◇SH0931◇EU・英国競争法違反とBrexit 亀岡悦子(2016/12/15)

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EU・英国競争法違反とBrexit

亀 岡 悦 子

 

 英国では、英国の法律1986年会社取締役資格剥奪法(the Company Directors Disqualification Act 1986)に基づき、EUあるいは英国競争法(あるいは両方に)違反した企業の取締役は、15年を限度とする取締役就任禁止命令を受けることがある。英国競争当局は、裁判所による命令により、あるいは取締役から拘束力のある確約(約束)を取り付けることによって取締役としての就任禁止を個人に義務付ける。EU競争法違反としては、カルテルやその他の違法な協調行為を規制するEU機能条約101条と、支配的地位濫用行為を規制する102条が対象となる。

 この法律に基づいて、今回初めて、英国競争当局が英国競争法違反に関わった取締役の英国企業の取締役就任禁止を約束する確約に同意した。この事件で、英国企業Trod Limited は2015年9月に開始された価格カルテル審査に関与し、今年8月に英国競争法違反の決定が出ている。ちなみに、Trod Limitedはポスターや額のオンライン販売を行っており、4年以上の間、競業企業GB  eye Ltd(GB Posters)とAmazon UKで販売される一定のポスターや額について、お互い値下げをしない取り決めをしていた。GB Postersは制裁金減免申請をしたため制裁金を免除されたが、Trod Limitedは16万4000ポンドの制裁金を受けている。その上、英国当局はTrod Limitedの前代表取締役がその任期中、個人的に英国競争法違反行為に関わっていたと判断し、取締役命令を求める意図を示したところ、その前取締役が今後5年間、英国企業の取締役就任をしない確約を当局に提示し、当局がそれを受諾したとされている。一方、GB Postersは制裁金減免申請者であったため、当局は同様の措置を求めていない。

 ところで、EUに残留すべきか離脱すべきかを問う英国民投票の結果が2016年6月24日に明らかになり、離脱支持が過半数となった英国では、現在、脱退手続について議論を進めている。EUの加盟国でなくなると、特別な取り決めが準備されない限りEU法に拘束されることはなくなるので、欧州裁判所による判例に拘束される必要がない。EU競争法と矛盾する法律や決定を出すことも可能になる。現行ルールでは、EU競争法と類似する競争法を適用する英国であるが、英国がEUを脱退した後、企業のEU競争法違反に基づいて上記の取締役就任禁止命令を要請することが可能かは明確でない。例えば、企業のカルテル行為が英国市場には影響を及ぼさないが、他の複数の加盟国にその効果が及ぶ場合は、英国競争法よりEU競争法上の問題として審査されるであろう。

 英国は1957年に設立された欧州経済共同体EECに1973年に加盟しており,EU加盟国は欧州裁判所による司法審査の下、EU法に矛盾しないような立法を義務づけられており、指令(Directive)によって一定の枠組みの中での国内法化を要請されていることもある。

 また、英国競争当局は重要なEU競争法執行機関の1つとなっている。欧州委員会と英国当局を含む加盟国競争当局は欧州競争ネットワークを設け、その中で競争政策執行一般について討議したり、個々の案件についての情報を交換している。この枠組みの中で、加盟国間の矛盾した決定を回避したり、EU加盟国当局の競争法執行の効率化を図っているのである。

 カルテルや支配的地位濫用事件などアンチトラストについての審査は、原則として欧州委員会が審査すると決定した場合、加盟国による並行審査はできない。そのため、関与企業は欧州委員会の審査への対処に集中することができる。英国をカバーするサプライヤーとディーラー間のEU流通販売契約については、EUの一括適用免除規則の条件を満たした契約が締結できれば、一定の競業品取引制限条項などが含まれていたとしても、違法性がないと推定され、法的安定性が図られる。現行EU競争法では、株式取得や買収などを規制するEU企業結規則に基づいて、英国を含む複数の加盟国へ届出しなければならない結合案件は、一定の条件の下、欧州委員会に届出することができる。欧州委員会による集中審査により、煩雑な複数加盟国での手続を回避することができる。

 英国EU離脱は、上記の現状に変化を及ぼすことが予想される。EU加盟国でなくなると、その国の当局が欧州競争ネットワークへ参加できるかが疑問となり、新たな取り決めがなされない限り、現在行われているように加盟国間で案件について執行協力することが難しくなる。グローバルな競争政策への執行協力は、少なくともOECDや国際競争法ネットワークを通して継続することが可能であろう。

 また、個々のEU企業結合案件については、EUへの届出と必要であれば英国への届出という形になり、一括して欧州委員会にて処理することができなくなるかもしれない。カルテルなどのアンチトラスト事件については、欧州委員会審査とは別に、英国当局が独自の審査を行うことになるかもしれず、その判断も当局の協力制度がなければ矛盾したものになるリスクがある。加えて、今までEU法の観点から許容されると思われていた契約が、予期せず英国法により問題ありと判断されるかもしれない。

 英国、特にロンドンで盛んになりつつある、競争法違反に基づく損害賠償請求訴訟提起も影響を受けるかもしれない。英国で下された私法に関する判決は、ブラッセルⅠ規則1215/2012によってEUにおいて執行可能であったが、英国の判決は、加盟国での判決ではなくなるため、EU 域内でも執行できない国が出てくる懸念がある。英国を裁判管轄地とする合意の利点は、判決が全EU加盟国で執行できることであるが、それも今後は保証できない。そのため、EU加盟国でない英国よりも、ドイツ、オランダ、ドイツ、フランスなどのEU加盟国にて、EU指令などに基づいた統一された損害賠償制度の整った法域での損害賠償請求訴訟が選択されるようになるかもしれない。英国が加盟国になって以来、打ち立てられてきたEU加盟国としての英国法制度へのBrexitによる影響は計り知れない。

 

上記の記事は、情報提供のみを目的として作成されており、法的アドバイスではありません。個々の法的問題については、資格を有する弁護士に相談することが必要です。

 

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