国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第5回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その3
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第5回 第1章・幹となる権利義務(1)――工事等の内容その3
3 Contractorの義務内容の解釈②
⑶ 法令遵守の義務
契約書において具体的に明示されていなくても履行する必要があること、という意味において、法令遵守の義務は、前回述べたfitness for purposeの義務と類似する。Red Bookの1.13項は、ContractorおよびEmployerの双方が、適用される法令を遵守して、契約を履行しなければならないと定めている。
法令遵守の義務の関係でよく問題になるのが、工事場所の地元の法律(国内法、条例等)である。特に、Contractorが地元ではなく、海外から来ている場合、地元の法律に通じていない可能性が高い。そこで、Contractorが通常のやり方で設計または工事を進めると、それが地元の法律に抵触することがある。しばしば生じる問題である。
その場合の責任の所在であるが、原則は、Contractorの責任である。換言すれば、Contractorは、地元の法律も調査し、それに従う形で、設計および工事を行う義務がある。そのために、地元の業者の協力を得ることが多くなる。
ただし例外として、FIDICは、以下の各点はEmployerの責任と定めている(1.13項)。
➢ 工事のために必要な設計、区画、建設等の許可、資格、公的承認の取得
➢ 仕様書において、Employerが取得すると定められた許可、資格、公的承認の取得
もっとも、上記の「工事のために必要な設計、区画、建設等の許可、資格、公的承認」は、文言として必ずしも明確ではない。そこで、法令遵守について、いかなる範囲がEmployerの義務ないし責任であり、いかなる範囲がContractorの義務ないし責任であるかは、できれば契約書類で具体的かつ明確に定めることが望ましい。
なお、法令遵守に関する上記の内容は、Yellow BookおよびSilver Bookでも共通である(それぞれの1.13項および1.12項)。
⑷ 契約書類間の優先順位(priority of documents)
FIDICは契約書式であり、工事等の内容を詳細に定めている訳ではない。具体的な工事等の内容は、案件毎のもので、個別に設計図書等によって定められる。上記のとおり、契約書の付属書類が一体として契約内容を構成するところ、設計図書等はかかる付属書類として、Contractorが負っている「幹」となる義務の内容を規定することになる。
FIDICが想定する大規模な工事等においては、このような付属書類が大量になり、その相互間で不一致が生じることも考えられる。そこで、FIDICでは、各書類間の優先順位を定めており(1.5項)、不一致がある場合には優先順位が高い方の契約書類の記載内容を、契約内容とすることになる。
なお、契約交渉の過程で作成された会議議事録(minutes)が大量に、契約書に添付されていることがある。その法律的な位置づけは不明確であるため、望ましくないことであるが、契約書の文言を精緻に詰めることが難しい中で、妥協の手段として行われていると考えられる。
この会議議事録の扱いは、この点に関する契約書の規定の有無および内容、契約書において定められた依拠する国の法律(準拠法)等によって、事案毎に判断されることになる。基本的には、契約書に添付されている以上、何らかの形で考慮される可能性が高く、契約合意書その他の契約図書の内容と抵触し、将来の紛争の種となる場合がしばしばある。
これは、整合性ある契約書類が作成されていないという状況であり、法務チェックが行われなかった結果と考えられる。たとえば、時間が限られる中で、夜を徹して価格等の主要契約条件に焦点を当てた交渉が行われ、法務チェックまで手が回らなかったということも考えられるが、時間が限られた契約交渉であっても、長期間にわたる重要な契約を締結していることは看過するべきでない。すなわち、時間的なプレッシャーの中で、法務チェックの優先度を下げることは、トータルで考えると、トラブルの発生等のより大きな不利益となり得るため、危険なことである。
⑸ FIDICにおけるその他の契約解釈に関する規定
FIDICでは、解釈の余地を狭めるため、換言すれば法律関係の明確化のため、用語の定義に関する詳細な規定を設けている(1.1項)。
また、解釈(Interpretation)との標題の規定が設けられており(1.2項)、たとえば、単数形・複数形に拘わらずいずれの場合も含み得ること、合意(agreement等)が書面による合意を意味すること等の細部に渡る事項が定められている。
⑹ 各準拠法における契約解釈ルール
国際的な契約では、その契約がどの国の法律に従って解釈その他の判断をするかを定める必要がある。これが準拠法の規定であり、その規定がないと、準拠法をめぐる争いが生じてしまう。
FIDICの契約解釈は、準拠法の解釈ルールに依拠することになるため、争いが生じた場合等においては、その内容を参照することが必要となる。その場合、その準拠法の国の弁護士に意見を求めることになる。
もっとも、契約解釈のルールは、筆者らの知る限り、基本的にはどの国においても、契約書の記載ないし文言を重視することと、当事者の意図を探求することの二点においては共通している。したがって、実際に準拠法がどの国の法律であるかによって、契約解釈の帰結が大きく異なる場面というのは必ずしも多くはない。
なお、日本法では、契約の解釈において、一般的に重視されるものとして、①当事者の目的、②慣習、③任意法規、④信義則が挙げられている(川島武宣=平井宜雄編『新版注釈民法(3) 総則(3)』(有斐閣、2003年)68頁)。
まず①については、第2回において述べたとおり、趣旨・目的が重視されるということである。
次に②および③については、一般的にどのように扱われているか、定められているかを考慮するというものである。任意法規というのは、強行法規に対応する概念で、法令の規定うち、契約当事者間の合意で、異なる内容を定め得るものであり、換言すれば、契約当事者間で合意がない場合に適用される法令の規定である。たとえば民法の規定の多くは、この任意規定である。これに対して、強行法規というのは、契約当事者間の合意で異なる内容とできない法律の規定であり、換言すれば、必ず従わなければならない法令の規定である。たとえば行政規制の多くは、強行規定である。
最後に④の信義則は、基本的には、契約当事者間の公平ないしバランスを考えるというものである。実質的にみて、落ち着きの良い解釈を志向する視点と言える。