◇SH1793◇わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(2) 山田剛志/井上健(2018/04/24)

M&A・組織再編(買収防衛含む)

わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(2)

成城大学法学部
教授 山 田 剛 志

バークレイズ証券株式会社
金融法人部長・マネジング・ディレクター 井 上   健

 

2. アクティビスト・ファンドとは何か

(1) ヘッジファンド・アクティビズムとその特徴(つづき)

 第三に、アクティビスト・ファンドは投資銘柄数を少なく絞り込むことにより、投資先企業の事業・財務分析や経営陣との対話により多くの時間と経営資源を割くことを可能とし、より質の高い経営改善要求をするようになってきている。ファンドによって投資運用方針、投資スタイル等は様々であるものの、他の株式運用会社(ロング・オンリーの資産運用会社、ミューチュアル・ファンド等)はかなりの数の投資銘柄を保有する一方で、アクティビスト・ファンドの投資銘柄数(積極的に経営モニタリングをしているもの)は、アクティビスト・ファンドの規模により異なるものの、一般的には10~20社程度といわれている。対象企業に関する多角的な事業・財務分析を行い、潜在的な株式価値と比べて現在の株価が大幅に安い会社を発掘し、株安を是正するための様々な経営改善策を経営陣に対して要求することになる。

 欧米の著名な大手アクティビスト・ファンドによる事案では、アクティビスト・ファンドによる企業分析や経営改善に関する提案書は数十ページに亘ることが多く、かなり詳細かつ精緻に分析しているケースが一般的になっている[1]。アクティビスト・ファンドが対象企業に対してキャンペーンを展開する場合、とりわけ規模の大きな企業を相手とするケースでは、機関投資家や議決権行使アドバイザリー会社などの賛同を得る目的で、アクティビスト・ファンドが行った詳細かつ客観的な企業分析及び経営改善提案をいわゆるホワイト・ペーパーとして公表するケースが多い。ホワイト・ペーパーはアクティビスト・ファンドが運営するウェブページ等で自由に閲覧することが出来る。

 一昔前のアクティビスト・ファンドのキャンペーン内容をみると、企業分析が十分でなく、かなり的外れな主張(時として傲慢な内容を含む)が散見されたが、昨今のアクティビストは、対象企業の研究に余念がなく、業績改善・株式価値向上に向けた主張は、精緻な企業分析に裏打ちされていることが多い。勿論、アクティビスト・ファンドによる分析は、対象企業の内部情報を持たず、公開情報ベースでの分析のため、分析内容に限界があるが、他の一般投資家からの賛同を得られるほど筋の通った主張をするケースが増えている。

 一般的にアクティビスト・ファンドの株式保有持分は数パーセント程度のケースが多い(場合によっては1%未満)ことから、少数株主であるにもかかわらず、対象企業に対して影響力を発揮し、株価向上のための経営改善を実現させるためには、一般株主の賛同、とりわけ欧米では大口株主となっているプロの機関投資家の賛同を得る必要がある。アクティビスト・ファンドの側でも、中途半端な分析では勝ち目がないことがないことが分かっていることの裏返しでもある。

 さらに、第四として、アクティビスト・ファンドは他のアクティビスト・ファンドと協調行動をとることが多い。前述のポイントと関連するが、アクティビスト・ファンド1社あたりの保有株式は、多くの場合、数パーセント程度と少ないため、他のファンドと水面下で連携して共同戦線を張ることにより、対象企業に対する影響力を高め、結果として、対象企業に対する要求実現の可能性を上げることを意図している(欧米ではウルフパック(wolf pack)といわれる)。必ずしも全ての案件で、ウルフパック戦略がとられるわけではないが、アメリカのケースでは、アクティビスト・ファンドとその賛同者による株式持分の合計が3分の1程度まで膨らむケースもあり、対象企業(特に時価総額が大きくない中小規模の会社は買い集められやすい)にとっては大きな脅威になる[2]

 ウルフパック戦略では、アクティビスト・キャンペーンを主導する「主たるファンド」が、「仲間のファンド」に対して、水面下で連携を打診することになるが、このコミュニケーションは主たるファンドによる大量保有報告書の届出がされる前に行われることが多いと考えられている。したがって、大量保有報告書が公表されたタイミングでは、アクティビスト集団による株式買い占めがかなり進んでいる可能性もあり、対象企業にとっては不意打ちになる恐れがある。

 アメリカの研究では、わが国の大量保有報告書に該当するSchedule 13Dの届出がされる前(届出の後ではなく)に、対象企業の株式売買高が通常より多くなり、株価も上昇する傾向にあるという実証研究が報告されている[3]。アクティビスト・ファンドによる大量保有報告書が提出される前からアクティビストの集団が買い集めている可能性を推認させる。現在のウルフパックをめぐる対応が必ずしも法令違反とされているわけではないが、アメリカでの大量保有報告書の届出のタイミング、インサイダー取引規制、買収防衛策(ポイズンピル等)の発動要件などの関係で重要な論点であろう。 

 

 以上の通り、アクティビスト・ファンドは、⑴ 短期間での投資リターンの最大化、⑵ 経営陣や一般株主への積極的なアプローチ、⑶ 経営改善のための入念な企業分析、⑷ ウルフパック戦略、といった特徴を有する。

 アクティビスト・ファンドは、短期間で高い運用リターンを上げ、最終的には売り抜けることを目標としており、短期間で結果を出すことを求める短期志向の株主である。このため、アクティビスト・ファンドは、何らかの理由で株価が安く放置されている会社に対して、経営陣等に対する積極的なアプローチを通じて経営改革を迫り、株価が短期間で上がることを目論む。経営陣への面談・書簡等による経営改善要求、資本市場・マスコミ等を巻き込んだキャンペーン展開、時として株主提案や議決権争奪戦も起こし、経営陣に対して様々な圧力をかけてくる。一方で、アクティビスト・ファンドは、企業分析に関して余念がなく、その提言は非常に良く吟味されており、経営改善・株価向上に資するものが増えてきている。したがって、機関投資家をはじめとする一般株主から支持される事案も増えてきている。また、アクティビスト・ファンド自らは数パーセント程度の株主保有に過ぎないが、ウルフパック戦略により、水面下で他の大口機関投資家やヘッジファンドと協調し、自らの影響力を強めることが多い。経営陣からすると常にその動きを察知していないと、いつの間にかアクティビスト・ファンドの賛同者が大きな持株比率となり、議決権争奪戦において経営陣が負けてしまうか、または、アクティビスト・ファンドの要求を受け入れる形で和解(settlement)せざるを得ない事案も増えている。



[1] トライアンがP&Gに対して行った議決権争奪戦においては、トライアンは、自らが行った対象会社に関する分析や経営改善事項をまとめたホワイト・ペーパーを、株主総会に先立ち公表した。本提案書は93頁にもわたり、かなり詳細な分析を行っている。対象会社に関する製品分野・市場ごとのマーケット・シェア、売上げ、営業経費、営業利益、一株あたり当期利益、株価の推移、配当率など、様々な経営指標を用いて、同業他社比較を行い、P&Gの経営成績が悪化している状況を明らかにしている。その上で、経営改善のための様々な施策を提言している。具体的には、組織体制の簡素化、経費削減、研究開発の効率化と製品開発力の強化、ローカルブランドの強化、M&A戦略の強化、デジタル戦略の強化、内向き企業文化の打破、コーポレート・ガバナンスの強化などを挙げている。(ロイターほか公表ニュースによる)

[2] アメリカにおいては、このウルフパックはかなり一般的な戦略となっている。有名な事案では、アクティビスト・ファンドのYucaipa Cos.(アメリカ)がBarnes & Nobles(アメリカ)に対して経営陣交代等を求める議決権争奪戦を仕掛けた際(2010年)、Yucaipa Cos.単独の株式持分は18.7%だったのに対して、協調行動をとる他のファンド等の持分を合算すると36%になったケースがある(このケースでは、僅差で会社側が勝利)。また、比較的最近の事例では、米国の著名アクティビスト・ファンドであるサードポイント(Third Point)がサザビーズ(Sotheby’s)(アメリカ)に対してキャンペーンを展開した際(2013年)、Third Point単独の株式持分は9%程度であったが、他のファンド(Marcato Capital及びTrian Fund Management)と水面下で協調行動をとっており、合算すると約19%の株式を保有(最終的にThird Pointが取締役を送り込むことに成功)。日本においても、いくつかのケースで、外資系ファンドが中心となり協調行動をとる事例がみられる。例えば、2012年4月、オリンパスの粉飾決算を受けて、新しい経営陣を選出するための臨時株主総会が開催された際、会社提案に反対する大口外国人株主(サウス・イースタン、ハリス・アソシエイツ、ベイリーギフォード等)が水面下で協調行動とみられる動きをしていた。また、2007年、シティグループが日興コーディアル証券に対して株式公開買付けを実施するにあたり、買取価格に不満を示していた一部外国人株主(サウス・イースタン、ハリス・アソシエイツ、オービス・インベストメントなど)が買取価格の引上げを狙って、水面下で協調行動とみられる動きをしていた。(ロイターほか公表ニュースによる)

[3] Cf. Coffee & Palia op.cit., (fn1)., p.565-566.”

 

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