弁護士の就職と転職Q&A
Q22「なぜ弁護士が税理士・会計士と連携するのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
かつては、「弁護士は、士業の王様であり、他士業の軍門に下るのはプライドが許さない」という発想が強くありました。しかし、企業法務の業界でも寡占化が進み、若手弁護士の中には「クライアント企業を承継させてもらうために定年間際の先輩弁護士に取り入るぐらいならば、他士業と連携するほうが面白い」と考える者も現れてきました。今や、世界ビッグ4のアカウンティング・ファームのうち、3つが、そのファーム名を冠する弁護士法人を日本にも設立しています。今回は、そのようなアカウンティング・ファームとの連携の意味を推察してみたいと思います。
1 問題の所在
日本で初めてアカウンティング・ファームのブランドを冠する法律事務所が現実に設立されたのは、2013年のことですが、過去にも、アカウンティング・ファームから法律事務所側への買収アプローチは続けられてきました。それが実現に至らなかったのは、アカウンティング・ファームから声をかけられるような優良事務所にとっては、アカウンティング・ファームの系列に属することによるメリットよりも、デメリットのほうが大きいという判断が大きかったものと思われます。
デメリットとして、最もイメージしやすいのは、「監査法人とグループになった場合には、監査先企業を相手方とする紛争を代理することにコンフリクトが生じる」という問題です。現実に監査を担当していなくとも、潜在的には、クライアントとなる可能性があるならば、上場企業vs上場企業の紛争案件は原則として受けることができなくなってしまいます。「訴訟」「紛争解決」を仕事の幹に据えている弁護士にとっては受け入れがたい不自由であったことが推察されます。
また、米国では、エンロン事件以降、「監査」と「アドバイザリー」の分離が徹底されています。そのため、米国で監査を担当している企業に対しては、グループを含めてアドバイザリー業務を引き受けることができない、という制約が生じます。これは、すでに、上場企業グループを顧問に抱えている弁護士にとっては受任できない制約だったものと思われます。
ただ、「訴訟を専門としない」かつ「特に定まった上場企業クライアントを保持していない」という若手弁護士にとっては、これら制約は大きなデメリットにはなりません。それでは、税理士・会計士と連携することで、どのようなメリットがありうるのでしょうか。
2 対応指針
アカウンティング・ファームとの連携で生まれるシナジーの典型例には、①税務調査・税務訴訟対応、②M&A、③人事労務、が考えられます。企業は、これら案件について、法律事務所よりも先に、税理士・会計士に相談するために、税理士・会計士と連携する弁護士は、外部弁護士に先立って案件に関与するチャンスが与えられます。しかし、企業も、ケースバイケースで最適の法律事務所を選ぶことを望むために、法律事務所としては、企業のニーズに応えられるだけのマンパワー・ノウハウ・専門性・料金設定等を備えていなければ、他事務所とのビューティーコンテストに勝ち残ることはできません。
3 解説
(1) 税務調査・税務訴訟対応
税務訴訟は、弁護士にとって最も専門性が高いと言われる業務分野のひとつです。大手法律事務所のタックスロイヤーが著名ですが、それでも、多くの企業は、税務当局と友好的な関係を維持する動機付けが働くために、案件の数自体が限定的です。
この点、税理士法人と連携すれば、税務当局による調査段階から案件に関わることができるために、「これは勝てるはずだから争う」とか「これは勝ち目が薄いので妥協しよう」というコンサル業務からノウハウを蓄積することも可能です。また、調査を担当する税理士法人としても、税務訴訟になって自分の手を離れて外部弁護士に対応を任せなければならないよりも、系列の弁護士と継続的に情報交換できる関係を維持できるのに安心感を抱くことが予想されます
訴訟案件といっても、相手方は民間企業ではありませんので、コンフリクトの問題も発生しません。これらを考慮すれば、優秀な弁護士を確保できるならば、税務訴訟の分野におけるアカウンティング・ファーム系の事務所の存在感は、今後、増してくることが予想されます。
(2) M&A
M&Aも、①外国企業によるインバウンド案件、②国内企業によるアウトバウンド案件、又は、③国内企業による地方を含めた中小規模の買収案件、については、アカウンティング・ファーム系事務所の強みが発揮されます。
アカウンティング・ファームは、米国を除けば、世界中にグローバルに系列のロー・ファームを持っているので、欧州等を中心とする系列ロー・ファームを経由して、世界中の企業から日本進出の問合せを受けられる立場にあります。
また、系列ファームの拠点は、新興国にも広がっていますので、国内企業による新興国への進出案件の足がかりとしても有用性が指摘されています。
純粋な国内案件に関しても、これまでは、リーガルカウンセルを付けずに(法務DDも経ずに)行なっていた中小規模の投資案件にも、財務DD・税務DDと法務DDをひとつのブランドの下にパッケージでサービスを提供することができれば、クライアント企業にも安心感を与えられる可能性があります(ただ、クライアントには、追加業務に見合うだけの費用負担に納得してもらう必要があります)。
注目されているのは、収益性が高い大型案件(上場企業の買収等)ですが、現時点では、まだ大手法律事務所の寡占状態を切り崩す気配は見られていません。
(3) 人事労務
伝統的には、労働事件は、倒産事件と並び、「専門性を有する弁護士業務」であり、国内市場では、老舗のブティック事務所の寡占が進んでいるため、若手弁護士には、顧客開拓が難しい分野とも言われてきました(上場企業の使用者側弁護士業務を念頭に置いています)。
他方、「労働+英語」のスキルセットを持った弁護士となると、人数は極端に減少するため(老舗の労働事務所でも対応できないことが多いため)、渉外系事務所の守備範囲に変わってきます。アカウンティング・ファーム系の事務所は、「紛争案件に取り組みにくい」という事情を抱えていますが、労働案件の相手方は個人であるために、監査先等のクライアントとのコンフリクトの問題もなく、今後は、プレイヤーとして参入してくることが予想されます。
また、世界的規模を誇る巨大ファームのメンバーとしての利点を生かす業務としては、クロスボーダーのM&Aにおいて、グローバルで統一的な人事制度を構築するアドバイス業務が考えられます。この分野では、グループ内の人事コンサルとの連携も進みそうです。
以上