最新実務:スポーツビジネスと企業法務
女性活躍とスポーツビジネス(4)
―企業活動との関わりも念頭に―
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎
フェルナンデス中島法律事務所
弁護士 フェルナンデス中島 マリサ
2 スポーツにおける女性活躍
⑷ 女性指導者の活躍
- ア 現状と改善の必要性
- 女性の監督やコーチ(以下「女性指導者」という。)の育成・支援も、スポーツ界の世界的な課題の一つである。たとえば、オリンピックにおける指導者のうち女性指導者の割合は、2016年のリオ大会で11%、2021年の東京大会で13%にとどまっている[37]。女性選手の割合はリオ大会で45%、東京大会で48%であったことに比べても、女性指導者の少なさは際立っている。この点からもわかる通り、女子スポーツのみを見ても女性指導者の割合は低迷しており、WSLを除く欧米の主要な女子プロサッカーリーグでは、女性指導者の割合は2021年において25%未満である[38]。
女性指導者の数が伸び悩む一因として、出産や育児といったライフイベントにより女性指導者のキャリアが断絶してしまったり、指導と家庭の両立が困難になってしまったりすることがあるとされている。女性役員と同様に、指導者にも多様性がないと、選手育成、トレーニング、プログラム運営等に関するさまざまな判断が偏ったものになる懸念があり、女性指導者が活躍しやすい環境づくりは、女子スポーツのみならず、スポーツ全体の発展のために極めて重要なポイントとなっている。
- イ 女性指導者の育成・支援の取組み
- IOCが2017年に立ち上げたIOC Gender Equality Review Projectにおいては、オリンピックレベルでの女性指導者の増加に取り組むことが提言されており、2020年には、施策検討のためのWomen Coach Working Groupが組成され、2022年には、女性指導者育成のための研修プログラムとしてWomen in Sport High Performance Pathwayが開始されるなど、国際的かつ中長期的な取組みが行われている。また、スポンサー企業も、ESG経営や社会課題解決の取組みの一環として、女性指導者の育成・支援に協賛・協力するケースが増えている[39]。
近年の米国では、男子プロスポーツにおいて活躍する女性指導者も現れ始めている。日本のプロ野球やJリーグの監督・コーチに女性がなると想像すると、かなりの飛躍を感じるのではないだろうか。特に、NFLでは、女性コーチが年々増加傾向にあったことに加えて[40]、2022年シーズンから、全チームに対して、女性または人種的マイノリティーからオフェンス・アシスタントを採用することを義務付けており、その採用に際しては、2022年は20万ドル、2023年は20万5000ドルを上限にリーグからチームに支援がなされている[41][42]。
日本においても、日本体育大学がスポーツ庁委託事業として行う女性エリートコーチ育成プログラム等、女性指導者の育成・支援の取組みが行われている。今後、リーグ・チームによる制度づくりやスポンサー企業による支援等も通じて、女性指導者が継続的に活躍できる環境が整備されることで女性指導者が増加し、ゆくゆくは、女子プロチームのみならず、男子プロチームを優勝に導くような女性指導者が生まれることも期待したい。
3 おわりに
男子に比べて恵まれているとは言えない環境の中でも、日本の女性選手は、サッカー、ソフトボール、バスケットボール等をはじめ、世界的な舞台で驚異的な結果を残し、国民に大きな感動を与えてきた。今後、その盛り上がりを一過性のものとせず、女子スポーツへの継続的な投資や環境整備につなげることができれば、日本の女子スポーツの可能性は計り知れない。
そのためには、(すでに申し分ないとも言える)選手の努力や成績といった次元を超えた、女子スポーツ全体としての「仕組み」や「仕掛け」が重要となるだろう。女性のマネジメントや指導者の確保はこれに不可欠である。また、競技の人気・エンターテインメント性という観点では、同じスポーツでも必ずしも男子と同じ土俵で戦う必要はなく、女子スポーツならではの魅力を活かしたり、より前衛的・革新的なルールや見せ方を採用したりと、既成概念に囚われないクリエイティブな仕掛けも検討に値するのではないだろうか。
企業としても、女性活躍の推進の世界的な流れの中で、日本の女子スポーツの発展に寄与することは、単なる社会貢献ではなく、大きなビジネスチャンスとなりうる。特に、発展が期待される女子スポーツと早期から深い関係性を構築し、協力して、スポーツの持つ影響力を活用したブランディング等による成長や課題解決に戦略的・クリエイティブに取り組むことができれば、win-winで理想的なパートナーシップとなるだろう。
以 上
[37] “2021 IOC Gender Equality Inclusion Report” <https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/2021-IOC-Gender-Equality-Inclusion-Report.pdf>
[38] National Women’s Soccer League(米)、Frauen-Bundesliga(独)、Division 1 Féminine(仏)及びPrimera División Femenina de España(西)。他方、WSLでは女性指導者の割合は2021年において56.25%を占めている。“More Female Football Coaches than Ever Before, but Men Still Dominate” Female Coaching Network(2021年9月7日)<https://femalecoachingnetwork.com/2021/09/07/more-female-football-coaches-than-ever-before-but-men-still-dominate/>
[39] たとえば、PepsiCoによるイングランドサッカー連盟主催の女性指導者コース参加支援がある。“PepsiCo Teams up with Women in Football” PepsiCoプレスリリース(2022年6月7日)<https://www.pepsico.co.uk/news/stories/pepsico-teams-up-with-women-in-football-to-inspire-the-next-generation-of-female-coaches>
[40] 2022年シーズンにおいては10チームにおいて合計15人の女性がコーチとして活躍している。Gustavo García “How many female coaches are in the NFL?” (2022年9月10日) AS USA<https://en.as.com/nfl/how-many-female-coaches-are-in-the-nfl-n/>
[41] Ayana Archie “NFL is requiring teams to hire women or minorities as coaches for 2022 season” NPR (2022年3月29日)<https://www.npr.org/2022/03/29/1089386609/nfl-diversity-dei-women-minorities-owners-meeting-coaches>
[42] そのほかにも、NFLは、2017年から「NFL’s Women’s Careers in Football Forum」を開催しており、NFL所属の各チームの指導者・ゼネラルマネージャー等の意思決定層とNFLでの仕事を希望する女性参加者のネットワーキング機会を提供するなどしている。
(かとう・しろう)
弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。
2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。
長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/
長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。
当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。
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(ふぇるなんですなかじま・まりさ)
日本語・英語・スペイン語のトライリンガル弁護士(日本)。2018~2022年長島・大野・常松法律事務所所属、2022年7月からはスポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー等を広く取り扱う。