国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第25回 第5章・Delay(2)――EOTその1
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第25回 第5章・Delay(2)――EOTその1
1 はじめに
EOTとは、Extension of Timeの頭文字をとった略称であり、日本語で言えば、工期延長である。
前回述べたとおり、FIDICが対象とする大規模な建設・インフラ工事において、時間は極めて重要な意味を持つ。
一方、第9回のコラムにおいて述べたとおり、大規模な建設・インフラ工事においては、多様な不確定要因が避けられない。たとえば、地質条件、その他の自然条件、適用される法律の改廃等があり、これらによって工事の遅れが生じることも避けられない。
加えて、工事の遅れは、このように多様な原因によるため、遅れによる損失をEmployerおよびContractorのいずれが負担するべきかについては、一律に定めることは合理的ではなく、原因毎に判断する必要がある。
第9回において、大規模な建設・インフラ工事契約は、契約書で予め決めきれないことが多く、事後の調整に委ねられる部分が大きいという意味において、不完備契約であると述べた。工事が遅れた場合というのは、この不完備性が顕在化し得る典型的な場面である。EOTは、この場面において重要な法概念であり、換言すれば、EOTに関するリスク分担ルールと、変更ルールが重要な意味を持つ(不完備契約においてこれらのルールが重要であることについても、第9回において述べたとおりである)。
このようにEOTに関するルールは、工事の遅れによる損失をEmployerとContractorのいずれが負担するかを、その状況に応じて定めるものであるところ、一つ留意するべきこととして、この点に限定したルールではない。すなわち、EOTは、延長後の新たな期限を定めるものであり、Contractorは当該期限までに、工事を完成させる義務を負うことになる。FIDICは、工事の円滑かつ迅速な完成を意識しており、この観点からは、期限が存在することは重要である。期限は延長されることはあっても、消えることはない(ただし、前回述べたコモン・ローにおけるtime at largeの概念が適用されると、明確な期限ではなく、「合理的期間」内に工事を完成させればよいことになる)。
また、もう一つの留意点として、EOTが対象とする損失は、Employerに生じる損失であり、これをContractorに転嫁するか、Employerが甘受するかを定めるものである。工事の遅れによりContractorに生じる損失については、追って解説をする。
2 EOTに関するリスク分担ルール
⑴ Red BookおよびYellow Book
EOTは期限の延長である。これが認められれば、工事が遅れたとしても、延長後の期限までであれば、Contractorは遅滞の責任を負うことはない。その場合、Employerに生じた損失は、Employerが甘受することになる。これに対し、EOTが認められなければ、Contractorは遅滞の責任を負うことになる。したがって基本的には、EOTを認めるということは、リスクをEmployerに帰属させるということであり、EOTを認めないということは、リスクをContractorに帰属させるということである。
Red Bookでは、EOTが認められる場合として、以下の事項を定めており、換言すれば、以下の事項については、基本的にリスクをEmployerに帰属させるという、リスク分担ルールを定めている(8.5項)。なお、Yellow Bookの規定内容は、Red Bookと同様である。
- ・ 工事内容の変更(Variation)
- ・ EOTを認める旨定めた他の条項に該当する場合
- ・ 異常気象(exceptionally adverse climatic conditions)
- ・ 伝染病または政府の行為による予見不可能な人工または資材等の不足(unforeseeable shortages in the availability of personnel or Goods caused by epidemic or governmental actions)
- ・ Employer側の事情による支障等(any delay, impediment or prevention caused by or attributable to the Employer, etc.)
また、上記の「EOTを認める旨定めた他の条項に該当する場合」としては、たとえば、以下のものがある。
- ・ 法令の遵守(compliance with laws、1.13項)
- ・ 法令変更への対応(adjustments for changes in laws、13.6項)
- ・ 工事現場へのアクセスの支障(right of access to the site、2.1項)
- ・ 工事現場へのアクセス路の変更(access route、4.15項)
- ・ 考古学または地質学上の発見(archaeological and geological findings、4.23項)
以上が、EOTの根拠の例であり、換言すれば、Employerにリスクが帰属する事項の例である。
⑵ Silver Book
Silver Bookは、Turn-key contractを対象とするというものであり、Employer側の役割が限定される一方、Contractorの役割が広範となっている。設計からContractorの役割であり、Employer側は、鍵を入れて、スイッチを入れれば(Turn-key)、目的物が稼働できるという基本的な考え方に基づいている。
そこで、リスク分担ルールにおいても、Red BookおよびYellow BookにおいてEmployerにリスクが帰属していた事項のいくつかについて、リスクがContractorに帰属するとされている。8.5項記載の上記事項のうち、次の2つが、Silver BookではEOTの根拠として認められておらず、すなわち、リスクがContractorに移転している。
- ・ 異常気象
- ・ 伝染病または政府の行為による予見不可能な人工または資材等の不足