コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(66)
―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑨―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、コンプライアンス担当部門(者)の専門能力の育成と研修について述べた。
コンプライアンス担当者は、他部門から信頼される専門能力を身につける必要がある。
大企業の場合には、コンプライアンス関連団体への加入、コンサルタント会社・専門機関等の有料研修の受講、学会での研鑽等が考えられる。
中小企業・ベンチャー企業の場合には、顧問弁護士等外部専門家との自社向けテキストの作成、公的機関や団体の主催する研修会・講習会・勉強会への参加、書籍や通信教育の活用等が考えられる。
研修には、幹部社員研修、現場のコンプライアンスリーダー・一般職向けの研修、人事研修の活用、子会社対象の研修、部署の要請に対応する研修、問題発生部署のリスク削減を目的とした集中的研修等がある。
特に、中小企業・ベンチャー企業では、親会社や社外専門家を活用した研修、地域の警察、消防、保健所、商工会議所、所属団体の活用等が考えられる。
今回は、行動規範遵守宣誓への署名及び従業員相談窓口について考察する。
【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑨:行動規範遵守宣誓への署名及び従業員相談窓口】
5. 行動規範遵守宣誓への署名
(1) 大企業
行動規範遵守宣誓への署名は、不祥事を経験した場合など、コンプライアンスの定着を急ぐ場合や現場にコンプライアンスを徹底する必要性が高いと経営者が判断した場合に実施しやすい。
単なる署名にそれほどの効果があるかと疑問を持つ人がいるかもしれないが、筆者の経験では、署名のたびに経営トップ以下全従業員の認識を新たにする効果がある。
ただし、マンネリ化に注意しなければならない。
経営トップがメッセージを発信しその重要性を訴えることや、新入社員に署名を求める場合には、予め行動憲章や行動規範・行動指針の内容を良く説明し理解を得ることが重要である。
中には署名に反発する従業員もいるが、これを説得し理解を得るのも現場のコンプライアンス責任者やリーダーの責務である。
そもそも、コンプライアンスの遵守に反発すること自体、組織として容認できることではないが、「コンプライアンスは遵守するが署名はしない」と主張する者など、組織にはさまざまの価値観を持つ人がいるので、粘り強く説得して理解を得ることが必要である。
どの範囲の従業員から署名を得るかは企業により異なる判断だが、筆者はできるだけ広い範囲から署名を得るべきであると考える。
署名は、他社へ出向している人にとっては原籍を認識する機会であり、他社から出向している人にとっては、現在業務している組織を再認識し一体感を深めることにつながる。
(2) 中小企業・ベンチャー企業
中小企業・ベンチャー企業の場合にも、遵守宣誓の署名をするべきである。
なぜなら、トップが自ら署名し自分の言葉で全従業員に対して自社の行動憲章や行動規範・行動指針の意義を説くことは、自らを律し従業員との一体感を創る上で役立つからである。
経営トップのコンプライアンスに対するコミットメントの強さを示す機会として、大企業よりも、むしろ中小企業・ベンチャー企業のほうが大きな効果を生むと思われる。
6. 従業員相談窓口
従業員相談窓口を設置している大企業は多い。この仕組みは、2006年4月の公益通報者保護法の施行により一気に広まったが、不祥事発生企業やコンプライアンス意識の高い企業では、法の施行前から相談窓口を設置していた。
(1) 大企業
大企業では、職場コミュニケーションを良くして上司やコンプライアンスリーダー、責任者が従業員から相談を受けやすくすることが、相談の基本になる。
パワーハラスメント等、職場の上司そのものに問題がある場合や、上司に訴えても問題をもみ消され不利益扱いを受ける危険がある場合に備え、組織がリスクを早期に発見して自浄作用を働かせるために、コンプライアンス部門や弁護士事務所、外部の専門会社等にホットラインを設置している。
リスクに対応する手間よりもリスクが危機に発展することに対応するエネルギーがはるかに大きいことから、相談の対象は幅広く設定するべきである。
例えば、当該企業で働いている役員・従業員、派遣会社・請負会社の従業員、子会社の従業員等である。
(2) 中小企業・ベンチャー企業
中小企業・ベンチャー企業の場合には、仮に匿名で相談した場合でもお互いに良く知っていることから秘密が漏れやすいので、秘密保持や不利益扱いの禁止に特に気を配る必要がある。
従業員相談窓口の規定に秘密保持と不利益扱いの禁止を謳い、役員以下全従業員に徹底しておく必要がある。
トップの意識が高く組織内のコミュニケーションが良好であれば、コンプライアンス重視の経営者の姿勢が組織内に浸透しており、上司への相談で問題が解決しやすいが、トップがコンプライアンスに理解がなく聞く耳を持たない場合には、従業員相談窓口に相談すれば不利益扱いを受ける可能性があるので、外部のメディア等に通報が行きやすい。[1]
次回は、まとめと残された課題を考察する。
[1] 今般、財務省のセクハラ問題で、被害者が他社に通報した例は、類似のケースと言える。