債権法改正後の民法の未来 26
不実表示・相手方により生じた動機の錯誤(2)
久保井総合法律事務所
弁護士 上 田 純
3 議論の経過
(一) 経過一覧
法制審議会では、下記一覧表のとおり議論がなされた。
第32回までは「意思表示に関する規定の拡充」という独立の項目を立てて検討されていたが、第64回からは「錯誤」の中で動機の錯誤の一類型として検討された。
会議等 | 開催日等 | 資料 |
第10回 |
H22.6.8開催 第1読会(8) |
部会資料12-1、12-2(詳細版) |
第22回 |
H23.1.25開催 論点整理(2) |
部会資料22 |
中間的な 論点整理 |
H23.4.12決定 | 同補足説明 |
第32回 |
H23.9.20開催 第2読会(3) |
部会資料29 |
第35回 |
H23.11.15開催
第2読会(6)
|
部会資料33-5(中間的な論点整理に寄せられた意見の概要(各論4)) |
第64回 |
H24.12.4開催 中間試案(1) |
部会資料53 |
第70回 |
H25.2.19開催 中間試案(7) |
部会資料58 |
中間試案 | H25.2.26決定 | 中間試案(概要付き) |
第76回 |
H25.9.10開催 第3読会(3) |
部会資料64-4(中間試案に対して寄せられた意見の概要(各論)速報版⑶) 部会資料66B 山本敬三意見 |
第86回 |
H26.3.18開催 第3読会(13) |
部会資料76A 大阪弁護士会有志意見書 東京弁護士会有志意見書 山本敬三判例状況分析書面 |
第88回 |
H26.5.20開催 第3読会(15) |
部会資料78A 山野目意見書 山本敬三意見書 山本敬三NBL1024号15-28頁・1025号37-46頁 |
第90回 |
H26.6.10開催 第3読会(17) |
部会資料79B |
第96回 |
H26.8.26開催 第3読会(23) |
部会資料83-2 |
(二) 概要
本論点は、当初、意思表示の項目の中で、錯誤や詐欺とは別個の新たな規定として提案・検討されていた[1]が、途中から、錯誤の中で動機の錯誤の一類型として提案・検討されるに至った。
すなわち、第1読会、中間的論点整理、第2読会の前半(第32回会議)までは、「意思表示に関する規定の拡充」という独立の項目を立て、錯誤、詐欺などのほかに、意思表示の効力を否定することができる場合に関する新たな規定を設けるかどうかについて、議論がなされた。
具体的には、消費者契約法4条の不実告知(同条1項1号)や不利益事実の不告知(同条2項)(以下、合わせて「不実表示」という)の取消規定を消費者契約以外にも適用されるべく民法上の一般ルールとして取り込むことの適否や要件について議論された。
これについて、賛成意見も多かったが、反対意見も強く主張された。
賛成意見としては、相手方が動機の錯誤を引き起こした場合に意思表示が無効とされてもやむを得ないと考えられていること、不実表示は表意者の信頼を相手方が裏切ったためにリスクを相手方に転嫁することが許されると考えられること、消費者契約法の不実表示規定の趣旨である情報・交渉力格差は消費者・事業者間以外にも存在すること等の意見が出された。賛成意見の中でも、事業者から消費者が取消しされる等の逆適用の懸念も出された。
反対意見としては、事業者であれば相手方提供情報でも自ら正確性を確認する注意義務があること、消費者・事業者間以外で消費者契約法と同様の規律を設ける必要性も理論的根拠も十分でないこと、取消原因を追加すると事業者間の取引を阻害すること、表意者による濫用の可能性があること、効果として中間的解決のできない取消しでなく損害賠償によるべきであること、労働契約において使用者から取消しされるおそれがあること、企業買収等における表明保証違反を補償請求に限定する実務と乖離を招くこと等の意見が出された。[2]
中間論点整理に寄せられた意見としても、反対意見及び慎重意見が賛成意見より多数となった[3]。
その後、第2読会の後半(第64回会議)から、錯誤の項目の中で、動機の錯誤の一類型として提案がなされ、議論された。
これは、裁判例において相手方の不実表示による動機の錯誤に陥った場合には動機の表示・内容化の要件を満たさなくても錯誤無効が認められてきたとの理解に基づくものである。[4]
この提案についても第2読会では賛否が分かれ、中間試案においては、規定を設けない考え方も「注」として示された。
中間試案に対しては、弁護士会や消費者団体等から賛成意見が相当数出されたが、事業者団体等からの反対(規定を設けない)意見の方が多く出された[5]。
その後、第3読会において、引き続き議論がなされ、多数の委員及び幹事の賛成を得られたが、企業間の契約における表明保証違反の場面に影響を与え企業に不利益を受けること、企業間取引で機会主義的な行動が多くなる懸念があること等の反対意見が根強く主張された。
4 立法が見送られた理由[6]
本論点については、最後まで検討・議論が重ねられ、多くの委員の賛成を得られたが、意思表示(法律行為)の表示・内容化の要件の判断を経ることなく、錯誤により意思表示の効力を否定することを認めると、その効力否定の範囲が広がりすぎ、特に企業間取引に不利益が生じる懸念があるとの意見が最後まで強く主張され、コンセンサスを得ることができなかった。
他方、相手方が誤った表示等を行ったために表意者に錯誤が生じ、その誤った認識を前提として表意者が意思表示をし、そのことを相手方も当然の前提であると認識していたと評価できるような場合には、「法律行為の基礎とされていることが表示されていた」と評価して対応可能であるとの指摘もあった。
このようなことから、明文化は見送られた。