マレーシア:仲裁法の改正
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
2018年5月8日、マレーシアにおいて改正仲裁法が施行された。マレーシアは、2005年時点において既にUNCITRALモデル法(1985年版)に準拠する形での仲裁法の改正を行っていたが、今般は、これを更に一歩推し進め、最新のUNCITRALモデル法(2006年版)に極力準拠する形での改正が行われた。
改正の中で特に目を引くのが、仲裁廷による「暫定措置」(Interim Measure)の規定の大幅な改定である。従来の2005年仲裁法のもとにおいては、暫定措置を命じる権限は基本的に裁判所に留保されており、仲裁廷が下すことができる暫定措置はそれに比して制限的なものであった。また、実務上も暫定措置の申立は仲裁廷よりも裁判所に対して行われるのが一般的であった。これに対して、改正法は、2006年モデル法で採用されている仲裁廷による暫定措置のスキーム(20日という短期間の効力ではあるものの、一方審尋のみで仲裁廷が保全措置を下せる「一時的保全措置」(Preliminary Order)の制度を含む。)をほぼ全面的に採用し、仲裁廷の暫定措置に関する権限を大幅に拡大し、かつ仲裁廷の下す暫定措置に裁判所での執行力を付与することで、仲裁廷の権限を大きく拡大した。一方で、裁判所の権限は限定されるわけではなく、仲裁廷同様の暫定措置を並行的に下すことができるという建付となっている。
仲裁廷による暫定措置(2018年仲裁法第19条)の概要は以下の通りである。
- 1. 暫定措置の種類
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当事者間に別段の合意がない限り、仲裁廷は当事者の申立により、以下の内容の暫定措置を下すことができる。
- (ア) 紛争の解決に至るまで現状を維持又は回復すること
- (イ) 現在の若しくは切迫した危害又は仲裁手続に障害をもたらすことを防ぐための行為をとること、又はこれらを導く可能性のある行為を慎むこと
- (ウ) 紛争の解決に関連し、また解決に重要となる可能性のある証拠を保全すること
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(エ) 紛争に要する費用の担保を提供すること
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2. 暫定措置の要件
- (ア) 暫定措置が下されない場合に生じる危害が、仲裁判断に基づく損害賠償によっては十分に回復できない可能性が高く、またそれが、暫定措置が下されたときに相手方の被る危害を十分に上回る可能性が高いこと
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(イ) 申立人が実体の判断において勝訴する合理的な可能性があること
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3. 一時的保全措置
- (ア) 当事者が別段の合意をしていない限り、一方当事者は、相手方への通知を行わずに、仲裁廷に対し、暫定措置の申立と共に一時的保全措置の申立を行うことができる。
- (イ) 仲裁廷は、当該申立が事前に相手方に開示されると暫定措置の目的が損なわれる危険があると認める場合には、相手方への通知なしに一時的保全措置を認めることができる。
- (ウ) 一時的保全措置を認める要件は暫定措置の要件と同様。
- (エ) 仲裁廷が一時的保全措置についての判断を行った場合、直ちに、全当事者に対して暫定措置、一時的保全措置の申立及び命令を通知しなければならず、全当事者は可能な限り最も早い段階で一時的保全措置に反論する機会を与えられる。
- (オ) 仲裁廷は、一時的保全措置に対する反論がなされた場合には直ちにそれに対する判断を下す。
- (カ) 一時的保全措置は仲裁廷がこれを交付した後20日で失効する。
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(キ) 一時的保全措置は当事者を拘束するが、裁判所における執行対象とはならない。
- 4. 担保の提供
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仲裁廷は、暫定措置の申立人に対して、適切な担保の提供を求めることができる。また、仲裁人は一時的保全措置の申立人に対しては、仲裁廷が不適当又は不必要と判断する場合を除いて、担保の提供を求めなければならない。
- 5. 損害賠償
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仲裁廷が暫定措置が下されるべきではなかったと後に判断した場合には、暫定措置の申立人は、当該暫定措置により相手方に生じた損害について責任を負う。
- 6. 執行力の付与
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仲裁廷が下した暫定措置は、拘束力あるものとして承認され、裁判所において執行されるものとする。
- 7. 暫定措置の執行拒絶事由
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裁判所は、以下の場合を除き、暫定措置の承認執行を拒絶することができない。
- (ア) 仲裁判断の執行拒絶事由を満たす場合
- (イ) 仲裁廷が命じた担保の提供がなされていない場合
- (ウ) 暫定措置が終了又は停止している場合
- (エ) 暫定措置命令の内容が裁判所に認められた権能と適合しない場合(ただし、裁判所が、当該暫定措置命令について、実質的な内容を変更せず、自らの権能と手続に適合させるのに必要な範囲で再構成することを決定した場合を除く)
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なお、裁判所は、暫定措置の承認執行に際して、当該暫定措置の実質的内容を再審査してはならない。
- 8. 裁判所との関係
- 裁判所は、仲裁地がマレーシア国内にあるか国外にあるかを問わず、仲裁廷と同様の暫定措置を下す権能を有する。ただし、裁判所に対して、暫定措置が申し立てられた場合に、既に仲裁廷によって判断された事項が存在する場合には、裁判所は当該仲裁廷の判断を最終的なものとして扱わなければならない。
以上の内容は、2006年モデル法の規定をほぼ踏襲するものであるが、ここまで詳細な暫定措置に関する法制を有する国は未だ多くはない。特に仲裁廷が一方審尋のみで保全措置を下すことを可能とする一時的保全措置を明示的に採用している主要仲裁機関の規則も見当たらず(AIACの2018年規則も、一時的保全措置に対応する内容には必ずしもなっていないように思われる。)、その意味では大胆な改正といえる。
近年、マレーシアにおいては国を挙げての仲裁振興が図られている。その一環として、本年初頭には、法改正により、マレーシアの代表的な仲裁機関である「クアラルンプール地域仲裁センター」(KLRCA)が「アジア国際仲裁センター」(Asian International Arbitration Centre, AIAC)へと野心的な名称変更を行った。
しかし、国を挙げての振興策にもかかわらず、これまでのところマレーシアにおける仲裁が非常に活発という状況には必ずしもないように思われる。AIACの2016年の年次報告によると、2016年に提起された仲裁案件は62件であるが、これはSIACの2017年の実績(452件)に大きく見劣りする。また、そのうち55件が国内仲裁であり、国際仲裁はわずか7件に過ぎない(他方で、2012年に制定された建設業界支払保全法に基づく裁定手続(Adjudication)の申立は非常に盛んなようであり(2016年には447件、2017年には704件の申立)、AIACは国内建設関連紛争に関しては大きなプレゼンスを示しつつある。)。
今後、AIACが、その名称が示すとおりアジアにおける国際仲裁のハブとなるべく、新たな仲裁法のもとで、SIACやHKIACといったアジア諸国の仲裁機関といかに伍していくことになるのかが注目される。