債権法改正後の民法の未来 28
不実表示・相手方により生じた動機の錯誤(4)
久保井総合法律事務所
弁護士 上 田 純
5 今後の参考になる議論
(六) 要件及び効果
(1) 立法提案
ⅰ 民法(債権法)改正検討委員会案[1]
【1.5.15】(不実表示)
<1> 相手方に対する意思表示について、表意者の意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべき事項につき相手方が事実と異なることを表示したために表意者がその事実を誤って認識し、それによって意思表示をした場合は、その意思表示は取り消すことができる。
<2> 相手方に対する意思表示について、表意者の意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべき事項につき第三者が事実と異なることを表示したために表意者がその事実を誤って認識し、それによって意思表示をした場合は、次のいずれかに該当するときに限り、その意思表示は取り消すことができる。
<ア> 当該第三者が相手方の代理人その他その行為につき相手方が責任を負うべき者であるとき。
<イ> 表意者が意思表示をする際に、当該第三者が表意者に事実と異なることを表示したことを相手方が知っていたとき、又は、知ることができたとき。
<3> <1><2>による意思表示の取消しは、善意無過失の第三者に対抗することができない。
- * 消費者契約法4条2項に該当する場合(不利益事実の不告知)は、ここでいう「不実表示」に当たり、この提案(【1.5.15】)により取消しが認められるが、その旨を明示的に確認しておく方が望ましいという考え方もある。
ⅱ 民法改正研究会案[2]
56条(不実表示及び情報の不提供)
① 相手方が提供した事実と異なる情報に基づき意思表示をした者は,それに基づく法律行為を取り消すことができる。ただし,提供された情報が事実であるか否かが,通常であればその種の法律行為をする者の意思決定に重大な影響を及ぼすものでないときは,この限りでない。
② 故意に,信義誠実の原則に反して提供すべきである情報を提供せず,又はなすべき説明をせず,それにより相手方に意思表示をさせたときは,前項の不実表示があったものとみなす。
(2) 法制審議会
ⅰ 中間論点整理[3]
-
ア 不実告知型
契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項に関して誤った事実を告げられたことによって表意者が事実を誤認し,誤認に基づいて意思表示をした場合には,表意者は意思表示を取り消すことができるという考え方 -
イ 不利益事実不告知型
表意者の相手方が表意者にとって有利な事実を告げながら,これと表裏一体の関係にある不利益な事実を告げなかったために表意者がそのような事実が存在しないと誤認し,誤認に基づいて意思表示をした場合(誤った事実を告知されたことに基づいて意思表示をした場合と併せて不実表示と呼ぶ考え方がある。)には,表意者は意思表示を取り消すことができるという考え方
ⅱ 第32回【甲案】[4]
一定の事実について,相手方が事実と異なることを表示したために表意者が表示された内容が事実であると誤認し,それによって意思表示をした場合は,その意思表示を取り消すことができる旨の規定を設けるものとする。
具体的な要件については,不実表示が問題になる事実の範囲,不実の表示をしたことについての帰責事由の要否,相手方の表示に対する表意者の信頼の正当性の要否などについて,更に検討する。
ⅲ 中間試案[5]
民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
- ⑴ 意思表示に錯誤があった場合において,表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
-
⑵ 目的物の性質,状態その他の意思表示の前提となる事項に錯誤があり,かつ,次のいずれかに該当する場合において,当該錯誤がなければ表意者はその意思表示をせず,かつ,通常人であってもその意思表示をしなかったであろうと認められるときは,表意者は,その意思表示を取り消すことができるものとする。
- ア 意思表示の前提となる当該事項に関する表意者の認識が法律行為の内容になっているとき。
- イ 表意者の錯誤が,相手方が事実と異なることを表示したために生じたものであるとき。
-
⑶ 上記⑴又は⑵の意思表示をしたことについて表意者に重大な過失があった場合には,次のいずれかに該当するときを除き,上記⑴又は⑵による意思表示の取消しをすることができないものとする。
- ア 相手方が,表意者が上記⑴又は⑵の意思表示をしたことを知り,又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
- イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
- ⑷ 上記⑴又は⑵による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができないものとする。
ⅳ 第76回[6]
表意者の錯誤が、相手方が事実と異なることを表示したために生じたものである場合には、それが法律行為の内容になっていないときであっても民法第95条の錯誤として顧慮される旨の規定を設けるという考え方があるが、このような規定の要否、具体的な要件の内容等について、どのように考えるか。
ⅴ 第86回[7]
動機の錯誤に関して次のような規定を新たに設けるものとする。
意思表示の動機に錯誤があり、かつ、次のいずれかに該当する場合において、その錯誤がなかったとすれば表意者はその意思表示をせず、かつ、それが取引通念上相当と認められるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる
- ⑴ 動機が法律行為の内容になっているとき。
- ⑵ 動機の錯誤が相手方によって惹起されたとき。【P】
ⅵ 第90回【甲案】[8]
民法第95条の規律を次のように改めるものとする。
- 1 意思表示に錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。
-
2 ある事項の存否又はその内容について錯誤があり、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしていなかった場合において、次のいずれかに該当し、その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは、表意者は、その意思表示を取り消すことができる。
- ア 表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又はその内容に係らしめる意思を表示していたこと。
- イ 相手方の行為によって当該事項の存否又はその内容について錯誤が生じたこと。
-
3 1又は2の錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、表意者は、次のいずれかに該当するときを除き、1又は2による意思表示の取消しをすることができない。
- ア 相手方が、1又は2の錯誤があることを知り、又は知らなかったことについて重大な過失があるとき。
- イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
- 4 1又は2による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
(七) 諸外国の立法例等
明文化やその要件・効果等の検討にあたり,諸外国の立法例や立法草案等が紹介された[9]。
(1) オランダ民法第6編228条
-
(1) 錯誤の影響の下で成立し、かつ正しい認識の下であればその行為が締結されなかったであろう契約については、取り消すことができる。
- (a) 錯誤が相手方からの情報によるものであるとき。ただし、その情報がなかったとしても契約が締結されただろうと相手方が想定できた場合を除く。
- (b) 相手方が錯誤について知りまた知るべきことに関して錯誤者に知らせなければならなかったとき。
- (c) 相手方が契約の締結に際して錯誤者と同一の誤った前提を有していたとき。ただし、その行為に関して正しい前提を有していたときでも、それによって錯誤者が契約の締結を思いとどまったであろうことを知る必要がなかった場合を除く。
- (2) 錯誤がもっぱら将来の事情のみに関するとき、または契約の性質、取引通念、ならびに当該事案の状況に照らして錯誤者がその錯誤について責任を負うべきときは、その錯誤によっては取消しは基礎付けられない。
(2) アメリカ契約法第2次リステイトメント164条
いかなる場合に不実表示によって契約を取消すことができるか。
- ① 当事者の一方による同意の表示が、相手方による詐欺的または重大な不実表示によって誘引され、かつその表示を受領者が信頼するのが正当であった場合、その受領者は契約を取り消すことができる。
- ② 当事者の一方による同意の表示が、当事者ではない者による詐欺的または重大な不実表示によって誘引され、かつその表示を受領者が信頼するのが正当であった場合、その受領者は契約を取り消すことができる。ただし、取引の相手方が、善意(in good faith)かつ不実表示について知りうべきでない状態で(without reason to know)、対価(value)を与えまたは当該取引を著しく信頼した場合は、この限りでない。
(八) 大阪弁護士会における検討状況
大阪弁護士は、当初から、立法化・明文化に賛成の立場であった。
そのような立場から、賛成意見を発信し続けた。
具体的には、民法(債権法)改正検討委員会案が公表された段階では、不実表示の取消規定が民法上一般ルール化されることを前提に、事業者から消費者への取消権の行使(逆適用)について制限すべきことや、消費者契約法の立法趣旨を民法に盛り込むべきことを主張していた[10]。
法制審議会の議論が始まった後は、不実表示の取消規定に対する反対意見も意識して、明文化の賛成意見を強く主張すると共に、取消の適用対象要件の検討や逆適用への対応、表明保証実務への影響、第三者による不実告知の要件、第三者保護要件について検討し、意見を述べた[11]。
また、中間的論点整理に対しても、不実表示取消規定の明文化を強く主張し、引き続き取消の適用対象要件や表明保証実務への影響、逆適用の問題等について意見を述べた[12]。
その後、動機の錯誤の一類型として提案された中間試案に対しても、反対意見の論拠の一つである表明保証実務への影響につき反論し、相手方惹起型の動機の錯誤として明文化を強く主張すると共に、第三者による場合について条文骨子案を提示して意見を述べた[13]。
さらに、第3ステージにおいても,明文化賛成意見を発信した[14]。
[1] 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ』(商事法務、2009)124頁
[2] 民法改正研究会編『民法改正 国民・法曹・学界有志案』(日本評論社、2009)125頁
[3] 中間論点整理補足説明231頁
[4] 部会資料29・7頁
[5] 中間試案補足説明13頁
[6] 部会資料66B・3頁
[7] 部会資料76A・2頁
[8] 部会資料79B・1頁
[9] 部会資料12-2・60頁
[10] 大阪弁護士会「実務家からみた民法改正―『債権法改正の基本方針』に対する意見書」別冊NBL131号(2009)22頁以下
[11] 大阪弁護士会編『民法(債権法)改正の論点と実務〈上〉』(商事法務、2011)755頁以下
[12]大阪弁護士会「『民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理』に対する意見書」(2011年7月28日)275頁以下
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/05/iken110728.pdf
[13]大阪弁護士会「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に関するパブリックコメントに対する意見書」(2013年5月31日)16頁以下
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/05/2013_51aef1557ae66_0.pdf
[14] 大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志「部会資料76ABに関する提案」(2014年3月18日)12頁
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/05/000121600.pdf