SH4071 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第65回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(3) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/07/21)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第65回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(3)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第65回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(3)

4 建設紛争における仲裁人の選び方

 第63回でも述べたとおり、紛争解決手続としての仲裁の大きな特徴の一つは、決定権者である仲裁人の選任に当事者がコントロールを及ぼせる点である。実際の選任方法は仲裁合意の内容によって異なり、当事者が希望する場合には仲裁機関に指名から選任まで委ねることも可能であるが、当事者が直接指名することも珍しくない(なお、後者の場合でも、正式に仲裁人としての業務を開始するための「選任」手続自体は、仲裁機関によって行われるのが一般的である)。特に、仲裁人の人数が3名となる場合には、仲裁人のうち少なくとも1名は各当事者が直接指名できるという方式が一般的である。そこで、以下では、建設紛争において当事者が仲裁人を指名する際の、主な考慮事項のいくつかを検討する。

 

⑴ 建設分野に関する専門性

 いかなる分野の紛争においても、当事者は、その分野に詳しい人物を仲裁人に指名したいと考える傾向にあるが、建設紛争はその傾向が特に顕著な分野の一つである。前回述べたとおり、建設紛争は高度に技術的な内容となることが多く、かつ、標準書式の解釈や、EOT等の建設分野に固有の論点が問題になりやすいため、この分野に明るい仲裁人を指名することが基本的には望ましい。これは、最終的な仲裁判断の内容の合理性を確保するためだけでなく、次回扱うような建設紛争ならではの手続的ツールの利用を含めた、仲裁手続の円滑な進行を図るためにも重要である。

 もちろん、どのような観点からの、どの程度の専門性が必要かは、個々の事案の内容に照らして戦略的に考えなければならない。たとえば、建設契約に基づく紛争ではあっても、当該事案における主要な論点が、技術性よりもビジネス感覚に基づく判断を要求するものであるような場合、建設紛争の仲裁人として専門的に活動している独立仲裁人ではなく、建設紛争の経験も相応にあるが、他の分野の紛争も仲裁人または代理人として取り扱っている、大手法律事務所の弁護士の指名が検討されることも想定し得る。逆に、極めて技術性の高い事案においては、工学を専門的に修めた法廷弁護士など、法律以外の学問的・実務的バックグラウンドを考慮した上での指名が考えられる。さらに言えば、法律家ではなく、建築設計やエンジニアリングの専門知識を有する人物が仲裁人として指名されることも想定し得る。実際に、法曹資格を持っていなくとも、建設紛争の仲裁人やDAABのメンバーとして活動している建築家やエンジニアリングの専門家は一定数存在し、事案の内容によっては有力な候補者となり得よう。

 

⑵ 関係地の法原則や商慣習に対する理解

 両当事者の出身国にかかわらず、契約準拠法がコモン・ロー系であった場合にはコモン・ローの、シビル・ロー系であった場合にはシビル・ローの法原則に一定の理解がある(すなわち、当該法原則に基づいた当事者の主張立証を的確に整理できる)と思われる人物を指名することが原則として望ましい。また、契約準拠法のみならず、サイトのある国や各当事者の出身国、下請業者やレンダー等との間の契約準拠法国など、関係地における法が事案の解決に関連し得るときは、当該法の属する法体系も考慮に入れることが望ましい場合もある。

 注意が必要なのは、そのような人物を指名することと、関係地法のもとでの法曹資格を持った人物を指名することとは区別すべきという点である。事案によっては、後者のような指名を行うことが戦略上適切である場合も考えられるが(たとえば、イギリス法準拠の契約で、主要な争点についてイギリス法上確立した解釈がある場合、当該解釈が確実に採用されることを望む当事者が、イギリスのQueen’s Counselを仲裁人に指名するような場合)、逆に、関係地法に関する詳細な予備知識のない仲裁人に柔軟な判断を求めることが戦略的に望ましい場合もあり得る。したがって、自らの指名する仲裁人に求める理解度は、事案ごとに判断すべきである。なお、法律家でない人物を指名する場合、この点は直接の考慮事項とはならない可能性が高いものの、法的論点についても積極的に検討する意欲があると思われる人物を指名すべきであることは、言うまでもない。

 さらに、関係地における商慣習が当事者の行動に実質的な影響を与えている事案においては、かかる商慣習に馴染みのある人物を指名することが戦略上有利と考えられる場合もある。たとえば、当事者が、サイトのある国での商慣習を根拠の一つとして自らの行動が不合理でないことを説明しようとする場合、当該商慣習に馴染みのある仲裁人がいれば、より実感を持って説明を理解してもらえる可能性がある、といったような発想である。

 

⑶ 当該事案で問題となる論点に関する見解

 前述のとおり、建設紛争においては、標準書式の解釈やEOT等の論点が問題になりやすいところ、これらの典型的な論点については、数多くの文献や講演が存在する。そのため、当事者としては、自らの主張と整合する見解を示している著者や講演者を見つけて、仲裁人に指名したいと考えるかもしれない。このようなアプローチは、それ自体として禁止されているわけではないものの、慎重な考慮が必要である。というのも、当該事案で問題となっている具体的な論点について、一方当事者の主張と非常に近い見解を有する仲裁人が選任された場合、相手方当事者が「仲裁人としての中立性に欠ける」として、当該仲裁人の忌避を求める可能性があるからである(逆もまたしかりであり、一方当事者の主張を否定するような見解を有している仲裁人が選任された場合、当該当事者が忌避を求める可能性がある)。仲裁人の忌避申立てが認められるか否かは、ケースバイケースの判断となるが、最終的に申立てが退けられた場合でも、仲裁手続全体の進行は遅れることとなる。また、忌避申立てについての結論を待たずに、当該仲裁人が自発的に辞任してしまうこともあり得る。したがって、仲裁人候補者の見解が、一般論のレベルを超えて、いずれかの当事者の主張と具体的に整合する、または衝突する場合には、少なくとも忌避のリスクを抑えるという観点からは、当該候補者の指名は控えた方が良いと言えよう。

 なお、当然のことながら、仲裁人として指名を検討している候補者が、文献や講演において、自らの主張と矛盾する見解を示していないかチェックすることは有用である。上記のような忌避のリスクに鑑みれば、文献等を用いての事前調査は、むしろ、こうしたネガティブチェックの視点で行うのを基本と考えるのが賢明であろう。

 

⑷ 当該事案に割ける時間の多寡

 大規模プロジェクトに関する紛争は、それ自体が大規模かつ複雑なものとなりやすく、また、プロジェクトの途中で紛争が発生した場合、タイムリーに対応する必要が生じ得ることは、前回も述べたとおりである。したがって、仲裁人には、これに対応できるだけの時間的余裕を確保してもらう必要があり、あまりにも忙しすぎる仲裁人を指名することには慎重になるべきである。特定の候補者の繁忙状況を当事者が正確に把握することは難しいが、候補者の詳細なプロフィールを確認し、仲裁人として紛争解決手続に携わる以外の活動がどの程度ありそうか検討すべきであるし(たとえば、大手法律事務所の弁護士の場合、代理人としての活動がどれほど忙しそうか)、また、指名を打診する際には、本人にも繁忙状況を問い合わせるべきである。

 

⑸ その他

 上記の他に、仲裁人のネームバリューや居住地など、副次的な考慮要素も存在する(高名な仲裁人は他の仲裁人に対する影響力を持つと期待できる、当事者及び代理人の居住地と時差の少ない場所に居住している仲裁人の方が連絡を取りやすいと思われる、などといった発想である)。これらの要素は、仲裁人の候補者を検討する際、最初に見るべき点とはなりにくいものの、最終的に残った候補者について、他の要素においては大きな差がないような場合には、決め手となることもあり得る。

 

 

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