◇SH1816◇わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(9) 山田剛志/井上健(2018/05/08)

M&A・組織再編(買収防衛含む)

わが国におけるヘッジファンド・アクティビズムに対する法的対応と課題(9)

成城大学法学部
教授 山 田 剛 志

バークレイズ証券株式会社
金融法人部長・マネジング・ディレクター 井 上   健

 

5. 対象企業によるアクティビスト・ファンドへの対処方法

(3) アプローチを受けた後における有事の対応

 次に、実際にアクティビストからのアプローチがあった場合(いわゆる「有事対応」)、どのような対応をすべきか、主なポイントについて整理したい。

  1. 面談の実施:アクティビスト・ファンドからのアプローチがある場合、通常、対象企業の経営陣または取締役会に対して面談の申し入れがある。これに応じるかどうかは、個別事案の状況にもよるが、前述のとおり、日本においても、コーポレートガバナンス・コード等により株主との「建設的な対話」が求められているため、アクティビスト・ファンドと直接の面談をすることが基本形となる。通常のケースでは、アクティビスト・ファンドとの面談の場において(またはその前後に)、アクティビスト・ファンドの側から、対象企業に関する事業・財務に関する問題点の分析、経営改善に向けた要求事項等が提示されることになるので、面談の機会を通じて、彼らの意図・目的・優先順位等を正確に把握することが先決になる。
     
  2. 提案内容の分析・評価:次に、アクティビスト・ファンドからの提案内容について、できる限り客観的かつ詳細に分析・評価することが重要となる。昨今、大手アクティビスト・ファンドからの提案は、それなりに合理的で筋の通ったものが多いことから、提案内容が対象企業の業績改善や株価向上に資するものか、冷静かつ客観的に分析・評価することが必要となる。前述の通り、アクティビスト・ファンドは、多くの場合、外部の一般株主やマスメディア等に向けたキャンペーンを展開することになるので、経営陣の独善的な理屈にて評価すると、「経営陣の保身」、「株主軽視」といった批判を招くことになり、一般株主の支持が得られず、後に不利な展開になりかねない。あくまでも株主目線で客観的に評価することが重要であり、場合よっては、中立性・客観性の確保のため、第三者の外部アドバイザーの助言を得ることも必要となる。アクティビスト・ファンドは、短期的な株式売却益を得る目的から、足元の株価引上げを狙った近視眼的な施策(例えば、リストラによる経費削減、研究開発費の削減、株主還元の強化(配当引上げ・自社株買い)、保有資産の切り売りなど)を求めてくることも多いが、対象会社としては、より長期的な観点で、持続可能なビジネスモデルの下、対象会社の業績改善や株式価値向上につながるか、提案内容を十二分に吟味する必要がある。
     また、提案内容の分析にあたっては、当該アクティビスト・ファンドに関する過去の案件に関する投資戦略、行動パターン等についてもあわせて情報収集、分析することが望まれる。今後の対応を決める上での参考となる。
     
  3. 対応策の策定:アクティビスト・ファンドからの提案内容の分析・評価に基づき、対象企業としてどのような対応を行うべきか、慎重に検討することになる。日本においては、アクティビスト・ファンドからの提案内容を拒否するケースがこれまでのところ非常に多い[1]。その場合、アクティビスト・ファンドの提案内容のどこが悪いのか、なぜだめなのか、十分な根拠を持って説明する必要がある。また、アクティビスト・ファンドへの反論というだけでなく、他の一般株主の支持を確保するためにも、アクティビスト・ファンドが提案した経営改善策に代わりうる、経営陣が策定した企業価値向上プランについて提示する必要がある。前述したとおり、平時からある程度検討、準備しておく必要があるが、有事の状況では、具体的なプラン(経営目標、個別の事業戦略、株主還元策など)を株主に提示し、経営陣として株式価値向上にコミットしている姿勢を示す必要がある。
     一方、最近では、日本企業が対象となるケースでも、アクティビスト・ファンドの提案を全面的に拒否するということではなく、業績改善やガバナンスの観点でプラスになる主張に関しては、提案内容の一部について、対象企業の自主的な判断で要求を認める事例が出てきている(アメリカ大手アクティビスト・ファンドであるサード・ポイントからの要求に対して、ソニーやファナックなどの日本企業が一部その主張を認める事例がある)[2]
     なお、アメリカ企業が対象となるケースでは、株主総会における委任状争奪戦まで進んだケースで、アクティビスト・ファンドの提案が株主総会で認められる割合が高く、また、委任状争奪戦にまで至らなくとも、事前の交渉を通じて、アクティビスト・ファンドの主張を(全部でないものの)一部受け入れる形で決着する(settlement)ケースもかなりの数に及んでいる。
     日本においても、まだ事例としては少ないものの、株主総会における委任状争奪戦でアクティビスト・ファンドが勝利するケースも出てきている。最近の事例としては、旧村上ファンドの関係者が運営する投資会社レノが、黒田電気に対して約40%の株式を保有した上で、株主総会(2017年6月)にて取締役選任を巡る議決権争奪戦を展開し、レノが推薦する取締役候補が選任された。
     
  4. 対外的なコミュニケーションプランの策定・実行:「有事」になった場合、アクティビスト・ファンドとの「戦い」を有利に展開するためには、当該アクティビスト・ファンド以外の株主に能動的にアプローチし、経営陣のメッセージを発信し、支持を得ることが重要となる。先の③に述べた対応策、とりわけアクティビスト・ファンドの提案内容に対する反論と経営陣独自の企業価値向上策がポイントとなり、説得的なストーリーを策定し、支持を集める必要がある。
     とくに株主総会における議決権争奪戦にまで発展するケースでは、過半数の株主からの支持取付けが成否を分けるので、経営陣が大口機関投資家を個別に訪問して、支持獲得に努めることになる。その際、機関投資家にもいろいろなタイプがあるが、機関投資家の中には、「短期的利益の獲得を目指すアクティビスト・ファンドは、長期志向の機関投資家の利益を犠牲にしている」と考える投資家も多いことから、これらの長期志向の株主からの支持獲得が重要となる。株主向けの支持獲得に向けた行動は、平時に対象企業が行っているSR・IR活動の延長線上にあることから、対象企業は日頃から機関投資家等の主要株主と建設的な対話を行い、経営方針等について説明し、投資家からの信認獲得に努めておくことが求められる。
     また、機関投資家の議決権行使においては、昨今、Institutional Shareholder Services(ISS)やグラスルイスといった議決権行使アドバイザリー会社の影響力がそれなりに大きいことから、議決権行使アドバイザー会社の支持を取り付けることも重要になる[3]
     さらに、有事になった場合には、前述のようにマスメディア等により大々的に取り上げられる可能性があり、メディアの論調次第で対象企業のイメージダウンにつながり、従業員や取引先等に対して悪影響を及ぼす可能性がある。そのため、メディア専門のアドバイザーを起用して、戦略的なメディア対策を実施することも行われる。
     なお、日本においては株主以外のステークホルダーの影響力が大きいので、従業員(従業員代表、労働組合)、金融機関、取引先、日本政府、地元自治体等から協力を引き出すことも、対象企業にとっては有利な材料になるケースが多い。彼らは、通常、株主ではないので議決権行使することはないが、必要に応じて、これらのステークホルダーに対しても根回しをして、間接的な側面支援を求めることがある。


[1] 最近の事例をいくつか挙げると、オアシス・マネジメント(香港)が片倉工業に対して株主提案を行い(2017年3月株主総会)、ROEに関する具体的な数値目標の設定やROEが5%を下回る事業に関して撤退を求める定款変更を要求。これに対して、片倉工業は、過度のROE偏重は中長期的な成長の妨げになること等を理由として、反対の意見表明を行う。株主提案は総会にて否決された。
 また、ストラテジック・キャピタル(旧村上ファンド関係者が運営するファンド)が帝国電機製作所に対して株主提案を行い(2017年6月株主総会)、配当の大幅増加を要求。これに対して、帝国電機製作所は、今後の景気変動やM&Aのために内部留保が必要であるとして大幅な配当増加には反対し、若干の株主還元(1株当たり1円の記念増配及び8億円の自己株買い)を決定。株主提案は総会にて否決された。(公表資料による)。

[2] 2013年、サード・ポイントは、ソニーの株式を取得した上で、ソニーの業績改善に向けた様々な経営改善策を要求した(ソニーの米国エンターテイメント事業の部分上場、テレビやパソコンなどのエレクトロニクス事業のリストラ、取締役の派遣等)。これに対して、ソニーは、サード・ポイントからの要求のうち、主要なものについては拒否したものの、エンターテイメント事業の情報開示の強化策など一部の要求については、取り入れ実施した。
 また、2015年、サード・ポイントは、ファナックの株式を取得した上で、ファナックの過剰な内部留保を批判し、大幅な株主還元の実施を要求した。これに対して、ファナックは、栃木県での新工場建設を発表し成長のための設備投資を実施することとし、次いで、配当性向の引上げ(30%から60%へ)や自社株買いの実施など大幅な株主還元を発表した。また、SR(シェアホルダー・リレーションシップ)部を設け、株主との対話を積極的に行うよう路線転換を行った。(開示情報による)。

[3] 昨今、機関投資家による議決権行使においては、機関投資家が自らの分析に基づき独自に判断するケースが増えてきているものの、ISSやグラスルイスなどの議決権行使アドバイザリー会社の判断も引き続き一定の影響を与えている。アメリカにおいては、議決権争奪戦になった場合、議決権行使アドバイザリー会社がアクティビスト・ファンドの提案に賛同するケースが多くなっている。
 2013年から2016年までの間に米国で行われた議決権争奪戦を調査すると、ISSが会社側の議案に賛同したケースが43%であるのに対して、アクティビスト側の議案に賛同したケースが57%と過半数に上る。ISSは、「合理的なコストの範囲内でコーポレート・ガバナンスの改善が期待できる株主提案については、原則として賛成する」ことを明確にしており、昨今、アクティビスト側の提案に賛成するケースが増えている。
(Cf.2016 US Shareholder Activism Review and Analysis (Sullivan & Cromwell LLP,) 2016.Nov)
https://www.sullcrom.com/siteFiles/Publications/SC_Publication_2016_U.S._Shareholder_Activism_Review
_and_Analysis.pdf

 

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