◇SH3579◇債権法改正後の民法の未来97 契約の解釈(4・完) 林 邦彦(2021/04/15)

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債権法改正後の民法の未来97
契約の解釈(4・完)

林邦彦法律事務所

弁護士 林   邦 彦

(承前)

Ⅳ 解説

3 改正法下における契約の解釈

  1.  ア 最高裁判例における契約の解釈[18]
  2.    最高裁判例においては「判例は、契約の解釈として、当事者の合意内容について契約書等に明文がある場合には、その文理に従うことを基本とし、その文理が一義的で明確でないときは、他の定めの内容や規定ぶりとの関連から意味を探求し、さらには、契約の目的、交渉に至るまでの経緯や交渉の過程、取引の慣行や社会の状況等の事情によることとする。」とされる。
     もとより改正民法においては、契約の解釈のルールが見送られたことから、改正民法下においても、かかる判例の考え方が一つの契約解釈の基準となる。
     
  3.  イ 改正民法における契約解釈の影響

    1. (a) 改正民法では、複数の条文で「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念」の概念を採用しており(400条[善管注意義務の内容]、412条の2第1項[履行不能の判断基準]、415条1項ただし書[債務不履行による損害賠償責任の免責事由(「債務者の責めに帰することができない事由」)、483条[特定物の引渡しをすべき時の品質判断の基準]、541条ただし書[催告解除の軽微性])、こうした要件には、契約の解釈が重要になる。
    2. (b) また、担保責任における契約内容適合の判断においても、改正民法では契約責任説を採用しており、また瑕疵の有無の判断に関する主観説の立場からも適合・不適合の前提として、契約内容を確定する必要があり、契約の解釈が重要な位置を占める。例えば、売買契約における現状有姿の約定や、瑕疵担保責任免除特約、品質保証条項の意味は、契約ごとに契約の解釈によって確定される。
  4.  ウ 契約実務における契約の解釈に対する対応[19]
  5.    こうした改正経過を踏まえると、改正民法下においては、紛争において契約の解釈が争いとなった場合は、事案ごとに、上記の最高裁判例の基準にも従いつつ、当事者の合理的な意思解釈をし、また、上記の3つのルールも参考にしながら、争っていくということになろう。
  6. これに対して、紛争の予防の観点からは、契約締結後に契約の解釈による争いが生じないように対応する必要があり、そのためにはさしあたり①契約条項においてはより的確に条項にするよう努め、②紛争になったときに備え、交渉の経過は記録にとどめるよう努め、③条項化できないとすれば、それが紛争になったときには、業界の取引慣行、取引上の社会通念、任意規定を含む法令、慣習、条理、信義則の適用により解決されることを想定して交渉を行うこと等が考えられる。

4 今後の課題と将来の明文化に向けて

  1. ⅰ  契約においては、当事者の意思の合致、すなわち合意の存在がその拘束力の根拠であるから、契約の成立や効力の判断に当たっては、その契約の内容がどのようなものであるかを確定する作業が必要であり、かかる作業が契約の解釈である。それゆえ、契約の解釈の規定が明文化されることは、かかる契約内容確定のための判断基準を明らかにすることであり、抽象的には明文化されてよいところとは思われる。
  2. ⅱ  しかしながら、法制審の議論を改めて検討して見ると、契約の解釈にかかる提案の内容が、必ずしも正しく理解されておらず、誤解をもって批判されていたのではないかと残念でならない。
     契約の解釈において議論の対象となった3つのルールについては、法制審で最初に契約の解釈にかかる具体的なルールが最初に議論された部会資料49や中間試案の補足説明における説明では、それなりに合理的であると理解できるものの、冒頭のゴチックの検討事項や中間試案そのもののみでは、一読では必ずしもその通りに理解できず、誤解のないように表現しきれていなかったように思われた。
     そこでは、そもそも、契約の解釈が多義的であり、論者によって、議論の対象が異なっており、議論がかみ合っていなかったようにも思われた。
     担当官においても相当苦労されていたところとは思料するものの、なお、誤解なく簡潔・明確に、提案すべき内容を表現できていればと思われる。
  3. ⅲ  契約の解釈において、第1ルールおよび第2ルールにおいて問題となる場面は、以下のように分けられるように思われる。

    1. ① 意思表示の外形がBであるのに、当事者の共通の理解がAである場合
    2. ② 意思表示の外形がAであり、当事者の共通の理解がAである場合
    3. ③ 意思表示の外形がAであるが、当事者の共通の理解がAではない場合
    4. (これには、③a当事者の一方はAと理解しているが、他方はBと理解している場合、③b当事者の一方はBと理解した、他方はCと理解している場合がある[なお、③当事者双方がBと理解している場合は、①の場合そのものであるので③には含めない])
  4.   これらが、それぞれ、契約の成否にかかわる場合と、契約が成立している前提で、なお、合意の内容を確定する必要がある場合がある。
  5. ⅳ  第1ルールおよび①について
  6.    ①については、例えば、2番の土地を売買するつもりであったのに、契約書上1番の土地と記載してしまった場合は、契約の成立に関わり、2番の土地について、契約が成立することは、異論がない。
     また、契約書上2番の土地と書いており、売買代金についても一致しているが、支払い条件や約定解除事由等について、契約書にはPと書かれているのに、当事者がQと理解している場合は、かかる約定は契約書の表示に関わらず、Qと解釈される。これも、第1ルールの対象であることは異論ないところと思われる。
     かかる判断においては、実務的には、最初から当事者間において内心の共通する理解があるかのみを判断するのではなく、常に当事者間の意思表示に共通する外形があるかの判断が先行するか、あるいはそれと同時に、当事者間の内心に共通理解があるかが判断され、それがない場合に、かかる第1ルールが適用されるという、思考順序となる。
  7. ⅴ  ②について
  8.    第1ルールと第2ルールの関係があいまいであるとの指摘はあるが、②の場合が、そのあいまいさの原因の一つではないかと思われる。
     ②は当然のことであるが、第1ルールからは、内心の共通の理解のAがあるからこそ、Aに従って解釈するというのが、論理的な理解であろう。しかしながら、実務的には、意思表示の外形がAであるか、そのとき、意思表示の内心の理解が双方にAであるのか、の特定自体が困難な場合がある。こうした、意思表示の外形がAであるか、意思表示の内心が当事者双方においてAであるかは、事実認定の問題であり、Aであると認定できれば、Aとして合意としての法的拘束力が生じる。事実認定はこうした契約における、意思の特定内容の有無の判断において、契約の解釈と不即不離の関係にあることとなる。
     黙示の合意の内容を探求する場合は、一見は、そもそも意思表示の外形や内心があるかどうか、Aであるかもわからないが、なお、意思表示の外形がAであるか、意思表示の内心が当事者双方においてAであるかを判断しようとするものといえる。また、かかる場合には、意思表示の外形がAであるかと、意思表示の内心が当事者双方においてAであるかを、分離して考えることは、実際上考えにくいといえるかもしれない。
     こうした判断を経て、事実認定において、意思表示の外形がAであり、意思表示の内心が当事者双方においてAであると認定されれば、ようやく②の範疇に入ることになる。
  9. ⅵ  第2ルールおよび③について
  10.    これに対して、意思表示の外形がAと判定された後、意思表示の内心において当事者の一方はAであっても、他方がBと判定されると③aの範疇、当事者の一方はB、他方はCである場合には、③bの範疇であるとようやく判断される。
     ③aの場合は、意思表示における内心がBである当事者にとっては、契約における法律行為たる意思表示の有効要件の問題となり、事案に応じて錯誤のほか、心裡留保、詐欺等を主張することが考えられる。
     ただし、これらについては、条文の要件が必要であるから、かかる要件に該当しない場合がありうる。すなわち当事者の他方においては意思表示の内心はBであるが、意思表示の外形がAと判定され、さらに、錯誤などの意思表示の有効要件を欠くことによる無効・取消を主張できない場合に、なお、意思表示の外形であるAに拘束されるのか、という問題は生じる。かかる場合が、第2ルールの典型的な場合ということができるように思われる。
     もとより、かかる作業は、契約の成立に関わる場面でも問題になるが、契約が成立している前提で、契約における付款となる合意の有無においても問題になりうる。
     成立した契約についての付款について、例えば契約書上明記されていないが、黙示の合意が認定できるような場面は、③の場面というより②の範疇に入るのが通常のように思われる。黙示の合意が認定できるのであるから、共通の理解がないとか、合意がないとかいう必要もないように思われる。その意味において、「共通の理解がない」ことを、どの程度のレベルのものととらえるかによって、②と③の場面の適用範囲も異なってくることになる。
     
  11. ⅶ  第3ルール(補充的解釈)について
  12.    補充的解釈は、契約が成立し、合意について探求した後にも、なお、当該付款について合意がないことが明確である場合に、なお、さらに、合意を補充するための契約の解釈の問題と位置付けることができる。
     ただ、この作業においても、「合意がない」ことをどの程度のレベルのものととらえるかの問題はあり、その点において黙示の合意の認定との区別や、②・③との区別があいまいであるとの指摘はありうる。
     これは、アプローチの違いかもしれないし、事案に応じて、黙示の合意の認定とする方が座りがよい場合と、補充的解釈と説明する方がよい場合とがあるのかもしれない。
     例えば、ゴルフ場の規約に相続に関する条項がなかった場合が、会員権は相続できるという黙示の合意があったとまで言えるのかである。黙示の合意があったとすることも可能ではあろうが、そこでなされる具体的な、判断の内容は黙示の合意の判断と補充的解釈の規定による判断でどのように異なるのか、また、補充的解釈の規定があると黙示の合意の判断に支障が生じるのか等の問題もあるように思われる。
     
  13. ⅷ  明文化に向けて

    1. ⅰ) 契約の解釈について、少なくとも第1ルールおよび第2ルールの明文化と考えるとすると、まずは、上記の①②③の切り分けを意識した条文化を検討するとの視点はありうると思われる。
    2. ⅱ) その際、①②③の場面においては、いずれにしても、まず意思表示の外形がAであるかの判断が先行し、その場合に、共通の意思がBであれば①に振り分けられ、Aであれば②に振り分けられ、共通の意思がなければ③に振り分けられるところである。
       この点は、法制審の補足説明にもある通り、第1ルールにおける当事者の共通の理解がある場合の第1ルールにおいても、また共通の理解がない場合とする第2ルールにおいても、内心の共通の理解の有無の判断の前提として、意思表示の外形についても判断を経ている。
       とすれば、第1ルールや第2ルールの具体的な規定の検討に当たっては、意思表示の外形にも配慮した条文とするとの視点もありうると思われる。
    3. ⅲ) そうした点を意識するとすれば、第1ルールは、まずは、①の場面だけを切り出して、「契約における表示の内容と異なる内容で当事者の内心の意思が合致している場合には、その内心の意思の内容にしたがって、契約を解釈する(契約が成立したものとする)」ことも考えられる。
       このように規定すれば、②について書かれていなくても、その場面では共通の意思に従って解釈されることや、その前提として、意思表示の外形がAであるかの判定が先行することは、そこに当然含意されると条文解釈できるのではないかと思われる。
    4. ⅳ) さらには、第2ルールにおいても、③の場面だけを切り出して規定し、「当事者間に共通する意思表示の外形があるが、当事者間にこれに沿った共通の理解がない場合であって、錯誤などの抗弁が成立しない場合において、当該契約がどのような拘束力を持つかは、諸々の事情を考慮して、当該当事者が合理的に考えれば理解したであろうと認められる意味に従って解釈する当事者基準で判断する」旨を明文化することも考えられる。
    5. ⅴ) また、上記の①に関するルールに加えて②を想定して、一般的な実務的な契約解釈に配慮した契約の解釈に関する基準を明文化することも考えられるところである。
       これについては、改正民法における複数の条文で使用されている「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念」の契約成立や契約内容の付款等にかかる解釈基準を示すことになるかもしれない。また、それは、②の第2ルールも包含するものとなる可能性もありうるように思われる。
    6. ⅵ) 第3ルールの補充的解釈については、法制審でも明文化は不要であるとの意見も多かったところである。第3ルールは、②にかかる黙示の合意の認定や第2ルールとの関係も必ずしも明確ではないとは言えるところではあるが、こうした点の切り分けができれば、筆者としては将来においては明文化が検討されてよいところと考える。
    7. ⅶ) 契約の解釈は、将来の債権法改正における重要な論点の一つとなると思われるから、契約の解釈に関するさらなる議論が期待される。

 以上



[18] 門口・前掲注10 18頁以下。

[19] 潮見・前掲注12 27頁。

 


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(はやし・くにひこ)

弁護士(大阪弁護士会)、New York州弁護士、大阪学院大学法学部及び法学研究科准教授
大阪大学法学部卒業後、ウィスコンシン大学ロースクール卒業(M.L.I.)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)、大阪大学法学研究科後期課程修了(単位取得)を経て、現在は林邦彦法律事務所代表。日弁連信託センター副センター長、元法制審議会信託法部会(公益信託法)幹事などを歴任する。
取扱分野は、一般民事、民事訴訟、会社法・社外取締役、信託(民事信託等)、交通事故、行政、債権回収、倒産、渉外等。

主な著書・論文
大阪弁護士会民法改正検討特別委員会編『実務解説 民法改正』(民事法研究会、2017)(共著)
日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法』(弘文堂、2017)(共著)
大阪弁護士会司法委員会信託法部会会編『弁護士が答える民事信託Q&A100』(日本加除出版、2019)(共著)
「信託口口座に対する差押え――実務上の課題を踏まえて」信託フォーラム13号(2020)69頁
「『信託口口座開設等に関するガイドライン』の解説」NBL1183号(2020)38頁

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