、合意が成立した場合には、共同意見書(joint statement)という形で専門家同士の合意内容が明らかにされるのが一般的である。
  5.      上記にかかわらず、仲裁廷が、当事者の選任した専門家による意見のみでは不十分と考えて、別途、仲裁廷付の専門家を選任する場合もある。かかる仲裁廷付の専門家の役割も、事案によって変わり得るものの、基本的には、当事者の選任した専門家間の意見の相違や、各専門家による分析結果を、第三者的視点から評価することにより、仲裁廷の判断を助けることが期待されている。
     
  6.  (b) 当事者の一方の立場に立って、相手方当事者への請求をサポートする(claim consultantとしての)役割
  7.      大規模プロジェクトにおいては、紛争の前段階において、当事者(特にContractor)が自らの請求を相手方に提出するにあたり、専門家による精緻化を試みることは珍しくない。この段階では、専門家はclaim consultantとして起用されるのが通常であり、その主要な役割は、当該請求につき、選任当事者にとって可能な限り有利な結論を導くことである。必然的に、当事者からの独立性は低くなるため、claim consultantによる成果物を、のちにDAABによる判断手続や仲裁において提出する専門家意見書として再利用することはできないのが通常である。
  8.      ただし、必ずしもclaim consultantが紛争解決手続の段階で何らの役割も担わないわけではなく、独立専門家に対する情報提供という形で(たとえば、請求の精緻化に際して検討した資料を共有したり、自らの考え方を説明したりする)サポートを続けることはあり得る。

 

⑶ 当事者が専門家を選任する際の留意点

 言うまでもなく、claim consultantとして起用するか、独立専門家として起用するかにかかわらず、当該専門家の能力や経験が案件の内容に適しているかを確認することは重要である。そして、通常、専門家は一人で分析作業を行うのではなく、チームで仕事をするため、意見書に署名する専門家個人のみならず、チーム全体の能力や経験を考慮する必要がある。この点を見極めるため、専門家の起用前に、当事者及び代理人による候補者のインタビューを行うことが有用な場合もある。

 さらに、独立専門家として起用する場合、当事者からの独立性を疑われるような専門家を選任することは避けるべきである。たとえば、ある当事者が、過去に何度も同じ専門家を起用していた場合、相手方当事者から、「専門家は当該当事者と癒着している」などと主張されることが考えられる。もちろん、同じ当事者に複数回起用されても、専門家が独立性を保つことは可能であるが、DAABや仲裁廷の心証に悪影響を及ぼすリスクを避けるためには、あまり頻繁に同じ専門家を起用することは控えるのが賢明であろう。

タイトルとURLをコピーしました