◇SH1846◇債権法改正後の民法の未来29 不実表示・相手方により生じた動機の錯誤(5・完) 上田 純(2018/05/18)

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債権法改正後の民法の未来 29
不実表示・相手方により生じた動機の錯誤(5・完)

久保井総合法律事務所

弁護士 上 田   純

 

6 所感

 本提案については、前述のとおり、当初の消費者契約法4条の取消権(不実告知、不利益事実の不告知)の一般法化という提案から、途中で大きく方針転換され、動機の錯誤の一類型として再提案されたことが特徴的である。

 消費者契約法4条の取消権の一般法化は、消費者契約(消費者・事業者間の契約)において消費者だけに民法の取消権(無効理由)より緩やかに認められる取消権が、新たに民法対象領域―事業者間や労働契約・消費者契約(逆適用)など―においても認められることになると捉えられ、現在の事業者間契約や労働契約などに不当な影響を及ぼすとして、強い反発を受けることになった。事業者側の反発はある程度予想されていた可能性はあるが、逆適用の問題により消費者や労働者側からも反発を受けることは想定外だったと思われる。

 その後、第2ステージの途中で考え方を転換し、消費者契約法4条の取消権の一般法化ではなく、民法95条の解釈で認められる動機の錯誤の一類型として、相手方が引き起こした動機の錯誤はその動機の表示・内容化要件を満たさなくても、他の錯誤の要件を満たせば錯誤取消しの対象となるとの提案がなされるに至った。

 この動機の錯誤の一類型としての提案については、従来の裁判例からも十分導けるものであり、現行民法における解釈運用の実務の延長線上にある(裁判例から導ける解釈法理の明文化に過ぎない)という点が強調された。

 また、動機の錯誤の一類型として位置付けられたため、要素の錯誤の要件、表意者の無重過失要件も必要となり、消費者契約法4条の取消権と同様に緩やかに認められるとはいえず、従来の民法上の無効・取消事由にかなり近づいたと考えられ、消費者契約法4条の取消権の一般法化の提案に比べると、逆適用の問題などについて批判は相当弱まった。

 しかしながら、元々消費者契約法4条の取消権の一般法化から出発していたこともあり、特に表明保証の実務への影響の問題について、経済界からの警戒感・懸念が払拭できず、最終的に、立法化の方向での意見の一致を見ることができず、本提案は第3ステージにおいて、論点から落ちることになった。

 その際、明文化されないとしても、従来の裁判例では、相手方が表意者の錯誤を惹起した場合には、そのことを動機の表示・内容化要件において考慮して判断されているところ、改正法で従来の判例法理を否定するものではなく、動機の錯誤の要件の解釈として対応可能であるとの意見も出された。

 そこで、今後は、原告側において、従来の相手方惹起型の動機の錯誤の裁判例を踏まえて、新たな動機の錯誤の明文規定(95条1項2号、2項)の解釈として、相手方惹起型を動機の錯誤の一類型として位置付け、錯誤取消しの主張をしていき、被告側がこれを争う中で、裁判例の集積がなされ、新たな判例法理が確立されていくことが期待される。

 

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