Brexit
―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―
第1回
伊藤見富法律事務所
弁護士 大間知 麗 子
ブランズウィック・グループ
土 屋 大 輔
1. イントロダクション――Brexitを考察するにあたって
イギリスの欧州連合(EU)からの離脱(Brexit)の行方に、大きな注目が集まっている。
イギリスは、EUからの離脱に関する国民投票の結果に従い、2017年3月29日にEUのリスボン条約50条に基づく離脱通知を行い、予定されている離脱期日の2019年3月29日まであと約3週間となった(2019年3月10日現在)。
同国のテリーザ・メイ政権は、離脱通知を行った後、EU側と離脱の条件についての交渉を重ね、2018年11月には離脱協定案を事務レベルで合意するに至っていたが、当該協定案は2019年1月に英国議会で否決された。その後、メイ政権は、その代案となる修正離脱協定案の合意を目指し、EUとの交渉を続けているとされる。
ただ、結局のところ、現在になっても、交渉されている代案の内容、代案に関するEUとの合意成立との見通し、代案に関する英国議会での承認の見通しは明らかになっておらず、離脱に関する合意がないまま離脱期日を迎える可能性は否定できないうえ、離脱期限(交渉期限)の延長がされる可能性、イギリスの離脱通知が撤回される[1]可能性など、さまざまな情報や憶測が、メディア上で連日報道されているものの、見通しはまったく不透明で、予測不能な状況といえる。
かかる現状では、Brexitが日本企業にどのような影響を及ぼすのかについては予測し得ない部分が残るといわざるを得ない。しかし、そのような中でも、欧州で活動する日本企業、欧州企業と取引する日本企業、欧州に投資を行う日本企業などは、いかなるシナリオが現実化することとなってもトラブルやコストの発生が最小限となるように、苦慮しながらも当該時点でできる限りの準備を行っているようである。
この具体的な準備の内容はもちろん各企業によって異なるが、すべての企業にとっていえることは、まずは、Brexitを問う国民投票までの経緯や投票結果、そして投票後の動きから垣間見えるイギリスの社会に根付く問題意識を最初に理解することが、最も重要であるということであろう。なぜなら、合意を伴う離脱になろうと、合意なき離脱になろうと、また、Brexitの期日が延期されようとそうでなかろうと、今後もイギリスでビジネスを展開・継続させていこうとするならば、イギリスの社会に根付く問題意識の把握が必要と考えられるからである。
そのうえで、そのような問題意識の正確な理解に基づき、イギリス社会(従業員、地域社会、メディアを含む)と、時宜を得たコミュニケーションをとることを心がけ、さらに、不透明な状況の中でも、適切なコンティンジェンシープランを策定していくことが、ビジネスの成功を左右する重要な要素のひとつの鍵になると考えられる。
以上のような観点から、本稿では、まずBrexitの背景とイギリスの国民意識を概観する。続いて、Brexitにより影響を受けると考えられている諸点を挙げ、企業が、流動的な状況の中にありつつも、いかなる観点に留意してシミュレーションを作成し、コンティンジェンシープランを策定して、Brexitに対する準備を行っているかを、紹介してみたいと思う。
なお、筆者らは、欧州で事業を行う日本企業の方からご相談いただく機会もあり、そのような機会を通じて欧州で活動されている諸企業の動きをみていると、コンティンジェンシープラン策定などの事前にできる準備は既に完了し、後は実行に移す段階にあると考えている企業も少なくない。このような企業で実際に当該業務に関わった方々からみれば、本稿の内容は、もはや既知の情報になってしまっているかもしれない。しかし、今回は、日本での読者が多い商事法務ポータルでの掲載の機会を頂戴し、また、イギリスで事業を行う日系企業の方からは、同じ企業の内部でも日本とイギリスとでは理解の深度が異なっていて、企業内部での説明が意外と難しいという話も漏れ聞くことがある。したがって、本稿では、日本で法務やマネージメント業務に携わる方々に、Brexit騒動の背後にある国民感情や社会構造とそれに伴う問題を改めて概説し、さらに、Brexitを控えて検討されている諸問題を紹介することとしたい。そして、イギリスでのBrexit騒動は、グローバリズムに対抗する形で世界の各所で高まっているナショナリズムのひとつの現れに過ぎないと評されているが、本稿に書いた内容が、「予測不能な時代」に突入したと評される現代において、企業が今後世界のどこかで不測の状況におかれるとしても、メディアなどに溢れる情報に振り回されることなく、冷静に適切な行動をとるために留意すべきポイントはどこにあるのかを考察するひとつの題材になればと思う。