実学・企業法務(第142回)
法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅲ〕自動車
1. 商品・業界の特徴
(1) 自動車は、基本的に同じ構造(車輪、座席、操作、動力源、荷台等)と機能(人・貨物の移動、作業性)を持つ商品である。ただし、ハンドルの右左は、国によって異なる。
- ・ 複数の製品の性能を比較し易い。
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(例1)同一コースでスピード・耐久性を争う競技を開催することが可能。
F1(モナコグランプリ他)、インディ500、ル・マン24時間レース、ダカールラリー他 -
(例2)安全基準、環境基準等の適合・不適合を客観的に判断し易い。
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・ 利用目的に応じて形状・特性を変え、特定の機能を装備できる。
普通乗用車、トラック、ダンプカー、トレーラー、フォークリフト、消防車、救急車、保冷車
※ 特殊用途では、車輪に代えてキャタピラを用いる。(ブルドーザー、ショベルカー等)
(2) 自動車には、多くの長所がある。
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・ 利用者に利便性・経済性を提供する。
人・物の移動・搬送 -
・ 搭乗者(運転者を含む)に爽快感・達成感・充実感を与える。
(3) 自動車には、短所も多い。
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・ 大きく、重く(普通乗用車は約1t)、高速走行することが多いので事故の危険がある。
事故の原因になる(交通事故、操車ミスによる事故等)
(注) このため、車幅、車高、ハンドル性能、ブレーキ性能、方向指示機能等の規制が多い。 -
・ 人の社会生活や地球環境に害を与える。
天然資源をエネルギー源として消費する。
公害、環境の汚染・破壊の原因になる。
大気汚染、騒音、振動、廃棄物問題、地球温暖化等
(4) 自動車は、長所が短所よりはるかに大きいので、短所を最小にして利用する。
- ・ 各種のインフラを整備(道路、標識、信号他)
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・ 各種の法制度を構築(速度規制、排ガス規制、交通事故発生を前提に強制保険を導入他)
(5) 自動車産業は巨大で裾野が広く、どの国でも基幹産業とされる。
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・ 雇用吸収力(失業問題と関係)、貿易額(為替レート・外貨準備高に影響)が大きい。
日本市場(年間)は、新車500~600万台、中古車300~400万台[1]
自動車の輸出・輸入をめぐって、しばしば国家間で深刻な貿易摩擦が発生する。 -
・ 1台の完成車は2~3万個の部品で組み立てられ、完成車メーカーを頂点にするピラミッド型の産業が形成される。
〔日本の自動車関連産業と就業人口の概要〕
自動車関連業界の就業人口は、全国の1割弱を占める。
概要は次の通り。(注) 各部門の詳細は後出「4.自動車産業は、広範で大規模な総合産業」に記す。
自動車関連就業人口[2] 534万人(全国比8.3%)
製造部門81.4万人、利用部門269.4万人、関連部門34.9万人、資材部門45.6万人、
販売・整備部門103.1万人
〔日本の自動車の生産金額〕[3] 2016年
自動車合計 20兆1,012億円
内訳① 四輪自動車合計 19兆3,901億
- うち、乗用車[4]16兆414億円(普通12兆3,216億、小型2兆4,389億、軽1兆2,809億)、トラックシャシー完成車含む2兆8,765億円、バスシャシ―完成車含む4,721億円
内訳② 特殊自動車・トレーラ740億
内訳③ 二輪自動車(スクータ含む)3,140億
内訳④ 車体3,231億
〔日本の自動車の輸出額〕[5](FOB価格) 2016年
自動車合計 15兆1,175億円(前年比95.1%)
内訳 ①四輪車11兆3,329億、②部品・附属品3兆4,617億、③二輪車・部品 3,229億
(参考) 日本の輸出総額 70兆358億円(前年比92.6%)
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・ 大量の資源を消費するので、その供給量・価格等をめぐって国際問題が発生する。
〔金 属〕 鉄、アルミ、レアメタル
〔石油関連〕ガソリン、プラスチック、その他の化学製品 -
・ 自動車産業は金額規模が大きいので担税力があり、各種の租税の対象になる。
(日本の例)
自動車取得税、自動車税、軽自動車税、自動車重量税、ガソリン税[6]、軽油取引税等
エコカー減税制度
(6) 自動車ビジネスの特徴
1) 販売
・ 日本で商品の広告宣伝を行うときは、景品表示法、自動車公正競争規約[7]を遵守する。
・ 販売チャンネル構築では、ブランドが大きな役割を果たす[8]。
・ 営業活動の評価では、一般に、新車登録台数が重視される。
2) 研究、開発、設計
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① 車の高度な安全性を確保する。(特に、設計段階が重要)
厳しい条件下でも使用可能な製品を開発・設計するには、長時間を要す。
軽量化、強度、制動性、耐久性(水、湿、乾、熱、寒、摩擦、衝撃・衝突、経時劣化等)、振動、騒音、空気抵抗、駆動系電子システム、通信システム
(注) 求められる基準の水準は、国によって若干異なる。 - ② 簡単に生産できる設計にする。そのために、設計段階で技術と製造が十分にすり合わせを行う。
- ③ 信頼性の高い部品を採用する。使用部品を標準化して共通部品を採用すればコストダウンできるが、その部品に不具合が生じると大量リコールを行うことになる可能性がある。
- ④ 機種変更には多額の投資が必要であり、「フルモデルチェンジ」と「マイナーチェンジ」を組み合わせて中長期の車種戦略(モデル・チェンジ)と経営計画を策定する。
- ⑤ 近未来の自動車産業の構造に大きな影響を与える開発・事業化の競争が激しい。
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(ⅰ) 自動車エネルギーとその利用方法に関する開発・事業化
19世紀末は、電気、蒸気、ガソリンの競争だった。
20世紀中は、ガソリン、軽油(ディーゼル)、LPガス。
(注) LPガス車は低コスト・少有害排ガスであり、日本のタクシー・トラックの大半が採用していた。
20世紀末に、ハイブリッド・カー(動力源がガソリンエンジンと電気モーターの2種)が登場。
21世紀初頭は、電源(リチウム・イオン電池、全個体電池、燃料電池等)の開発競争が進行中。
(注) いずれも、電気モーター駆動の電気自動車である。 -
(ⅱ) 交通事故ゼロや渋滞ゼロを目指す「自動運転システム」の開発
各種のセンサーを用いて対象物や自らの位置を認識し、適切に判断・運転・停止する技術
(注) 人工衛星の信号を利用して自らの位置を高精度で認識することも可能
車が道路や他の車と交信し、そこから得た情報を運転・運行に利用する技術 -
(ⅲ) ドローンで、現在、自動車が社会で果たしている機能の一部を代替する試み
軽量貨物・郵便物等の宅配、過疎地・郊外の貨物配達、特定の対象の監視・調査・追跡 等
3) 生産
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① 安全性の確認が重要な部品については、採用の可否を判断するために、長期間かつ厳重な試験を行う。
このため、自動車メーカーの傘下に、長期取引に基づく信頼関係を有する部品メーカーが集まって、緩やかな企業グループ(集団)が形成される。 -
② 各社がグローバルに最適な生産拠点を構築している。
(理由)
・ グローバル・サプライチェーン構築の成否が、市場競争力に影響する。
・ 市場となる国の政策の影響を受けることが多い。
輸入関税率、原産地規則、アンチダンピング、移転価格、環境規制等 -
③ 自動車産業は規模・雇用吸収力が大きいので、各国の重要産業であり、輸出入規制が頻発する。
このため、自動車メーカーは、できるだけ消費地における最終組立工場の建設を指向する。 -
④ 効率的な生産管理方法の研究が盛ん。
1台当たり約2~3万点の部品を用いるため、生産管理・在庫管理の巧拙が利益・資金に大きく影響する。
ライン生産方式、セル生産方式、U字ライン、かんばん方式 等
4) 他社との提携
自動車業界は、産業分野が多岐にわたり、競争が激しく、投資額が大きいため、他者との提携が盛んに行われる。
5) 法務部門の特徴
自動車メーカーの法務部門は、一般的に、全従業員に占める人数ウェイトが極めて小さい。
法務部門の業務は、他業種に比べ、PL訴訟・リコール・顧客クレーム対応等の業務ウェイトが大きい。
- (注) 通商・渉外案件や技術・環境の基準等に関しては、国際部門・開発部門等が詳しい。
[1] 日本自動車販売協会連合会資料
[2] 日本自動車工業会HP資料より。総務省「労働力調査(平成28年平均)」、経済産業省「平成26年工業統計表」「平成26年延長産業連関表」等による。
[3] 経済産業省「平成28年(2016年)生産動態統計年報 機械統計編」
[4] 気筒容積:普通2,000ml超、小型2,000~660ml超、軽660ml以下
[5] 財務省「外国貿易概況(平成28年)」 四輪車には、乗用車・トラック・バス・シャシーを含む。
[6] 揮発油税と地方道路税の総称で、ガソリン取引数量について課税する。
[7] 景品表示法31条に基づき、消費者庁長官・公正取引委員会の認定を受けて、自動車公正取引協議会が制定。
[8] トヨタ自動車(日本)は、①取扱車種の異なる4チャンネル(トヨタ店、トヨペット店、カローラ店、ネッツ店)と、②高級車チャンネル(レクサス)を展開している。世界の高級ブランド・イメージづくりの例:LEXUS(トヨタ)、Acura(ホンダ)、INFINITI(日産)、Cadilac(GM)、Lincoln(Ford)、Rolls-Royce