◇SH1795◇社外取締役になる前に読む話(18)――業務執行取締役の裁量権逸脱行為に関する監視義務違反⑵ 渡邊 肇(2018/04/25)

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社外取締役になる前に読む話(18)

ーその職務と責任ー

潮見坂綜合法律事務所

弁護士 渡 邊   肇

 

XVIII 業務執行取締役の裁量権逸脱行為に関する監視義務違反(2)

 先回は、業務執行取締役の裁量権逸脱行為と社外取締役の監視義務の関係について検討した。今回は、翻って業務執行取締役の裁量権逸脱行為とはどのような場合に観念されるのかという点について考えてみたい。

 ワタナベさんの疑問は以下のようなものであった。

 当社の今期決算が確定したが、決算書類によると、巨額の特別損失が計上されている。決算取締役会においてそれに対して説明を求めたところ、社長命令でデリバティブ取引を含む新規の金融取引を行った結果計上されたものであり、しかもこれを回収することは困難であるという説明を受けた。また、当社においては、デリバティブ取引等を行うことを禁止する内規等はないということであった。

 取締役は皆、それはそれで仕方ない、損害の拡大防止に努める以外にないという反応なのだが、本当にそのような対応で問題ないのだろうか。自分も監視義務違反に問われ、会社が被った損害の賠償責任を問われることはないのだろうか。

 

解説

 取締役のいかなる行為が、その裁量権を逸脱したと評価されるかという点は、会社法等の法律上要件が定められているものではなく、また、抽象的であれ、一般論として判断の枠組みを示した判例もない。基本的には、個々の事案につき判断してゆくしかない問題であると思われる。

 だが、これまで判例上、どのような事案で裁量権逸脱行為が認定されたのかについて知ることにより、その大凡のイメージを持つことは可能だと思う。

 これまでの裁判例で、取締役の裁量権逸脱行為が認められた事案には以下のようなものがある。ほんの一部ではあるが紹介する。

  1. 1. 回収不能になる危険が具体的に予見できる状況にありながら、グループ企業に対して貸付や保証をした事案(平成8年12月11日東京高裁判決 東京都観光汽船事件)。
     
  2. 2. 本業であるビル賃貸業の賃料収入では既存債務の返済にも不足するような経営状態の会社が、その返済能力を超えた多額の借入を行い、当該借入金を株式投資に充てた事案(東京地裁平成5年9月21日判決 日本サンライズ事件)。
     
  3. 3. 代表取締役が必要な市場調査をすることなく漫然と玩具店を出店し、同店舗の経営を取締役に任せたままで必要な監督をしなかったため、閉店せざるを得なくなった事案(広島高裁平成16年9月28日判決)。
     
  4. 4. 親会社の発行するCPを引き受けたが、親会社が倒産して償還を受けられなくなった事案。因みにこの事案では、当該CPを引受けなければならない特段の事情がないこと、引き受けに関する取締役会決議に先立つ取締役会で、以後のCPの引受けを禁止する旨の決議がなされていたことが認定されている(名古屋地裁平成25年3月28日判決 佐藤食品工業事件)。

 逆に、取締役の裁量権逸脱行為が否定された裁判例には以下のようなものがある。

  1. 1. 架空循環取引により不良在庫を抱え、経営破綻に陥った子会社に対する融資等が問題にされ、子会社に対する債権放棄がされた事案。
  2.   この事案では、当該債権放棄は子会社を倒産させるより再建を図る方が親会社の信用維持につながり、税務上のメリットもあるという判断で行われたものであり、判断の前提となった子会社の特別損失に関する認識に誤りはなく、上記判断も特に不合理、不適切とは言いがたく、取締役としての裁量の範囲を逸脱するものとはいえないと判断された(福岡地裁平成23年1月26日判決 福岡魚市場事件)。
     
  3. 2. 外国に設立した完全子会社に対し、どの程度の信用を供与して海外展開を図るかが問題とされた事案。
  4.   この事案では、取締役は、当該事業の収益の見通し、売掛金や貸付金が累積することや在庫が積み上がることが経営に与える影響、外国と貿易取引をするリスク、当該外国の経済状況や建設機械の需要に対する見通し、為替リスク等の諸事情を総合的に考慮して、外国に設立した完全子会社に対し、建設機械の売却や金員の貸付けをするか否か、またこれらの行為を続行するか否か判断することができ、その判断の過程及び内容が著しく不合理であった場合に、善管注意義務違反の責任を負うと判断された(東京地裁平成26年4月10日判決 ジー・トレーディング事件)。
     
  5. 3. 異業種への参入の一環としての出資判断の是非が問われた事案
  6.   この事案では、異業種への出資も「経営上の選択肢の一つとして許容されるところ、かかる出資判断は、そのメリットの評価も含め、将来予測に亘る経営上の専門的判断に委ねられているから、取締役が諸般の事情を総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反とはならない」とされた上で、「必要とされる情報収集や検討が明らかに不十分である場合には善管注意義務違反となり、会社の業務の目的範囲等からみて対象会社の事業内容につき、その遂行能力、経験及び知見に乏しいときは、情報収集及び投資判断の双方において慎重さが求められる」との考え方が示されている(東京高裁平成28年7月20日判決 テーオーシー事件)。

 極めて限られた数の裁判例しかご紹介できないが、これだけでも、取締役の行為が裁量権を逸脱していると判断された事案は、回収不能であることが明らかな貸付け、会社の返済能力を超えた多額の借入など、会社に損害が発生する蓋然性が極めて高い事例が多いことにお気づきになるであろう。他方、裁量権逸脱行為ではないと判断された事案では、取締役が様々な判断要素を総合的に勘案した結果での判断であれば、当該判断の結果会社に損害が発生したとしても、裁判所が後付けで当該判断が不合理であったと断ずることはそれなりにハードルが高いことも観て取れるであろう。

 社外取締役も含めた取締役の監視義務違反を問うためには、まずは業務執行取締役の裁量権逸脱行為が認定されることが前提となる。社外取締役が業務執行を行うことができないことは既にご紹介済であるが、そうである以上、社外取締役が果たすべき職務は、その他の取締役の業務執行行為が、彼等に与えられた裁量権を逸脱していないかを厳しく監視することである。上記のとおり、裁判所が最終的に取締役の裁量権逸脱行為の存在を認定する事案は、会社に損害が発生する蓋然性が極めて高い、より平易にいえば、「そりゃあマズイでしょう」と言わざるを得ない事例であると言っても良いと思われるが、逆に言えば、業務執行取締役のそのような行為を知り、又は知ることができたと後付けで判断される場合には、社外取締役も、会社に対して責任を負担することもあり得るということを常に意識しておく必要がある。

 

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