グローバル・ガバナンス/コンプライアンスの重要性(3・完)
中山国際法律事務所
弁護士 中 山 達 樹
6 「人任せ」の海外子会社管理からの脱却—人材戦略
(1) 日本本社でできることの「仕組み」化
限られた人的資源のため、海外子会社管理が現法社長への「人任せ」になっているところが多い。このような属人的・個人的な信頼に基づく組織は、本質的・構造的に脆い。人任せにしない「仕組み」を構築する必要がある。「ガバナンス」とは、性悪説に基づき、まさに「人任せ」から脱却する工夫だ。つまり、どんなに信頼できる役員でも何をするか分からないため、万が一に備えた「仕組み」を作ることがガバナンスである。
たとえば、どれだけ「人任せ」になっているかを図るメルクマールとして、「現法社長に病気や事故等の異常事態が発生した場合、日本本社で何ができ、何ができないか?」をシミュレーションしてみることをお勧めする。また、 海外拠点の定款や現地会社法や労働法等の基本情報につき、現法社長のみならず、日本本社でもある程度一元的な管理ができているか、もチェックするに値する。
(2) 海外人材戦略の必要性
海外事業の売上・利益向上を目標に掲げても、それを支える具体的な人材戦略に欠けている企業が多い。英語が堪能で海外経験に長けた人材は、極めて限定されている。「売上目標から逆算された(目標を裏付ける)人材戦略」が構築できているか、再確認が必要だ。限られた人的資源に基づき、気合と根性のみで目標は達成できない。
そして、人材戦略の一環として、現法社長や現地マネージャーの(5段階評価のような)「定量的」な人事考査も重要だ。「彼は英語もできて責任感がある」という抽象的・定性的な評価方法では不十分だ。
たとえば、大手企業では、①語学力、②現地文化・慣習への理解、③コミュニケーション力、④リーダーシップ、⑤KPI達成度、⑥後輩の指導・育成等の指標ごとに、海外人材の「定量的」な評価をしている。「英語ができるアイツに任せておけ」という「人任せ」の管理は、ほとんど放任主義であり、ガバナンスからは程遠い。
海外事業は、より積極的かつ戦略的に日本本社で「管理」すべきであり、海外現法社長に「依存」してはいけない。単なる売上・利益の「管理」のみに終始するのではなく、コンプライアンスや人材育成という見地からも、適切な「管理」をすることが必要なのである。
6 ハード面のみならずソフト面も
(1) コミュニケーションの重要性
このように見ると、ガバナンスやコンプライアンス体制を法的・組織的に整えても、それをどのように実行に移すかは、難しい問題だ。「仏作って魂入れず」という企業がまだ多い。
多くの企業で生じている不正・隠蔽・先送り等のガバナンス・コンプライアンス問題は、「違和感を放置する」組織の風通しの悪さや悪しき縦割りのセクショナリズム等、多くはコミュニケーションの問題に収斂される。
静的なガバナンス・コンプライアンス「体制」を整えていても、それを実行に移す動的な「態勢」が整っていないと意味がない。ハード面のみならず、ソフト面の整備も重要だ。結局は、制度を生かすも殺すも、「人」なのだ。
(2) セクショナリズム・縦割りの弊害
ガバナンスやコンプライアンスの見地からは、「不正の芽を早期に発見して、組織として再発防止対策を早急に講じる」ことが理想だ。しかし、縦割り行政・セクショナリズム・派閥その他の「しがらみ」から、多くの企業では本来あるべきガバナンス・コンプライアンスができていない。あるべきコンプライアンスを、人のしがらみ・派閥が邪魔している場合、それはまさに「ガバナンスがコンプライアンスを邪魔している」状態だ。その意味で、ガバナンスがないところにコンプライアンスはない。
「仕事を増やしたい」というメンタリティを持つ自営業と対比すると、サラリーマンの方々の多くは、「仕事を増やしたくない」と考えているように見える。「波風を立てたくない」「出る杭は打たれる」「触らぬ神に祟りなし」「知らぬが仏」「君子危うきに近寄らず」「臭いものに蓋」「見て見ぬふり」「責任転嫁」……日本には、サラリーマンの「先送り」を正当化してしまうような、便利? な言葉がたくさんある。これらのメンタリティから、問題を「先送り」した経験がないだろうか。これは、「言われたことだけをやっていればいい」という、セクショナリズムに安住した「大企業病」でもある。縦割りの弊害だ。
グローバル・ガバナンスやコンプライアンスの体制・態勢構築についても、経営企画本部・法務部・人事総務部・海外事業部など、多数の関連部署が絡み合う。これらの部署が真の意味で相互に「有機的」に連携すれば理想的だが、得てして無機的な「仕事の押し付け合い」「責任のなすり付け合い」になりがちだ。
端的には、「オアシス」(おはようございます、ありがとうございます、等)が適切に言えない会社に真のコンプライアンスは息づいていない! と私は思っている。このような日頃からの挨拶ができない組織においては、「いざ」というときにも、対応が遅れたり、隠蔽したりすることが多いからだ。コンプライアンス「体制」を、生きた「態勢」にするためには、日頃からの地道なコミュニケーション努力が必要なのだ。
現状 | 理想 |
体制 | 態勢 |
ハード面 | ソフト面 |
組織 | 人 |
静的 | 動的 |
受動的 | 能動的 |
傍観者的態度 | 「一人称」で考える |
部分最適 | 全体最適 |
違和感の放置 | 違和感を放置しない |
当事者意識/責任感/リーダーシップの欠如 | 強い当事者意識/責任感/リーダーシップ |
保身/自分のため | 会社のため/株主のため/次世代・後輩への使命感/いい会社を残そうという一体感・会社への愛着 |
見て見ぬ振り/知らぬが仏/トラブルに巻き込まれたくない/触らぬ神に祟りなし/仕事を増やしたくない/君子は危うきに近寄らず/臭いものに蓋/出る杭にならない/波風を立てない/先送り/逃げ | 乃公出でずんば、の気概/敢闘精神/一歩踏み出す勇気/嫌われる勇気/義を見て為さざるは勇なきなり |
セクショナリズム/相互不可侵条約/縦割りの弊害/与えられた枠・役割に盲従・安住/言われたことだけをやる | セクショナリズムに安住しない・甘えない/与えられた枠・役割を破る/言われたことだけではなく、期待された・期待されていないことまでやる |
(3) 会社「理念」や社風の重要性
結局、ガバナンスやコンプライアンスは、不正や危機に直面した役員・従業員が、どのような選択肢を取るか、という問題だ。真に会社や株主のために、内部告発や摘発等の勇気ある実効的な手段をとるか、それとも、保身やしがらみや諸方面への「忖度」から、本来とるべきではない「逃げ」「先送り」「隠蔽」手段をとるかどうか。
そのような場面(要するに心理面)においては、結局、各人の「価値観」が問われる。いい社風・理念を持っている会社では、各構成員が良きプライドを持っている。「●●会社としてはこんなことはできない」「当社の▲▲イズムに反する」「創業の精神に悖る」というような価値観だ。イザ、という場合に、社風や会社理念、及び、これらに対する各役員・社員の誇りがモノを言う。
経営とは、いわば伝言ゲームである。会社のビジョンがどれだけ末端従業員まで浸透しているか。伝言ゲームでは、案外、当初とは意図しない伝わり方をしていることがある。社長が大事にしている会社理念も、案外、スタッフには理解されていない場合が多い。経営者は、耳にタコができるほど、大事にしている会社理念を、口うるさく何度もスタッフに伝えるくらいがちょうどいいかもしれない。
以上