コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(88)
―スポーツ組織のコンプライアンス⑥―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、スポーツ組織の改善の方向として、教育・研修について述べた。
スポーツ組織の教育・研修は、不祥事が発生する前から、競技の理念・ビジョン・行動規範等の他に、アンケート調査や相談窓口に寄せられたテーマを参考に、競技毎、階層毎に発生しそうな問題を踏まえてテーマを設定し、階層別に教育することが望ましい。
ビジネス組織で考察したように、現場に出向いて実行し、実務経験のある講師から受ける研修が、最も効果的である。
今回は、これまでの考察を踏まえて、スポーツ組織のガバナンス改革の方向について考察する。
【スポーツ組織のコンプライアンス⑥:改善の方向4:ガバナンス改革の方向】
(6) スポーツ組織のガバナンス改革の方向
スポーツには、多くの人々をポジティブにし達成感や感動を共有化する素晴らしい面があり、その統括団体は、プロ・アマを問わず、一般の営利組織よりも社会的影響力が大きく、非営利組織は補助金の支給対象にもなっている。
しかし、選手、指導者、役員は「不正のトライアングル(動機、機会、正当化)」に遭遇しやすく、競技統括団体の組織特徴には、内向き、派閥中心、自由な発言の封殺、人権侵害(ハラスメント発生)、情報隠蔽、暴力肯定、、金銭管理の不透明、外部の働きかけによる組織混乱、不祥事対応の遅れ等、のリスクもある。
一方、ワールドカップのように競技のグローバル化が進む中で、国際競技団体は、各国の競技団体に公正で民主的な組織運営を求めており、我が国の競技団体もこれに応えて、ガバナンスやコンプライアンス(倫理、法令順守)を強化して、社会的支持を得られるようにしなければならない。
また、スポーツ組織の監督官庁は、競技の振興とともに組織運営が健全に行われているかについての管理と指導を徹底する必要がある。
以上を踏まえ、スポーツ組織のガバナンス強化の方向を、(一部重複するが)以下の通り考える。
- ① 独立理事選任の義務付け
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上述したように、スポーツ組織は、補助金の支給対象とされ公的性格が強いにもかかわらず、派閥中心の運営に傾きやすく健全なガバナンスの確保が難しいので、(平成26年度会社法改正で、ガバナンス確保の目的で独立取締役導入の義務化が検討されたように)政府は、一定規模以上の競技団体に対して、組織のトップと利害関係のないコンプライアンスに明るい独立理事の導入を義務づけるべきである。
- ② 役員・監督・コーチ・代表選手の選考基準の明確化と厳正な運用
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スポーツ組織は人中心の組織で、派閥を形成しやすく、人事もボスの一存や派閥のパワーバランスで決められる等、不透明になりやすいので、組織のガバナンスを正常に働かせるためには、ガバナンスのベースとなる役員・監督・コーチ・代表選手(含ナショナルチーム)の選考基準、任期、報酬、役割、権限、責任等を、明確にルール化して公表し、厳正に運用する必要がある。
- ③ 競技団体にコンプライアンス担当部署と担当理事の設置を義務付ける
- 組織が、ガバナンスを強化しコンプライアンスを徹底するためには、コンプライアンス体制を構築し推進する必要がある。
- 一定規模以上(特に大規模な組織には)の競技団体には、コンプライアンス・内部監査を実施する部署の設置と①の独立理事がコンプライアンスを担当するように、義務付けるべきである。
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事務局員が少ない小規模組織の場合には、コンプライアンス担当理事を選任し、彼が主体的にコンプライアンスを推進するべきである。
- ④ 教育・研修を徹底する
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前回述べたように、コンプライアンスの組織内への周知徹底の基本は、組織メンバーに対する教育・研修である。
- ⑤ 成功例から学ぶ
- スポーツ組織は自己の競技にこだわり閉鎖的になりやすいので、内外の競技団体の成功例を学ぶことも重要になる。例えば、ガバナンス体制、組織構造と意思決定プロセス、人事、コンプライアンス推進方法、スポンサー獲得方法、人権・環境への取組み、コミュニケーション方法、代表選手選考基準、役員・監督・コーチの選考方法、選手との接し方、ステークホルダーとの関係構築方法等、のベストプラクティスを学び、自組織にアレンジして経営革新に役立てることが必要であると考える。
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成功している組織の要因分析は、どんな組織にとって重要であるが、特にスポーツがグローバル化し、共通の価値観やルールを踏まえた組織運営が必要になってきている今日、閉鎖的になりやすい我国のスポーツ組織が成功例を学ぶ必要性は高まっている。
- ⑥ 相談窓口の設置と公正な運営
- 既述したように、選手だけではなく役員、監督、コーチ、職員等を対象にした相談窓口をスポーツ組織と監督官庁に設置し公平・公正に運営することが、組織内にコンプライアンスを周知徹底する上で極めて重要である。
- 過去、「公益通報者保護法」の完全施行が、企業の従業員相談窓口の設置を促したが、重大な不祥事を発生させ社会的非難を受けた企業が、従業員相談窓口への対応についても誤り、裁判で敗訴したケースがある。
- これは、コンプライアンスに問題のある組織は、従業員相談窓口の運営にも問題があることや、相談窓口は単に設置すれば良いのではなく、公平・公正に運用しなければならないことを示している。
- 企業でもスポーツ組織でも、派閥中心の人事を行っている組織の相談窓口の運営は、公平・公正さを欠きやすいので、派閥中心の人事になりやすいスポーツ組織は、特にこの点に留意する必要がある。
次回は、今回の続きとまとめを考察する。