SH4126 最新実務:スポーツビジネスと企業法務 スポーツ施設のネーミングライツ取引のポイント(1)――米国契約実務も参考に 加藤志郎(2022/09/07)

取引法務

最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スポーツ施設のネーミングライツ取引のポイント(1)
――米国契約実務も参考に――

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 加 藤 志 郎

 

1 はじめに

⑴ ネーミングライツ取引の広がり

 昨今、スポーツビジネスの重要な基盤の一つであるスタジアム、アリーナ等のスポーツ施設の革新や多機能化・複合施設化が世界的に進んでおり、スポーツ施設が、その地域のスポーツファンのみならず、広く世間の関心の対象となる機会が多くなっている。

 日本においても、スポーツビジネスの収益性向上の必要性が従前から叫ばれる中、2023年春に開業予定の北海道日本ハムファイターズの新本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOをはじめ、画期的な取組み等で注目を集めるスポーツ施設の開発や改修等のプロジェクトが全国で進んでいる。政府の日本再興戦略2016で施策の一つとして掲げられたスポーツの成長産業化においても、スタジアム・アリーナ改革は一つの柱として位置づけられ、まちづくりや地域活性化の核となるスタジアム・アリーナの実現が目指されていること[1]からも、そのようなプロジェクトは今後ますます増加することが予想される。

 これらの世間から注目されるスポーツ施設の増加は、スポーツ施設のネーミングライツの価値の認知や取引機会の増加につながる。実際、海外では、高額かつ長期で総額数百億円に上るようなネーミングライツ取引が近年頻繁に行われており、日本でも、今後さらにネーミングライツ取引の機会が増大することが見込まれる。政府の掲げるスタジアム・アリーナ改革との関係でも、民間資金の活用等によるスタジアム・アリーナの収益性の向上は重要な課題であると考えられることから、ネーミングライツ取引による民間企業からの資金調達は積極的に検討されるべきといえるだろう。

⑵  企業法務におけるネーミングライツ取引

 ネーミングライツの価値・存在感の高まりに伴い、企業においても、その基本的な取引構造を理解することに加えて、自社の抱える課題解決のためのネーミングライツ取引の活用メリットや、法的リスクを含むネーミングライツ取引に係るリスクについて、十分に検討することが重要となる。特に、ITの発達やマーケティング構造の変化を背景に、ネーミングライツ取引を含むスポンサーシップは近年めまぐるしく進化しており、ネーミングライツ取引の内容の複雑化・個別化も進み、適切な契約交渉や契約書作成の重要性が増している。この点は、スポーツビジネス先進国であり、かつ、契約社会である米国において特に洗練されており、取引当事者間では詳細なネーミングライツ契約が締結されることが通常である。

 そこで、本稿では、ネーミングライツ取引の基本的な意味や特徴、日米における取引の現状を概観した上で、その法的性質を簡単に解説する。そして、それらの内容や米国における契約実務も踏まえて、ネーミングライツ契約上のポイントを個別に取り上げる。

 

2 ネーミングライツの意味と近年の取引の特徴

⑴  ネーミングライツの意味

 ネーミングライツとは、スタジアム、アリーナ等の施設に名称を付与する権利である[2]。これらの施設の名称は通常、施設の所有者が決めることになるが、その所有者からネーミングライツを獲得した企業は、自社の名称や商品名等を施設の名称に付することができ、ブランドの認知拡大やイメージ向上等のメリットが得られることになる。

 ネーミングライツの対象としては、スタジアム、アリーナ等のスポーツ施設以外にも、音楽堂、美術館、劇場その他の文化施設、公園、道路等、さまざまなものがありうる。企業にとってのネーミングライツの主なメリットが消費者におけるブランドの認知拡大やイメージ向上にある以上、多くの人が訪れる、ポジティブな体験を提供する、社会的な意義を有するといった性質を持つ施設等がネーミングライツの対象となりやすいといえるだろう。

 また、施設そのもののネーミングライツ以外に、施設内の一定のエリアやシートに企業名等を付与する権利も取引される。施設そのもののネーミングライツに比べれば企業にとってのメリットは限定的だが、たとえば、特別な観戦体験を提供するVIPシートやラグジュアリなラウンジに企業名を冠することで、来場者の間では、ブランドの認知拡大のみならず、高級・ハイクラスといったブランドイメージの醸成を効果的に図りうる。

 本稿は基本的にスポーツ施設のネーミングライツを対象としているが、その他の施設等を対象とするケースでも共通する事項は多い。もっとも、企業にとってネーミングライツ取引の目的や内容はケースバイケース、契約書もテイラーメイドであり、個別の施設等の性質を踏まえた検討は必須となる。

⑵ 近年のネーミングライツ取引の特徴

 ネーミングライツは、スポーツ施設のスポンサーシップの中では、通常、企業にとって最も大きな価値をもたらす、最上位に位置するものといえる。そして、近年のネーミングライツ取引の場合、ネーミングライツの獲得企業には、施設に名称を付与できるという命名の権利そのものだけではなく、一般的なスポンサーに与えられるものと同等以上の各種メリットが与えられることが通常である。たとえば、典型的なメリットとしては下表のものがあげられる。もちろん、施設の所有者であれば当然にこれらすべてのメリットを与えられる立場にあるとは限らず、その施設を本拠地とするチームや開催されるイベントの主催者と所有者との間の契約内容や関係性にもよる。

 

【ネーミングライツの獲得企業に与えられる典型的なメリット】

メリットの種類 メリットの内容
ホスピタリティ 企業の関係者や取引先に対して、施設における特別な観戦体験、付随的イベント、記念品、食事・宿泊等の複合的なエンターテインメント体験の機会が与えられる
チケットの優遇 施設で開催される試合やイベントに関して、チケットの無償交付や割引を受けられる
独占(優先)販売権 施設内で来場者や関係者に対して企業の製品やサービスを独占的に(競業他社の製品やサービスを排除して)または優先的に販売・提供できる
施設の無償使用権 企業のイベント等のために施設を一定の期間・回数まで無償で使用できる
施設内・周辺でのその他のアクティベーション[3] 施設内・周辺において、企業ブース設置、サンプル配布、サービス体験、キャンペーン等のマーケティングを実施できる

 

 上表のうち、たとえば、製品やサービスの独占(優先)販売権については、それによる売上の獲得という直接的な観点のみではなく、ネーミングライツの実効性の確保という観点からも重要となりうる。企業名や商品名を冠した施設であるにもかかわらず、施設内では競合他社の製品が自由に売られていては、一貫性を欠いて混乱を生み、ブランドの認知拡大やイメージ向上といったネーミングライツ獲得の目的達成を阻害しかねないためである。

 具体的には、飲料メーカーであれば施設内での自社飲料の販売権(米国では“pouring rights”とも呼ばれる[4]。)、金融機関であれば施設内への自社ATMの設置、クレジットカード・電子マネー等の決済会社であれば施設内での決済手段としての指定等を独占(優先)権の対象として検討しうる。

(2)につづく

 


[1] スポーツ庁ホームページ「スタジアム・アリーナ改革」(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop02/list/1384234.htm)等参照。

[2] なお、スポンサーシップ契約等においてスポンサーに与えられる権利の中で、「〇〇は、〇〇選手を応援しています」「〇〇は〇〇の公式スポンサーです」といった表示を行う権利のことを、日本の実務では「呼称権」と呼ぶことがあるが、これは本稿で解説するネーミングライツとは異なるものであるため、留意が必要である。

[3] アクティベーションとは、スポンサーが、スポンサーシップの目的を最大限効果的に達成するために、スポンサーシップで取得した権利を活用することを意味する。

[4] ただし、pouring rightsといった場合、特に大学等の教育機関のキャンパスでの独占販売・マーケティング権を意識して語られる場面も多い。米国の大学等では、主にコカ・コーラとペプシの熾烈な競争を背景に、そのうち一方にキャンパス内での独占販売・マーケティング権を与え、対価として大学等が多額の金銭を受け取る取引が多く行われている。

 


(かとう・しろう)

弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。

2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、500名を超える弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

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