法律文書の読解入門(1)
スポーツ選手の獲得競争と独禁法2条4項
東京大学教授
白 石 忠 志
スポーツ選手が活躍すると、テレビやネットの中継が気になります。
拙著『独禁法講義〔第8版〕』(有斐閣、2018)でも、34~35頁において、多くの球団に注目される「選手O」の獲得競争を取り上げています。
以下では、同書をお持ちでない方でもわかるよう、また、同書をお持ちの方にとって更に詳細な解説となるよう、選手Oの獲得競争が独禁法2条4項にいう「競争」に該当することを条文で確認していきましょう。こうして条文と実例とを結びつけて読むと、条文が立体的で活き活きとしたものとなります。
結論を言うと、選手Oの獲得競争は、独禁法において頻繁に議論される「売る側の競争」(2条4項1号)ではなく、「買う側の競争」(2条4項2号)に当たります。
それを頭に入れつつ、2条4項を最初から読むと、まず、「二以上の事業者が」とあります。これは、選手Oを獲得したい複数の球団を指します。「二以上の」とは、複数の、という程度の意味です。
「その通常の事業活動……加えることなく」は、今回は省略します。
「次に掲げる行為をし、又はすることができる状態」が、独禁法にいう「競争」だというのです。「次に掲げる」1号と2号のうち、2号のほうを見てみましょう。
「同一の供給者」が、選手Oです。球団が、選手Oから供給を受け、又は、供給を受けることができる状態にあったものは、「同種又は類似の商品又は役務」と表現されています。特定の球団に所属して投げたり打ったりするという役務がこれに当たります。どの球団に所属するかによって役務の内容は微妙に変化すると思われますが、「同種又は類似の」という文言があるために、そのような些細な違いは吸収されます。
選手Oのような労務提供者は「事業者」に当たらないので選手Oの獲得競争は2条4項の「競争」に該当しない、という主張に接することがあります。しかし、2条4項は、1号でなく2号を用いる場合、選手Oが「事業者」に該当することを求めていません。2号を用いる場合、買う側の球団が2条4項冒頭の「事業者」に該当する必要はありますが、2号のなかに規定された「供給者」である選手Oが「事業者」に該当することを必要とする規定はありません。プロスポーツ選手は、多分、「事業者」に該当しますが、それを論ずる必要はないのです。
以上のように、選手Oの獲得競争は独禁法2条4項が定義する「競争」に該当します。これを制限したり阻害したりすれば独禁法違反の可能性があるということです。
スポーツ選手、芸能人、フリーランス等と企業側との契約をめぐる様々なことが、独禁法との関係で問題となり得ます。そこでは、企業による人材の獲得競争が2条4項2号にいう「競争」に該当することが、議論の基本となっているのです。
以上