◇SH1774◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(63)―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑥ 岩倉秀雄(2018/04/17)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(63)

―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑥―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、わが国の中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス上の特性を大企業と比較して述べた。

 中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンスは、①経営者の姿勢が特に重要で、②外部の専門家に頼らざるを得ない、③経営者と従業員の距離が近くチェックが甘くなる、④業界が不祥事体質の場合には、厳しい競争に生き残るために自社もコンプライアンス違反を発生しやすく、⑤ベンチャー企業は組織文化の形成期にあり、コンプライアンスが組織文化に定着するか否かは経営者の姿勢による。

 今回から数回に分けて、上記を踏まえたコンプライアンス施策について大企業と比較しつつより詳細に考察する。

 

【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑥:コンプライアンス施策】

 ここでは、これまでの考察を踏まえ、本節の目的である中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス施策について、大企業のそれと比較しつつより詳細に考察する。 

1. 経営トップのコミットメント

 基本的に、経営トップのコンプライアンスへのコミットメントは、大企業でも中小企業でも最も重要である。なぜなら、経営トップが組織で最も強力なパワーを持っており、経営トップがコミットメントしなければ、既存の組織文化にコンプライアンス・CSRの価値観を浸透・定着させることは不可能だからである。

(1) 大企業

 大企業の場合には、組織が複雑で成員の数が多く階層も多段階になることから、コンプライアンスを組織文化の中に組み込み根付かせるために時間はかかるが、人的・資金的余裕があることから、経営トップが強力にコミットメントして、経営企画部門にコンプライアンス推進の専門部署の設置を指示し、能力のある要員を任命した上で、既述した文化変容のマネジメントを実践することにより、コンプライアンスの組織文化への浸透・定着を一定の軌道に乗せることができる。

 また、(会社法に規定されているが)経営トップの意思表明を、取締役会が一致して決議することにより、公式化を更に強固にして組織文化の革新が定着するまで手を抜かないことも必要である。

 また、経営トップが、自分の目で実施状況を時々確認する必要もある。

 大企業の経営者は、1人の人間がコントロールできる範囲を超えた要員を、多段階の管理者を配置して間接的に統治しているので、現場から遊離しやすい。従って、自分では指示したつもりのことが、現場まで伝わっていないケースがあることは良く聞く話である。

 また、コンプライアンス担当部門の実施するコンプライアンス定着度評価アンケート等を活用するだけではなく、内部監査部門も活用して指示したコンプライアンスの定着状況を確認・検証・報告させることや、人事評価にコンプライアンスに関する事項を入れるように指示することも有効である。

 経営トップとして、あらゆる会議や行事、メディアを通じたコメントでコンプライアンスの重要性を訴えるのは当然として、意思表明だけではなく、これを裏付けるためのPDCAの仕組みが実際に回っていることを従業員に示すことが、大企業のように経営管理システムによって複雑な組織をコントロールする場合には有効であると思われる。

 即ち、従業員の一人ひとりに、組織のPDCAサイクルにコンプライアンスが組み込まれていることを、実感として感じさせる必要があるということである。

 なお、コンプライアンス・アンケートの結果や内部監査の結果が期待通りではなく、不祥事発生の可能性を示している場合には、経営者やコンプライアンス部門はリスクを背負うのではなく、直ちに解決のために手を打つ必要がある。[1]

(2) 中小企業・ベンチャー企業

 一方、中小企業・ベンチャー企業の場合には、大企業に比べて組織が単純で従業員数も少ないので、経営者と従業員との距離が近く経営者の人間性までも従業員に良く知られている場合が多い。

 したがって、中小企業・ベンチャー企業では、良くも悪くも経営トップの姿勢がコンプライアンスに関する組織全体の価値観の形成に反映しやすい。言い換えると、経営トップがコンプライアンスを重視する価値観を表明し、日々の意思決定で手本を示すことが最も重要な規範形成につながる。

 逆に、経営トップがコンプライアンスを軽視し、時には自ら違反を指示する場合には、従業員の反発を招き外部への通報による不祥事の露見という結果になりやすい。そのような企業の記者会見では、最初は、経営者が不祥事の発生原因を従業員のせいにして責任逃れをしようとするが、最後は逃げ切れず自らの指示を認めるケースが多い。[2]

 このような組織では、日常的に経営者に対する従業員の不信感が渦巻いていたことが容易に想像できる。中小企業・ベンチャー企業の場合には、経営トップの意思決定に対する多段階のチェックが働かないことは既に述べたが、コンプライアンスについても同様のことが言えるので、経営者の質がそのまま組織の未来を左右することになる。

 

 以上、経営トップのコミットメントの重要性と在り方について考察した。

 次回は、コンプライアンス体制について考察する。



[1] 経営者が何もしない場合には、善管注意義務違反・忠実義務違反になるが、極端な場合には、アンケート調査そのものを辞めてしまう場合もある。

[2] ミートホープ事件等。

 

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