SH4042 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第62回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(6) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/06/30)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第62回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(6)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第62回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(6)

4 DAABの価値の要因(続)

⑶ 時間的継続性
  1.   a 事案への精通
  2.    DAABは、第58回で述べたとおり、工事及び契約の当初から完了まで、存続することが予定されている。この時間的継続性のため、DAABは、継続的に当該工事に精通し、常に事案を把握している状態となる。
  3.    いざ紛争が発生した場合に、DAABが既に事案を把握していることは、紛争解決コストの大きな削減要因である。というのも、紛争解決コストの多くは前回述べたとおり、事案の把握、換言すれば、事実関係を確定するための、証拠収集、事実整理、証拠調べ等の作業に費やされるからである。判断主体が最初から事案を把握していることは、訴訟、仲裁等の通常の紛争解決手続では期待できないことであるが、DAABにおいては当然のことである。これはDAAB固有の、大きなコスト削減要因である。
     
  4.   b 紛争発生前における紛争要因の解消
  5.    前回述べたとおり、DAABは、初期段階で紛争ないしその予兆に対処できる。これは、具体的な紛争ないしその予兆を想定した価値であるが、加えて、一般的な形で、DAABは紛争の要因を解消することができる。
  6.    その一つが、契約書類の明確化である。
  7.    大規模な建設・インフラ工事において、契約書類は大部となり、また多くの場合英文書類となるところ、それが締め切り間際の短期間のうちに、法務担当者の関与がない形で、かつ、英語を第一言語としない者によって、作成されることが往々にしてある。その結果、内容が不明確で、整合性を欠く契約書類となることも往々にしてあり、その様な契約書類は後に、紛争の温床となる可能性がある。すなわち、損害等が発生した場合に、その負担等について各当事者が、自らにそれぞれ有利な形で、不明確さと整合性の欠如を活用する結果、紛争となる可能性がある。
  8.    ただし、この様な不明確さと整合性の欠如は、紛争が生じる前であれば、DAABの調整によって解消可能である。すなわち、各当事者が自らの利害を強調することなく、客観的事実に即して、契約書類を明確にし、整合性を確保することが期待できる。
  9.    もう一つには、DAABの介在によって、いわゆる「time-bar条項」の弊害に、合理的に対処できることがある。
  10.    第53回において述べたとおり、請求の根拠となる事象を認識した(または認識すべきであった)場合、可能な限り速やかに、かつ遅くとも28日以内に、当該事象を記載した通知を送付しなければ、当該請求はできなくなる。このように請求を遮断する「time-bar条項」の存在を意識し、失権を恐れる余り、過剰に請求が発せられることがあり、その結果、紛争に至ることがある。
  11.    この様な無用な紛争を回避するため、DAABが、事案の特性を踏まえて、例えば、日常的にContractorと、EngineerないしEmployerが打合せをしており、工事の問題点についてタイムリーに情報交換が行われていることを踏まえて、上記「time-bar条項」を適用しないことを提案し、これに当事者が応じることがある。その結果、実際に、無用な紛争が回避されている。
  12.    紛争が生じた後は、「time-bar条項」を適用しないことについても当事者間の利害が対立し、その実現は容易ではないと考えられるが、紛争が生じる前であれば、DAABの提案によって、実現可能である。
  13.    以上述べた二つの価値はいずれも、DAABが紛争発生前から、継続的に存在することによって、実現できる価値である。
     
  14.   c 信頼関係の構築
  15.    加えて、DAABが、継続的に当事者及び工事現場と接することを通じて、DAABが事案に精通し、当事者との信頼関係を構築することができる。これによって、第60回で述べたとおり、柔軟に効率的な手続を志向することが可能となる。
  16.    筆者らが感じることとして、紛争解決コストは、関係者間の信頼関係の大きさに反比例する傾向にある。すなわち、信頼関係があれば問題にする必要がない事項が、信頼関係が欠けることによって問題となり、紛争解決コストが増加する。また、効率化する手段が、信頼関係があれば利用できるものの、信頼関係が欠けることによって利用できないこともある。
  17.    例えば、裁判官、仲裁人といった判断権者が、和解手続に関与するという手段は、判断権者の他に、和解のためだけに調停人等を確保する場合と比べると効率的な面があり、効率化の手段といい得る。しかしながら、国際的には、和解手続への関与によって判決、仲裁判断等の内容が歪められるリスクが懸念され、この手段は用いられないことが多い。これに対して、その様な歪みが生じないであろうと考えられるだけの信頼関係が関係者間にあれば、この手段を用いることが可能となる。
  18.    DAABを起点に関係者間の信頼関係が築かれれば、紛争解決コストを低減する、大きな価値となる。

 

5 DAABの価値を生かすための留意点

⑴ 工事及び契約の当初から確保すること等

 前回も述べたことであるが、DAABの価値の要因を踏まえると、その価値を生かすためには、まず、工事及び契約の当初から、DAABを確保することが決定的に重要である。実際には、FIDICの想定に反して、紛争が生じてからDAABを設置する例もあるが、これではDAABの価値が全く生かされない。DAABの価値の大本となる信頼関係構築も、紛争が顕在化した後では困難である。

 ところで、DAABのメンバーが、十分な知見を有する、信頼される人物であるべきことは言うまでもないことである。

 

⑵ DAABにコストを大きく上回るメリットがあることを認識すること

 DAABには一定のコストがかかるため、そのコストに見合う工事である必要があるが、FIDICが想定する大規模な建設・インフラ工事の案件であれば、紛争発生の蓋然性の高さや、DAABが存在しない場合に想定される紛争解決コストを考えると、まず確実に、DAABのコストは割に合うものである。

 また、DAABの判断については、当事者の一方が不服を申し立て、仲裁に進むと拘束力が失われ得ることから、結局無駄な手続ではないかと言われることがある。しかしながら、これは誤解であり、その理由として一つには、不服が申し立てられたとしても、DAABの判断が和解交渉の起点となり、紛争解決に結びつくことが往々にしてあることが指摘できる。

 その他の理由としては、DAABの手続を通じて、効率的に証拠が確保され、争点が整理され、後の仲裁の手続の効率化に資することもある。

 第60回で述べたとおり、DAABは、紛争の予防に資するものであり、さらには、プロジェクトの収益面にプラスの影響を及ぼす。この恒常的な価値は、一つの事象につきDAABの判断に不服を申し立てる当事者がいたとしても、何ら失われることはない。

 DAABの価値を生かすための留意点としては、出発点として、DAABの価値を誤解なく認識することが重要であると、筆者らとしては考えている。コストだけを理由にDAABの導入を躊躇い、その価値を享受しないことは、惜しむべきことである。

 

⑶ 同じ現場で複数の契約が締結されている場合の留意点

 同じ現場で、一期工事、二期工事等と契約が分かれ、それぞれ別のContractorが選定されることがある。この場合に、DAABを契約毎に別にするか、共通にするかは、検討事項である。

 同じ現場である以上、DAABが扱うべき情報等につき、各契約に共通する部分が相当程度あると考えられるため、共通のDAABとすることができれば、効率的と考えられる。

 また、DAABの価値には、第60回において述べたとおり、関係者への説明における価値があるところ、異なるDAABの場合には、この説明内容が異なる可能性がある。これに対し、重要な説明の相手方の例としては、PFI/PPP等の出資者、公共工事における会計検査院、財務省、発注者の上位組織である例えば公共事業省等があるところ、これらの相手方は各契約で同じである。したがって、異なるDAABの場合には、同じ相手方に対して、異なる内容の説明が行われる可能性があり、それが混乱を招き、関係者への説明におけるDAABの価値を減殺するおそれがある。この意味においても、共通のDAABが望ましいといえる。

 別のDAABが望まれる理由としては、各Contractorが、DAABメンバーの選任に関与することを望むことがある。共通のDAABとする場合、先行する工事のDAABが、後の工事も担当することとなり、後の工事のContractorがDAABメンバーの選任に関与できないことが考えられる。なお、Employerの方は各工事で同じであるため、この様な問題は考え難い。

 この問題への対処は、基本的には後の工事のContractorへの配慮であり、その理解が得られるかがポイントとなる。後の工事のContractorが、DAABの選任手続に関与できることが望ましいが、それが叶わない場合でも、信頼できるDAABメンバーを選任した上で、その先行する工事における仕事ぶりを、後の工事のContractorにオブザーバーとして見てもらうことも考えられる。

 この様な配慮をした上で、共通のDAABが実現することが、望ましいことである。

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