タイ:取引競争法に関する最新動向
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 佐々木 将 平
日本の独禁法に相当する取引競争法(Trade Competition Act, B.E. 2542 (1999))の改正案が2月2日の閣議で承認された。
タイの取引競争法は、施行から15年以上経過しているにも拘わらず、執行事例は皆無という状況にある。取引競争委員会に対する申立案件は約100件に上るようであるが、検察に対して事件が送付されたのは1件のみで、当該案件についても検察による起訴は行われずに終結しており、刑事責任が裁判所で争われた事例はこれまでない。また、刑事罰以外のエンフォースメントとして、取引競争委員会による排除措置命令も存在するが、公表されている限り、先例は存在しない。
執行事例が皆無である一つの理由として、同法25条の禁止行為の対象となる「市場支配力を有する事業者」の範囲が著しく狭いことが挙げられる。現行法上は、前年の市場シェアが50%以上かつ売上高が10億バーツ(約31億円)以上の事業者(又は合計市場シェアが75%以上となる上位三事業者。但し、市場シェアが10%超かつ売上高が10億バーツ超の者)のみが対象とされており、適用場面が非常に限られている。昨年3月にこの点の改正案が公表されたが、その中では、市場シェア及び売上高の要件は、それぞれ30%及び5億バーツ(約16億円)に引き下げられていた。今回の閣議決定の中ではこの定義の改正も含まれており、昨年3月段階の改正案と同様のものとなるかは定かではないものの、要件が引き下げられることが見込まれる。
また、企業結合規制については、同法上存在するにも拘わらず、届出基準等を定めた細則が未制定であり、実際には適用できない状況が法律施行以来続いてきた。そのため、タイにおけるM&Aは、同法上の規制に拘わらず自由に行われてきたのが実態であった。そのような状況を受けて、昨年前半に、細則案(大まかにいって、タイ国内の市場シェア30%以上かつ売上げ20億バーツ以上となる企業結合を対象とする内容)が公表されていた。今回の閣議決定の中では「市場の競争を著しく減殺する企業結合を行う者に対して、事前届出義務及び事後3年間の財務諸表の提出義務を課す」という内容が含まれているが、具体的な届出基準等の内容(昨年公表の細則案に沿ったものになるのか等)が注目される。
今回閣議決定された改正内容は多岐にわたるが、上記の他に、①取引競争委員会を独立の行政機関に格上げすること、②一定の国営企業(タイ石油公社等)も同法の適用対象に含めること、③罰則の強化等が含まれている。
今後、改正案は国家立法議会(クーデター政権下における国会に代わる立法機関)にて審議されることとなる。現時点では改正条文案が未公表のため不明な点も多く、今後の動向を注視する必要がある。
以 上