債権法改正後の民法の未来 32
消費貸借における抗弁の接続(3・完)
米田総合法律事務所
弁護士 石 川 直 基
4 立法が見送られた理由
消費貸借における抗弁接続規定については、議論の過程において、規定すべき内容について意見が分かれていたこと、そもそも規定すべきではないとの意見も少なくないため、コンセンサスを得る見通しが極めて乏しいとの当局の認識から、立法が見送られた。
5 今後の参考となる議論
(1) 審議会の審議過程から見える議論の今後の展望
消費貸借における抗弁接続規定については、立法提案が見送られたが、法制審議会における審議過程は、次の点で今後の民法理論や立法に参考となると思われる。
-
① 抗弁接続規定は政策規定にとどまらない民法の一般原則との位置づけの可能性
割賦販売法の抗弁接続に関する平成2年最高裁判例は、同規定を創設規定と位置付けた。しかし、学説上、民法の基本的な原則であるとの見解も強く、法制審議会の議論でも、確認規定としての性格があることを強く示唆しているところである。もっとも、上記最高裁の解釈変更をするのは容易ではない。民法に規定を置く必要が高いといえる。 -
② 消費者契約に限定されない一般原則の可能性
抗弁接続の立法提案は、当初、消費者契約に限定し、最終提案でも甲-1案として消費者契約に限った提案を残している状況であった。しかし、抗弁接続の民法の一般原則性からすれば、供給契約と与信契約との間の一体性や、供給者と与信をした者との間の一体性に着目した規定とすべきとであって、むしろ、消費者契約に限定する理由をつけることが難しいところである。事業者、消費者を問わず、抗弁接続が認められる制度を基本とした改正議論がされることになろう。 -
③ 消費貸借以外の第三者与信契約への適用可能性
また、抗弁接続の立法提案は、当初、消費貸借の規定の見直しに基づいて検討が開始され、最終提案でも甲-1案として消費貸借に限った提案を残している状況であった。しかし、割賦販売法における抗弁接続規定が、立替払、債権譲渡、消費貸借など、契約の性質を問わないのであるから、民法に規定すべき抗弁接続規定を消費貸借に限定するのは、合理的ではない。消費貸借に限らない第三者与信を広く適用対象にする方向での議論の深化が期待される。 -
④ 要件の具体化
このように、法制審議会での議論では、抗弁接続規定を一般原則として、消費者契約に限らず、また、消費貸借契約に限らないで規定を置く方向性に合理性のあることが明らかになってきたといえる。問題は、抗弁接続の要件である。甲-1案では、供給者と与信者との合意を要求している点で、狭すぎるとの批判が強かった。この点で、甲-2案で示された要件について賛成意見が多かったが、まだ十分ではないとの意見もある。たとえば、後記 (2) の大阪弁護士会有志の意見等が参考となる。今後さらなる検討が期待される。 -
⑤ 割賦販売法(特別法)との調整の要否
法制審議会の議論の中で、民法に規定を置くことによって、割賦販売法の政策的な要請を無視してはいけないかのような意見があった。一般法の整備前に特別法の状況を検討することは当然であるが、それを超えて、一般法の法政策が、特別法によって羈束されるというのは本末転倒であろう。一般法が改正整備された場合、その一般法を前提に特別法をどう規制するかという観点で検討されるべきである。例えば、今般の民法改正で、意思表示の取消しの効果について、原状回復が原則となったことを受けて、消費者契約法がその意思表示の取消しの効果を現存利益に限るとの法改正を行っている。
(2) 大阪弁護士会での検討状況
大阪弁護士会でも、抗弁接続の要件についての検討を行い、同弁護士会の有志が、抗弁接続規定について、甲-2案を妥当としつつ、その要件が限定的になる可能性に鑑み、次の立法提案を行っているところである。
記 当事者の一方(以下「需要者」という)が、物品若しくは権利を購入する契約又は有償で役務の提供を受ける契約(以下「供給契約」という。)を締結する際に、供給契約の相手方である事業者(以下「供給者」という)とは異なる事業者との間で、消費貸借、立替払い契約、その他の需要者の供給者に対する支払についての猶予等の便宜を供与することを目的とした与信に係る契約が締結された場合において、供給契約と与信に係る契約との間に社会的相互利用関係が認められ、かつ、供給者と与信をした者との間に社会的相互利用関係が認められるときは、需要者は供給者に対して主張することのできる事由をもって与信をした者に対抗することができる。この規定に反する特約は無効とする。 |