◇SH0156◇シンガポール:国際調停センターの成立 青木 大(2014/12/03)

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シンガポール:国際調停センターの設立

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 2014年11月5日、シンガポールの仲裁施設Maxwell Chambersにおいて、シンガポール国際調停センター(Singapore International Mediation Centre、「SIMC」)の開設式が行われた。多数の法曹関係者が駆けつけ、また来賓として最高裁長官と法務大臣が登壇する盛大なものであったが、誤解を恐れずにいえば今般できたのは単なる箱・ラベル・取扱説明書であり、SIMCの内実がどのような発展を遂げていくのかは今後注目されるところである。

 

 調停(メディエーション)自体は、シンガポールにおいても特段目新しいものではない。実は以前から調停機関としてSingapore Mediation Centre(「SMC」)という組織が存在しており、そちらには既に2,300件ほどの取扱実績があるようである。しかし、シンガポールでは歴史的に国際仲裁の振興に精力が注がれてきており、調停に日が当たることは相対的に少なかったように思える。SIACのアジアにおける国際仲裁のハブとしての位置付けが確立しつつあることもあってか、次のステージとして、先のコラムにて紹介した国際商事裁判所(SICC)の設立と共に、SIMCの設立によって国際的紛争解決のフルサービスを提供できる国家となることを目指す目論見と考えられる。

 SIMCの肝は、SIACと連携した「Arb-Med-Arb」(「AMA」)というシステムの導入である。AMAの手続の概略は以下の通りである。①まず、AMAを行うことに合意した当事者の一方がAMAを実際に行おうとする場合、SIACに対して仲裁通知を提出し、相手方はこれに対して答弁書を提出する。そして、当事者の合意に従って仲裁人を選任する。ここまでは、通常の仲裁手続と同様である。②しかしその後、仲裁人は仲裁手続を一旦停止しなければならない。そして、事案はSIMCに付託され、SIMCは調停を開始することになる。③SIMCは(原則として仲裁人と異なる)調停人を選任し、調停は当該調停人のもとで原則として8週間以内で行われる。④不調に終わった場合は、その後SIACにおいて仲裁が続行することになるが、⑤調停が成立した場合、当事者は当該成立した和解文書を、「合意仲裁判断」とすることをSIACの仲裁廷に求めることができる。

 なぜこのような制度が「新しい」のかというと、調停で成立した和解文書は通常それ自体として執行力を有せず、NY条約上の執行力を得るためには、和解が成立した段階で仲裁を提起して、そこにおいて「合意仲裁判断」(※後記注参照)の形式で仲裁判断を得るという手法が考えられる(いわゆる「Med-Arb」)。しかし、和解が成立した後に仲裁を提起するという順序をとる場合には、仲裁提起時に仲裁に付すべき「紛争」がもはや存在していないものと考えられ、そのような仲裁判断のNY条約上の執行可能性には疑義が提示されている。AMAは和解前に仲裁を提起することによりこの難点を克服し、NY条約上の執行可能性をより確実とするものと考えられている。

 これはSIACとSIMCの密接な連携により可能となるものであり、各国著名仲裁機関の中でも目新しい試みといえ、調停前置・SIAC仲裁の規定を置いていたような種類の契約については、このようなAMAに対応した規定を今後導入することも考慮に値しよう。

 なお、気になる費用であるが、シンガポールの従前からの戦略(?)を踏襲し、ICC調停より「若干」安くなる価格に設定されている(申立手数料は2,000S$、例えば係争額50万~200万S$の紛争については各当事者4,250S$、調停人報酬は別途。いずれも執筆日現在(以下同じ)。)。なお、旧来からの調停機関であるSMCも引き続き存続するようであり、SIMCは国際案件、SMCは国内案件という棲み分けを一応想定しているようであるが、筆者が確認したところSMCは国際案件であっても現在のところ従前どおり受け付けるとのことである。こちらの申立手数料は各当事者267.50S$、係争額50万~250万S$の紛争で一日調停の場合、調停人費用・調停場所代込みで各自3,317~3852S$ということなので、SMCの方が割安なことは今のところ間違いない。この価格差を合理的に根拠づける違いがあるとすれば、主に選任される調停人の質であろうと考えられるが、そのスキルに国際的な定評がある調停人はそれだけ費用もかさむことを覚悟しなければならない。事案によってはSMCが選好される場合も考えられよう。

 近時、調停については、高い和解成立確率をうたい文句として宣伝される事例も増えてきているように思われるが、確かにガチンコ勝負を旨としてきた国民にとっては比較的目先を変える新しい制度といえるのかもしれない。ただ、基本的に和を尊び、裁判官もことあるごとに和解を勧める日本人当事者の心にどの程度新鮮に響くのかはよくわからないところではある。日本人当事者にとって、それが和解できる案件なのであれば調停せずとも和解する場合も多く、真に争いのある事案を除き、主に問題になるのは明らかに和解した方が客観的によさそうな状況にもかかわらず頑なに譲ろうとしない不合理な相手方がいる場合と思われるからである。しかし、調停の宿命として、いかに有能な調停人が仕切ったとしても、一方当事者が不合理に合意しなければそれでアウトである。不合理な相手方を合理的な相手方に変えるマジックまでは、調停制度や調停機関自体にはそれほど期待できないかもしれない。さらに、調停人が仲裁人を兼ねることは原則的にないという主に英米系の伝統により、不調に終わって仲裁に戻る場合の二度手間に対する負担感も否定しがたいものがある(これをデュープロセスと呼ぶのかもしれないが)。

 そうはいっても、調停は不誠実な相手方に対してより真剣な態度を示せる一つの手段ではある(日本的にいえば一種の内容証明的効果ともいえようか)。過度の期待は難しいかもしれないが、「法的手段」というよりは交渉の延長線上の一つのマイルストーンと捉え、相手方を少なくともテーブルにつかせる交渉ツールとして、事案によっては(もちろん費用との見合いも勘案しつつ)積極的な活用を視野に入れてよい場合も考えられる。

※注 なお、「合意仲裁判断」は、UNCITRALモデル法の元では認められている仲裁判断の形式であるが、NY条約においてはかかる形式による仲裁判断の執行力には明文の規定がなく、実際に執行できるかどうかは執行を行う国の法制によるという点に注意が必要である。モデル法準拠の国は基本的に安心できるとは思われるが、例えばICCのお膝元フランスでは、このような形式の仲裁判断の執行力は不透明と考えられているようであり、他方、香港では合意仲裁判断の形式にせずとも、仲裁において和解契約が成立した場合には、それは簡易な手続で執行できるようである。

 

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