わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(1)
成城大学法学部
教授 山 田 剛 志
バークレイズ証券株式会社
金融法人部長・マネジング・ディレクター 井 上 健
1. 問題の所在
近年いわゆる「物言う投資家」であるアクティビスト・ファンドの活動が、海外だけでなく、わが国でも活発になっている。本家であるアメリカにおいては、ここ数年、アクティビスト案件の件数は増加し、案件も大型化する傾向にある[1]。大手企業を相手に派手な経営改革キャンペーンや株主総会における議決権争奪戦を仕掛けることも少なくなく、資本市場での主要プレイヤーとしての存在感を増している。2017年一年間を見ても、著名アクティビスト・ファンドによる大手企業を対象とする案件は引き続き堅調であり、トライアン・ファンド・マネジメントによるプロクター・ギャンブル(P&G)に対する議決権争奪戦、パーシング・スクウェアによるオートマティック・データ・プロセシング(ADP)に対する議決権争奪戦、エリオット・マネジメントによるアコーニックへの取締役の派遣、ジャナによるホールフード・マーケットへの身売り圧力など、資本市場のみならず一般世間からも注目度の高い話題に事欠かない。アクティビスト・ファンドはいわゆるヘッジファンドの一形態であることが多いが、以下本稿では、ヘッジファンドのうち、アクティビストとして活動をするファンドを、アクティビスト・ファンドと定義する。
また、最近では、著名なアメリカ籍のアクティビスト・ファンドが欧州における活動を活発化しており、ネスレ(スイス)、ダノン(フランス)、アクゾ・ノベル(オランダ)といったヨーロッパの有名一流企業がアメリカ籍のアクティビスト・ファンドの標的になっている。
一方、日本においては、欧米に比べてアクティビスト・ファンドによる案件はまだ少ないものの、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの導入により株主との「建設的な対話」が重視されるようになり、さらに、外国人株主の増加や株式持ち合いの解消等の資本市場の構造変化と相まって、アクティビスト・ファンドが活動しやすい環境になりつつある。2017年の著名な案件を見ても、レノ(旧村上ファンド関係者による投資ファンド)による黒田電気に対する取締役選任を巡る議決権争奪戦、パナソニックによるパナホームの完全子会社化についてオアシス・マネジメント(香港)による統合比率見直しの意見表明、KKRによる日立国際に対する株式公開買付けについてエリオット・マネジメント(米国)による反対の意見表明など、アクティビスト・ファンドによる日本における活動は従前に増して活発になってきている。
しかしながら、これまでわが国では、アクティビスト・ファンドの定義、性質、その投資手法などについて正確に理解されているとはいえない。さらにその動向及び対応については、あまり理解が進んでいない。
本稿では、わが国ではいまだ正確に理解されているとはいえないアクティビスト・ファンドの最近の動向について整理するとともに、アクティビスト・ファンドの標的になる企業がどのような対応をとるべきかについて、主にアメリカ法を参照しながら、実務面及び法律面からの検討を行い、わが国における対応策とその法的課題について示唆したい。
2. アクティビスト・ファンドとは何か
(1) ヘッジファンド・アクティビズムとその特徴
一般にアクティビスト・ファンドとは、いわゆる「物言う投資家」のことであるが、対象企業の株式を一定数取得した上で(多くのケースでは、発行済株式の数パーセント程度[2])、対象企業の業績改善、株式価値向上を実現するために積極的なアクションを起こすヘッジ・ファンドの一形態である。アクティビスト・ファンドは、株式投資を行い投資リターンの極大化を図る点で、他の株式運用会社(ロング・オンリーの資産運用会社、ミューチュアル・ファンド等)と同様であるが、以下の点で大きな差異がある。
まず、第一に、アクティビスト・ファンドの短期志向がある。アクティビスト・ファンドは、ヘッジ・ファンドであることから、通常、自らに運用を委託した投資者(年金基金、富裕層、ソブリン・ウェルス・ファンド等)に対して比較的高い運用収益を上げることを期待されており(一般的には年率20%以上の期待運用収益率が求められることが多い)、また、ファンド・マネジャーの成功報酬も運用収益にリンクする形になっている。このような高い収益率を上げるためには、短期間での投資リターンの確保が不可欠となり、比較的短期間に株価を上げたところでエグジットすることが前提となる。結果として、アクティビスト・ファンドによる株式保有期間は、他の機関投資家と比べて短期になる傾向にあり、米国の実証研究によると、案件毎に大きく異なるものの、平均すると概ね1年程度といわれている[3]。
また、このヘッジファンド・アクティビストの短期志向が、より長期志向の他の株主(年金基金、投資信託等)と利益相反を惹起する要因になると考えられる。アクティビスト・ファンドが求める短期的な投資リターンと、その他の一般株主(場合によってはその他のステークホルダーを含む)の利益は往々にして背反することがある[4]。
第二に、アクティビスト・ファンドの投資活動には、自らの要求実現のために積極的な行動が伴う。アクティビスト・ファンドは短期間での投資リターンが求められる故に、投資先企業の株価向上に向けて、積極的に経営改善を要求することが一般的である。アクティビスト・ファンドによる対象企業へのアプローチ方法・態様はかなり積極的であり、経営陣に対して面談等を通じて経営改善事項を要求するだけでなく、資本市場やマスメディアを巻き込んだ派手なキャンペーンを展開することにより、経営陣に圧力をかけることが多い。また、時として、自らが指名する取締役候補の選任等を目指して、株主総会における議決権争奪戦を仕掛けることも厭わず、自らの要求実現のために強引な手法に訴えることがある。
主な要求項目としては、①ガバナンス関連(「取締役の派遣」、「CEOの交代」等)、②バランスシート改善(「配当の増加・自己株式の取得」、「借入金の増額」等)、③経営戦略の見直し(「リストラの加速」、「不採算項目の売却」等)、④M&A関連(「会社の身売り」、「経営統合の推進(反対)」等)、⑤経営者報酬、等が挙げられる。アクティビスト・ファンドの要求は、個別事案の状況により異なり多岐にわたるが、以前から最も多い要求事項は「取締役の派遣」である。アクティビスト・ファンドの関係者またはファンドが指名する者を取締役として投資先企業に送り込み、アクティビスト・ファンドの要求をより直接的に実現するものである。アメリカでは株主総会での議決権争奪戦を通じて、取締役を派遣するケースが頻発している。また、昨今、欧米企業においては経営陣の報酬水準が問題視されるケースが多いことから、報酬水準の是非についてキャンペーンを展開するケースが増えつつある[5]。
アメリカでの実証研究によると、アクティビスト・ファンドによるアクティビスト活動の結果、委任状争奪戦にもつれ込むと、多くの場合その提案が実現することが示されており、一昔前のアクティビスト・ファンドの提案とは質が異なる。
(出典)Half Year Review (Activist Insight, July 2017)に基づき筆者作成
[1] John Coffee Jr.& Darius Palis‘The Wolf at the Door: The impact of hedge Fund Activism on Corporate governance’ 41 J.Corp.L. 547(2016) p. 554.
アメリカでは2005年1月から2006年8月までの間に行われたヘッジファンドによるアクティビストキャンペーンは、52件だったが、2014年は347件となった。
上記論文について加藤貴仁「株主アクティビズムの健全化、短期主義への対抗(1)――アメリカ」が詳細に論じている。
[2] アメリカの実証研究によると、アクティビスト・ファンドによる対象会社株式の保有割合(当初出資の割合)は、かなり僅少の割合のものから30%程度のものまであるが、50% percentile (Median値)でみると6.3%となっている。(Cf.Wei Jiang, Hyunseob Kim and Alon Brav “Hedge Fund Activism: Review” (Foundations and Trends in Finance, Vol. 4, No. 3 February 2010)
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1947049
[3] Cf. Coffee & Palia op.cit.,(fn1)., p.521.”
同書によると、1934年取引所法13条D項による大量保有報告書(以下Schedule 13Dとする)の提出からエグジットまでの平均日数をみると、調査により結果は異なるものの、平均369日というものから、短いもので平均266日という調査結果がある。案件毎にアクティビスト・ファンドの保有期間は大きく異なるものの、一般論として、アクティビスト・ファンドの保有期間は短いといえる。
[4] 典型的な事例としては、アクティビスト・ファンドが短期的な株価向上を狙って、株主還元策の強化(配当の引上げ、自社株買いの増加等)を要求し、その一方で、設備投資、研究開発費といった企業の長期的成長に必要な施策を抑制・削減することを求めることが考えられる。これは、まさに、企業の長期的成長を犠牲にした上で、短期的な利益を要求することであり、短期と長期の株主利益が相反する事例と考えられる。ただし、このような単純、あからさまな要求は、他の一般株主の利益に資するわけではなく、一般株主の理解を得るのは難しい。
[5] 一例を挙げるとトライアン・ファンド・マネジメント(Trian Fund Management)(以下トライアンとする)(アメリカ)がプロクター&ギャンブル(Proctor and Gamble Co)(以下P&Gとする)(アメリカ)に対して、取締役派遣を含む様々な経営改善要求を行い、2017年の株主総会においてファンド代表者を取締役候補者とする議決権争奪戦を展開した。トライアンは経営陣の高額報酬を批判し、経営陣の報酬体系が会社の経営成績に結びついていないことを問題視した。議決権争奪戦では、議決権の再集計に至るまでもつれ、僅差で経営陣側が勝利したものの、トライアンのペルツ氏を取締役として迎えることとした。(Reuter Business News2017.Nov.16 “Trian’s Peltz claims win proxy fight, P&G say not yet.)
https://www.reuters.com/article/us-procter-gamble-trian/trians-peltz-claims-win-in-proxy-fight-pg-says-not-yet-idUSKBN1DF34P