企業法務フロンティア
台湾会社法(公司法)の大改正の要点
日比谷パーク法律事務所
弁護士 田 口 洋 介
第1 会社法改正案の可決
台湾の立法院(国会)は、2018年7月6日に会社法(公司法)の改正案を可決した。今回の改正は会社法449条中約148条を改正する大改正であり、2001年の会社法改正以来、最大の改正となった。
今回の改正法は、「国際化・電子化」、「企業経営の柔軟性の向上」そして「コーポレートガバナンス(公司治理)の強化」を主な狙いとしている。
改正の要点は以下のとおりである。なお、施行日は今後決定される。
第2 国際化・電子化
⑴ 外国企業の台湾進出促進を狙った改正
現行法において外国会社が、台湾国内に支社を設け、台湾国内の会社と同一の権利能力を有するものとされるには、台湾の経済部の「認許」(許可)を取得する必要があったところ、改正法は、国際化のニーズに対応するため、このような制限を撤廃し、外国会社の認許の取得は不要とされた(改正法4条)。なお、日本企業が台湾に現地法人を設立する場合は、別途、外国人投資条例の規定に基づく投資の申請手続が必要である。
また、現行法では、会社は中国語名称でしか登記することができなかったところ、中国語名称とともに、外国語表記の社名でも事前審査なしに登記することができるようになった(改正法392条の1)。
このように、外国企業にとって設立手続がよりシンプルになり、かつ柔軟になったのは、外国企業がより台湾に進出しやすくする事業環境作りに狙いがある。
なお、現行の会社法1条は、単に「会社」を定義するだけの条文であるが、CSRやコンプライアンスを強調する近年の国際的な風潮を受け、改正法1条には、会社は法令や企業倫理を遵守し、社会的責任を果たすため、公益を促進する行動をとるべきである旨追記される。これは、企業が社会にもたらす影響の重大性に鑑みて、企業は営利追求だけでなく、法令及び企業倫理を遵守し、公益に資する存在であるべきとする理念を示すものであり、大変興味深い。
⑵ 電子化・ペーパレス化
改正法により、非公開会社は、株主総会をテレビ会議により行うことが可能になる(改正法172条の2)。これにより、日本企業の完全子会社等は、改正法に基づきテレビ会議により株主総会を開催することができるようになる。
また、現行法では、非公開会社は授権資本が主務官庁所定の金額(5億元)以上の場合は、株券の発行が義務付けられていたが、すべての非公開会社は、株券非発行会社となることを選択することができるようになったほか、従来は書面でのみ受け付けていた株主提案を電子的方法により受け付けることができることが明文化され(改正法172条の1)、ペーパレス化が進んだ。
第3 企業経営の柔軟性の向上
⑴ 取締役の人数制限の緩和
台湾国内の企業はほとんどが中小企業であるものの、現行法は、株式会社の場合は取締役を3人以上必要とする。しかし、取締役3人以上というハードルは低くないため、適当な人材の確保ができない場合は何らかの対策を練る必要があった。改正法はこのような硬直的なルールを見直し、非公開会社は、取締役会を設置せず、一名又は二名の取締役を選任すれば足りるようになる。ただし、この場合は、監査役(監察人)を設置する義務は負う。他方、法人を唯一の株主とする株式会社(完全子会社)の場合は、監査役を設置することなく、一名又は二名の取締役を選任する形とすることができるようになった(改正法128条の1、改正法192条)。
改正法により、現行法に従い、取締役の人数を3名にしている会社は、必ずしも3名体制を維持する必要性がなくなったため、取締役を1名又は2名に減らすことにより、コストを削減し、より機動的な意思決定を行うことができるようになる。
⑵ 書面による取締役会決議の容認
現行法では、テレビ会議による取締役会の開催や他の取締役による代理出席及び議決権の代理行使が認められているものの、取締役会決議を得るためには、取締役会を開催する必要があった。しかし、取締役のスケジュール確保の困難性等の問題があったため、改正法は、非公開会社においてのみであるものの、書面決議を可能にし(改正法205条)、より効率的な取締役会による意思決定が実現されることになる。また、非公開会社における取締役会の招集通知は現行法の7日前から3日前に短縮される(改正法204条)。
⑶ 剰余金配当の柔軟性向上
現行法では、剰余金の配当は1年に一度(毎会計事業年度終了後)で中間配当はできず、株主総会の決議により決定されていたが、実務上のニーズに応えるため、四半期に1回の配当が可能になった(改正法228条の1)。また、改正後は、現金配当については株主総会決議が不要になり、取締役会の決議のみによって配当することができるようになる。
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⑷ 無額面株式の採用
改正法により、非公開会社は、無額面株式(無票面金額股)を発行することができるようになる(改正法156条)。これは、国際的なスタンダードに合わせて無額面株式を選択可能にし、ベンチャー企業等が自由に一株当たりの価格を決定し、資金調達をしやすくすることに狙いがある。
⑸ 種類株式の種類の追加
現行法では、非公開会社が発行できる種類株式(特別股)の種類は、利益配当や残余財産の分配の順序・定額等に関するもの、議決権行使の順序、制限または無議決権株式等に限られていた。しかし、改正法により、非公開会社は、これまで禁止されていた複数議決権株式のほか、転換権付種類株式、特定の事項についての拒否権付株式(黄金株)、役員選任権のない株式、又は一定数の取締役を選任することができる株式等の種類株式を発行することができるようになる(改正法157条)。
これは、柔軟な株式設計を可能とするものであり、資金調達の多様化、ベンチャー企業等に対する投資の促進を狙ったものである。
⑹ 社債発行総額の制限を撤廃
現行法では、社債総額は、資産総額から負債総額及び無形固定資産総額を控除した金額を上回ることができず、また、無担保社債の総額はその金額の2分の1を上回ることができなかった。改正法は、非公開会社の社債発行総額の制限を撤廃し、発行できる社債の種類に新株予約権付社債及び転換社債を追加した(改正法247条、同248条)。
⑺ 従業員報酬制度の柔軟性の向上
現行法では、会社は、ストックオプション等のインセンティブ報酬を自社の従業員以外に交付することは許されなかったが、改正後は、定款に規定することにより、一定の条件を満たすグループ会社の従業員に対してストックオプション等のインセンティブ報酬を交付することが可能になる(改正法167条の1及び2、同235条の1、同267条の1)。これは企業の人材招致や人材流出防止策として今後活用されることが期待される。
第4 コーポレートガバナンス・株主の権利の強化
⑴ 取締役会の招集権者の範囲が拡大
改正前は董事長(代表取締役に相当)にのみ取締役会(董事会)の招集権が認められており、董事長が招集を拒否した場合の対抗が困難であったが、改正後は董事長が過半数の取締役の請求を受けた15日以内に取締役会を招集しなかった場合、過半数の取締役により、取締役会を招集することが可能となる(改正法203条の1)。
⑵ 株主による株主総会招集権の拡大
現行法では、株主が会社に株主総会を開催させるには、取締役会に株主総会の招集を請求の上、請求の日から15日以内に取締役会が招集通知を出さない場合に、主管機関の許可を取得した後に自ら招集するしか方法がない。しかし、これは実務上実現が困難であり、また会社を支配する株主であっても主管機関の許可を得なければならないことは不合理であるため、改正後は、発行済株式総数の過半数の株式を継続的に3ヵ月以上保有する株主は、取締役会への請求手続及び主管機関の許可等を経ずに、自ら臨時株主総会を招集することができるようになる(改正法173条の1)。
⑶ 株主代表訴訟の持株要件の緩和
現行法では、株主が、株主代表訴訟を提訴するには、1年以上継続して株式を保有し、かつ、発行済株式総数の3%以上の株式を保有する必要があったが、改正後は、6ヵ月以上継続して保有し、発行済株式総数の1%以上を持っていれば足りる(改正法214条)。
⑷ 検査人選任要件の緩和
現行法では、株主が検査人(業務財産検査役に相当)の選任を裁判所に申し立てるには、1年以上継続して株式を保有し、かつ、発行済株式総数の3%以上の株式を保有する必要があったが、改正後は、6ヵ月以上継続保有し、発行済株式総数の1%以上を保有していれば足りる。また、検査人が検査できる書類の範囲も拡大された(改正法245条)。
⑸ 実質取締役の適用範囲の拡大
名義上は取締役ではない者が、実質的に取締役の業務を執行していた場合、実質取締役として、会社法上の取締役と同様の法的責任を負うとする「実質取締役」(實質董事)の規定は現行法では公開会社にのみ適用されていたが、改正法は、ガバナンスの強化のために、適用対象を全ての会社に拡大した(改正法8条)。
第5 最後に
以上のとおり、台湾会社法の大改正は、より柔軟な企業経営を可能にする一方で、株主権を強化することによりコーポレートガバナンスの拡充を狙うものである。なお、今回の改正法は、非公開会社に対する規制緩和が多いのは、ベンチャー投資の促進を狙ったものである。
台湾法務の関係者は、改正法の施行に備え、インセンティブ報酬の活用、種類株式の発行等の検討をされたい。
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