SH3747 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第24回 第5章・Delay(1)――遅延の概念と契約上の工期に関する定め 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/09/09)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第24回 第5章・Delay(1)――遅延の概念と契約上の工期に関する定め

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第24回 第5章・Delay(1)――遅延の概念と契約上の工期に関する定め

1 はじめに

 今回からは、大規模建設プロジェクトに関して、最も頻繁に争いの対象となる問題の一つであるdelay(遅延)について解説する。

 FIDICが対象とする大規模な建設・インフラ工事において、時間は極めて重要な意味を持つ。工事が遅れると、Employerの視点からは、工事の目的物の稼働開始が遅れることになる。すなわち、これによる収益の開始時期も遅れ、また、資金調達およびその返済にも遅れが生じ得るため、キャッシュフローおよび損益に直接影響が生じる可能性がある。また、公共工事の場合、工事の遅れは、公共への便益の供与開始が遅れ得ることも意味する。たとえば、鉄道や橋の工事であれば、その完成が遅れることによって、これを利用することを前提にした経済・社会活動の開始も遅れることになる。Contractorの視点からも、工事の遅れは工期の延長を意味するため、期間に応じて発生する固定費的なコスト(人件費、建設機材リース料等)が増加する。これにより、Contractorのキャッシュフローおよび損益にも直接の影響が生じる。

 しかし現実には、かかる大規模な工事は、着工前にどんなに綿密な計画を立てても、計画どおりに進むことは稀である。むしろ、第18回第21回で紹介したVariationから、サイト用地や資材調達の問題、さらには悪天候や労働者のストライキ等に至るまで、実に様々な理由により、工事に遅延が生じるのが通常と言えよう。そして、遅延が生じれば、当初の予定になかったコスト等の負担が生じることもあり得るため、遅延の責任が誰にあるか(ひいては、誰が負担を引き受けるべきか)をめぐって、EmployerとContractorの間で紛争が起きやすい。

 そこで、本章では、FIDICにおける遅延関連の規定に限らず、上記のような紛争の防止という観点も踏まえつつ、遅延に関する典型的な重要論点もいくつか取り上げて、簡単な解説を試みることとする。

 

2 遅延の概念

 「遅延」とは、予め定められた期限に遅れることを意味する。翻って言えば、遅延は、予定された期限が存在することを前提とした概念である。

 契約において、ある債務の履行期限が定められている場合には、それは「予定された期限」であり、期限どおりに履行がなされなければ「遅延」となる。たとえば、建設契約においては、一般に、工事の開始から完成するまでの期間(工期)が定められているところ、これは契約による「予定された期限」の一つであると言える。

 また、適用法令によって履行期限が定まる場合も、「予定された期限」に当てはまると解される。

 なお、予定された期限は、必ずしも特定の日時とは限らない。契約や法令の定めによっては、「合理的期間の経過後に」や「可及的速やかに」など、解釈の余地のある期限が予定されることもあり得る。

 建設プロジェクトにおいて、期限が定められている債務は、工事を行う債務に限られない。たとえば、Employerの代金支払債務にも、通常は期限が定められている。しかしながら、建設紛争で問題となる遅延は、圧倒的に工期の遅延である場合が多いため、本章においては、原則として、工期の遅延を「遅延」または「delay」として論じることとする。

 

3 契約上の期限に関する規定

⑴ 工期そのものに関する規定

 前述のとおり、建設契約では、工期の定めがあることが一般的である。FIDICにおいても、工期に関する規定は明示的に設けられている。代表的なものは、以下のとおりである。

 工事の開始に関しては、Engineer(Silver BookではEmployer)が、着工日(Commencement Date)を定めた通知を、当該着工日の14日前までにContractorに通知することとされている。そして、Contractorは、通知を受けた着工日当日に、またはその後実行可能な限り速やかに、工事等を開始する義務がある(8.1項)。

 工事の完成に関しては、Contractorは、工事等の全部(および、工事等が複数のSectionに分けられている場合には各Section)を、Contract Dataに定められた完成日(Time for Completion)までに完成させる義務がある(8.2項)。大規模なプロジェクトにおいては、工事等をSectionに分けることも珍しくなく(たとえば、基盤作りと建物自体の建設を分けたり、建物が複数ある場合には1棟ごとに分けたりする)、プロジェクト全体の完成が期限に間に合ったとしても、各Sectionの完成が期限に間に合わなかった場合には、遅延が生じたと扱われ得ることに注意が必要である。

 また、契約自由の原則に従い、(適用法令の許す範囲において)当事者の合意により、FIDICの書式にない工期に関する定めを置くことも可能である。たとえば、高度に技術的なインフラ建設などの場合、商用利用が可能となったことを確認して検収(Taking Over)する前段階として、建設された施設が問題なく稼働することを確認したうえでの仮検収(Provisional Taking Over等、呼称は個別の契約によって異なる)を行うことがあるが、その場合には、かかる仮検収の期限も契約で明示的に定められることがある。当然のことながら、このようにして定められた期限に遅れた場合にも、遅延が生じたと扱われ得る。

 

⑵ 工期に影響し得る手順に関する規定

 FIDICには、工期そのものの定めではなくとも、工期に影響し得る契約上の手順に関する規定も存在する。

 たとえば、Employerは、Contractorに対し、Contract Dataに定められた時点までに、建設現場となるサイトにアクセスする権利を与えなければならないとされている(2.1項)。これは、着工日やその後の工事の完成期限を直接定めるものではないが、サイトへのアクセス付与が遅れれば着工が遅れ、工事全体が遅延する可能性があるため、工期に影響し得る規定である。

 

⑶ 工期の定めとtime at large

 契約に工期の定めがあっても、それが効力を失う場合があることには、注意が必要である。工期の定めが無効となる理由は、契約内容や準拠法によって様々に異なり得るが、コモン・ローにおいては、time at largeという考え方がこの問題との関係でよく議論される。

 Time at largeとは、簡単に言えば、契約上の工期までに完工しないことが明らかであるにもかかわらず、工期を変更するための規定がないなどの場合に、Contractorは契約上の工期までではなく、「合理的期間」以内に工事を完成させればよいとする法理である。具体的な「合理的期間」の長さは解釈問題であり、事案によって異なる。したがって、Contractorとしては、time at largeの主張に成功したとしても、実際に工事の完成までにかかった期間が不合理と判断された場合には、遅延の責任を負い得ることに留意すべきである。

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