米国の新たな垂直型企業結合ガイドラインの概要と実務への影響
森・濱田松本法律事務所
弁護士 高 宮 雄 介
2020年6月30日、米国司法省及び米国連邦取引委員会は、新たな垂直型企業結合ガイドライン(Vertical Merger Guidelines。以下「本ガイドライン」という。)を発表した[1]。
近時、企業結合審査においては、水平型企業結合だけでなく、垂直型企業結合にも注目が集まっており、日本でも昨年12月に改定された企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針(以下「令和元年企業結合ガイドライン」という。)[2]において垂直型企業結合と混合型企業結合に係る競争分析の考え方に関する記載[3]が大幅に拡充されるなどしている。
本ガイドラインの内容は近時の垂直型企業結合審査に関する議論を概ね踏襲する内容ではあるが、日本企業が米国当局による企業結合審査を受ける機会がますます増えている現状において、最新の米国当局の考え方を明らかにした本ガイドラインの発表は、日本企業にとって実務上重要なトピックと考えられることから、以下概要を紹介する。
1. 本ガイドラインの位置づけ及び発表に至る経緯
本ガイドラインは、2010年8月に発表された水平型企業結合ガイドライン(Horizontal Merger Guidelines)[4]とともに、1984年に発表された企業結合ガイドライン(1984 Merger Guidelines 以下「1984年企業結合ガイドライン」という。)[5]を置き換えるものであり、本ガイドラインによって1984年企業結合ガイドラインはその役目を終えることになる[6]。
今回、本ガイドラインが発表されることとなった背景には、1984年企業結合ガイドラインのうち、非水平型企業結合に関する箇所が非常に古く、現在の垂直型企業結合審査にかかる審査実務にそぐわなくなっていたという事情が存在する。近時、垂直型企業結合における競争上の懸念が提起される事案は増加傾向にあり、AT&TとTime Warnerの企業結合事案[7]においては、当事会社がケーブルテレビや衛星テレビの競争事業者に対するコンテンツの供給を拒絶する能力と動機があるとして提訴した司法省の訴えが退けられる中で、垂直型企業結合における審査の手法に注目が集まった。
こうした背景のもと、本ガイドラインは、2020年1月21日に案文(以下「本ガイドライン案」という。)が発表され、パブリックコメントに付された。その際、民主党系の連邦取引委員会の委員であるRebecca Slaughter委員とRohit Chopra委員は、1984年企業結合ガイドラインは時代に適合しておらず、改訂されるべきである点は認めつつも、本ガイドラインの案文の発表及びパブリックコメントの募集に対しては反対の意思を表明した。
本ガイドライン案に対しては、74件のパブリックコメントが寄せられ、それらを踏まえたうえで、本ガイドラインは2020年6月30日に成案が公表された[8]。なお、本ガイドラインは、案文の段階から成案にかけていくつか変更がなされており、その中でも、本ガイドライン案において存在した、検討対象市場における市場シェアが20%未満の企業結合は反競争的とはみなされにくいといういわゆるセーフハーバーに類した記載が、成案においては削除された点は大きな変更点と言える。当該点については2.(3)において述べる。
2. 本ガイドラインの内容
(1)概 要
本ガイドラインは1章において、本ガイドライン全体の概要について述べている。
1.において述べた通り、本ガイドラインは、1984年企業結合ガイドラインのうち、4章の非水平型企業結合を置き換えるものとして制定されており、垂直型企業結合ガイドラインという名称ではあるものの、垂直型企業結合(vertical mergers)のみならず、いわゆる混合型企業結合(diagonal mergers)や、補完的企業結合における垂直的な側面(vertical issues that can arise in mergers of complements)にも適用されることとされている。
本ガイドラインは、単独で用いられるのではなく、垂直型企業結合ガイドラインと合わせて用いられることが想定されており、実際に、全般的な事項について定める1章のほか、新規参入の評価方法(9章)や破綻企業やその資産の取得に関する取扱い(11章)、少数持分の取得に関する項目(13章)などは、垂直型企業結合との関係においても論じられるべき事項であるが、記載内容が共通することから、水平型企業結合ガイドラインにのみ記載されているとの説明がなされている。
一方、本ガイドラインは、本章において、垂直型企業結合には、特徴的に検討すべき点があると述べ、その例として、垂直型企業結合においては、しばしば、二重限界性(double marginalization)[9]の排除により、消費者が利益を得ることに触れられている。なお、同箇所においては、競争当局としては、懸念がある垂直型企業結合よりも懸念がある水平的企業結合に触れる機会が多いとしたうえで、そうであっても垂直型企業結合が一様に無害というわけではないという説明がなされている[10]。
そのほか、本章は、垂直型企業結合において競争当局は通常、川下製品の実在する及び潜在的な需要者を考慮の対象とし、反対の証拠がない限り、直接の需要者に生じた反競争効果は最終消費者における反競争効果につながるものとして検討を行うこと、垂直型企業結合における反競争効果の評価に当たっては、当該企業結合後における競争状況の変化に関する当事会社の能力(ability)と動機(incentive)に留意すること、実務上可能な限り、当該企業結合による潜在的な競争上の害悪(harm)と競争上の利益(benefits)とをいずれも評価すること等に触れている。
(2)反競争効果に関する証拠
本ガイドラインの2章においては、反競争効果に関する証拠についての記載がなされており、その中では、垂直型企業結合が競争を実質的に制限するかどうかの判断に関し、合理的に入手でき、信頼に値するあらゆる証拠が考慮されるとされたうえで、水平型企業結合ガイドラインの2.1章の記載が参照に値する旨が述べられている。
また、本章では、垂直型企業結合を契機に当事会社が反秩序的な(disruptive)行動をとる競争事業者を規律(discipline)しようとするのではないかという考え方を検証するために、他事業者の反秩序的な役割についての証拠を考慮したり、単独行為による競争への影響を判断するために、検討対象市場における市場シェアや市場集中度を考慮したり(本ガイドライン3章関連)、当事会社の一方と取引を行う(他方当事会社の)競争事業者と当該他方当事会社との直接的な競争(head-to-head competition)に関する証拠を考慮したりすることがある旨が述べられている。
(3)市場画定、関連製品、市場シェア及び市場集中度
本ガイドラインの3章においては、垂直型企業結合における市場画定について、水平型企業結合における考え方(水平型企業結合ガイドライン4.1章及び4.2章)と同様の考え方がとられるとされている。
そのうえで、検討対象市場(relevant market)に関する潜在的な競争上の懸念を特定するために、競争当局は、当事会社によって供給され又は支配を受ける(controlled)商品又は役務であり、検討対象市場における商品又は役務と垂直関係又は補完関係にあるものである関連製品(related products)を特定する旨が述べられている。
なお、本箇所の記載を説明するために設例として、小売事業者によるAというブランドを有する掃除用品製造会社の買収の設例が設けられており、検討対象市場及び関連製品の考え方に関する説明がなされている(Example 1)。
また、本箇所に関連し、本ガイドライン案においては、検討対象市場における市場シェアが20%未満であり、関連製品が検討対象市場において20%未満しか用いられていない場合には、競争当局は当該垂直型企業結合に対して異議を唱える可能性は低いとの記載[11]が設けられていたが、成案からは当該記載は削除されたという経緯があることは認識しておく必要がある[12]。
(4)単独効果
本ガイドラインの4章は単独行為による競争制限について述べる箇所であり、多数の設例が盛り込まれるなど、本ガイドラインの中でも最も記載が充実している。
本章において述べられている垂直型企業結合によって生じる単独行為による競争制限効果の説明は、競争事業者に対する閉鎖及びコスト引上げ(foreclosure and raising rivals’ costs)と、競争上機微な情報(Competitively Sensitive Information (CSI))の取扱いに分けて行われており、こうした考え方は、垂直型企業結合における単独行動による競争への悪影響の作用機序(theory of harm)にかかる近時の考え方[13]と概ね整合的である。
① 競争事業者に対する閉鎖及びコスト引上げ
競争事業者に対する閉鎖及びコスト引上げに関しては、垂直型企業結合における当事会社が、関連製品を値上げしたり品質を引き下げたりすることにより競争事業者のコストを引き上げること、又は関連製品を競争事業者に提供しないことで、競争を減少させる能力及び動機があるかという観点から検討されるものとされている。
ア 能 力
能力については、当事会社が、関連製品の取引条件を変更することで、競争事業者が検討対象市場における売上げを大きく喪失したり、需要者向けの競争を活発に行わなくなることとなったりすることがあるかという要素が考慮される。
なお、本項目は、競争事業者が関連製品を、価格や品質や入手可能性等に影響することなく、自社調達も含めた代替調達先から速やかに調達することができる場合には認められず、その場合、当該企業結合について、競争事業者に対する閉鎖が行われたり、価格引き上げが行われたりするかどうかという点に関して詳細な検討が行われることは正当化されにくいとされている。
イ 動 機
動機については、当事会社が、関連製品に関して競争事業者に対して閉鎖をしたり、不利な取引条件を課したりすることにより、競争事業者が、売り上げを喪失したり、当該閉鎖や不利な取引条件への対応を行い、そのことにより当事会社が検討対象市場において大きな利益を得る可能性があることから、当時会社にとってそうした行為は理に適うと判断する可能性があるとの説明がなされる。そのうえで、当事会社が検討対象市場における関連製品の使用者との実在する又は潜在的な競争を減少させることで利益を得ることがない場合には、動機は認められず、その場合、当該企業結合について、能力に関する事項と同様、競争事業者に対する閉鎖が行われたり、価格引き上げが行われたりするかどうかという点に関して詳細な検討が行われることは正当化されにくいとされている。
単独行為による効果について述べる本章においては、二重限界性が回避されることによる効率性の向上についても充実した記載がなされている。
二重限界性が回避されることによる効率性の向上に関する議論とは、川上市場の事業者と川下市場の事業者による垂直的企業結合が行われ、川下市場の当事会社が川上市場の当事会社から供給を受けることができる場合、当事会社としては、独立した事業者であれば川上市場で賦課することになる利ザヤが上乗せされることがない金額で川下市場における投入物の供給を受けることができるため、川下市場における商品又は役務の価格を引き下げることができるのではないかという議論である。
本章においては、上述した二重限界性の回避に関する議論に触れたうえで、垂直型企業結合による川下市場における価格の上昇又は下落は、当該垂直型企業結合によって生じうる反競争効果と二重限界性の回避による効率性の向上のいずれをも念頭におき、当事会社にとって全体として最も収益性が高い行為を措定したうえで判断がなされるとの説明がなされている。
以上のほか、4章においては、企業結合によるこのような総合的な影響に関して、関連するデータを入手することが可能であれば、定量化して検討するために経済モデルを用いることがあることについても述べられている。
4章のうち、競争事業者に対する閉鎖及びコスト引上げに関しては、多数の設例が付されている。その概要は以下のとおりである。
- • オレンジの供給者と、必要なオレンジを全て当該供給者から購入するオレンジジュースの製造事業者との間の企業結合における、当事会社であるオレンジの供給者による他のオレンジジュース製造事業者に対する閉鎖及びコスト引上げの可能性等(Example 2)
- • 川下の小売事業者にとって在庫を確保することが重要となっている商品Aを多数の川下の小売事業者に供給する事業者による川下の小売事業者1社との企業結合における商品Aの供給事業者による他の川下の小売事業者に対する閉鎖及びコスト引上げの可能性等(Example 3)
- • ある医薬品に関し、その製造販売への新規参入を検討している製薬企業C社が存在する状況下において、その有効成分(active ingredient)を唯一供給する事業者であるA社及びその有効成分を用いて医薬品を販売する唯一の事業者であるB社との企業結合が行われる場合における、当事会社である有効成分の供給事業者によるC社に対する有効成分の供給拒絶を通じた、C社の新規参入の阻害の可能性等[14](Example 4)
- • X地域において強みを有するトラックのカスタマイズ部品の流通事業者による積載用昇降ゲートの製造販売事業者との企業結合における、当事会社である流通事業者による他の昇降ゲートの製造販売事業者製の昇降ゲートの小売価格引上げを通じた、昇降ゲートの製造販売事業者間の競争の減少の可能性等(Example 5)
- • 電気スクーターを製造するためにバッテリとモーターのいずれもが必要になる場合における、市場における指導的な地位を有する(leading)スクーター用のモーターの製造販売事業者とスクーター用のバッテリの製造販売事業者との企業結合における、当事会社であるスクーター用のモーターの製造販売事業者による、他方当事会社のスクーター用のバッテリを購入しない顧客に対するスクーター用のモーター価格の引き上げ又は他方当事会社のスクーター用のモーターを購入しない顧客に対するスクーター用のバッテリ価格の引き上げを通じた、スクーター用のバッテリ又はスクーター用のモーターの競争事業者への不利益取扱いの可能性等(Example 6)
- • 既にワイヤレス機能を有するハイエンドのノートパソコンメーカーの最大手の製造販売事業者によるローエンドのノートパソコン向けにワイヤレス機能を提供する部品の製造販売事業者との企業結合における、当該部品の製造販売を行う当事会社による、ローエンドのノートパソコン向けの当該部品の提供にかかる価格の引上げや品質の引下げ、供給量の減少等を通じた、ノートパソコン市場における競争の制限の可能性等[15](Example 7)
② 競争上の機微情報の取扱い
①で述べた競争事業者に対する閉鎖及びコスト引上げ閉鎖による影響のほか、4章においては、競争上の機微情報の取扱いに関しても触れられている。
競争上の機微情報の取扱いに関する問題とは、垂直型企業結合において、当事会社が、統合の結果、統合前には知ることができなかった川上市場又は川下市場の競争事業者の競争上の機微情報に触れることができるようになることによって生じる問題である。
具体的には、川上市場又は川下市場の一方当事会社が川下市場又は川上市場における他方当事会社の競争事業者との間で現に取引関係を有する場合に、当該他方当事会社がその競争事業者の競争上の機微情報を入手することにより、当該競争事業者の競争促進的な事業活動に対して対抗措置を容易にとれるようになったり、当該競争事業者が、当該他方当事会社に競争上の機微情報を入手される状況を避けるためにより取引条件の悪い相手方と取引をせざるを得なくなって効率性が低下したり、高い価格を払わなければならなかったりする状況が生じる可能性があることが例示されている。
本ガイドラインは、上記のような競争上の機微情報の取扱いから生じる懸念に関しても、垂直型企業結合における競争への悪影響の作用機序にかかる近時の考え方と整合的な内容と言える。
(5)協調効果
5章においては、垂直型企業結合により、検討対象市場において協調行為が可能になったり、助長されたりすることで、競争が制限される可能性について触れている。なお、具体的な検討の方法に関し、本箇所においては、協調行為に関する競争法上の評価の仕方に関しては、水平型企業結合ガイドラインの7章の考え方を参照しつつ、検討対象市場が協調行為に対してより弱くなる(vulnerable)場合に、競争当局は当該企業結合に対して異議を唱える可能性がある旨が述べられている。
垂直型企業結合において協調行為が生じやすくなる例として本箇所では、当事会社が、関連する商品や役務の供給を通じ、マーベリックな事業者(他事業者と協調せず独立した競争行動をとる事業者)の行為を支配することで、当該マーベリックな事業者が検討対象市場において競争を行う能力を阻害し、当事会社や競争事業者と協調的な対応を行う可能性を増加させる場合がある点が述べられている。また、協調行為による効果が表れる他の例として、垂直型企業結合により市場構造が変化したり、当事会社が秘密情報にアクセスすることができるようになったりすることで、市場参加者間で暗黙の合意に達しやすくなったり、当該合意に違反する行為を検知しやすくなったり、当該合意への違反に対する制裁をしやすくなったりする可能性についても触れられている。
5章においては、部品の製造販売事業者と最終製品の製造販売事業者との間の垂直型企業結合において、当該部品の製造販売事業者が最終製品にかかる当事会社の競争事業者に対しても部品の供給を行っている場合において、当事会社が、最終製品における競争事業者の供給量に関する情報を得られることになる結果、最終製品の供給量を制限するという暗黙の合意に競争事業者が違反した場合に当該違反を検知しやすくなり、最終製品の供給量の制限をめぐる合意がより成立しやすくなるという効果を有する可能性があるという設例が取り上げられている(Example 8)。
なお、5章においては、垂直型企業結合が協調行為を起きにくくする場合に関しても取り扱われている。具体的には、垂直型企業結合による二重限界性の排除により、当事会社の価格構造が変化し、当事会社において暗黙の合意に違反する動機が生まれ、そのことにより協調行為による反競争効果が生じるリスクが減少するという状況が説明されている。
(6)競争促進効果
6章は、垂直型企業結合における競争促進効果について述べられている。
効率性の評価の手法については水平型企業結合ガイドラインの10章への言及がなされており、垂直型企業結合による効率性の向上の例として、本ガイドラインの中で何度も触れられている、二重限界性の排除によって川下の当事会社が安価で製品を供給できるようになること、そしてこの二重限界性の排除による効率性の向上は垂直型企業結合における当事会社が有する経済的動機から直接生じるものであることなどが説明されている。
これに加え、効率性に関するそれ以外の議論として、補完関係にある製品の製造販売事業者間の企業結合の場合、企業結合前はそれぞれの製品について利益を最大化する価格設定がなされるところ、企業結合後は当事会社全体として利益を最大化できれば良いため、当事会社は、両製品について値下げを行いやすく、とりわけ両製品をいずれも当事会社から購入する需要者に対しては安い価格で提供する動機が生じることにも触れられている。
なお、6章においては、二重限界性の排除に関する立証方法についても説明がなされており、二重限界性の排除によって利益を受けるという主張は当事会社が証明するべきであるものの、競争当局の側において独立して定量化することもできるとしたうえで、当該立証方法や考慮される証拠などについて記載がなされている。二重限界性の排除による効率性の向上は垂直型企業結合において当事会社が競争当局に主張する最も重要な事項の一つと考えられることから、本箇所における二重限界性の排除に関する立証方法についての説明は実務上重要な情報と考えられる。
3. おわりに
2.でみたとおり、本ガイドラインは、垂直型企業結合における企業結合審査にかかる近時の考え方と概ね整合的な内容となっている[16]。このため、一足早くそうした考えを取り入れている欧州における非水平型企業結合ガイドラインや令和元年企業結合ガイドラインと基本的な考え方は共通しており、本ガイドラインには必ずしも新規性があるわけではない[17]。また、米国では企業結合審査においても裁判所による解釈が大きな意味を持つところ、本ガイドラインが裁判所の判断にどのような影響を与えるのかは未知数な面もある。
もっとも、本ガイドラインは司法省及び連邦取引委員会による今後の垂直型企業結合に関する企業結合審査に際しての指針となるものであり、実務的な見地から言えば、本ガイドラインによってこれまで明文化されていなかった米国での垂直型企業結合における審査の手法が明確化されたことにはそれなりの意味があると考えられる。
したがって、米国で企業結合審査に直面する可能性のある日本企業の担当者としては本ガイドラインの内容を十分把握するとともに、本ガイドラインをめぐる今後の運用動向についても注意を払う必要があろう。
[1] 司法省及び連邦取引委員会の発表文について以下参照。
https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2020/06/ftc-doj-issue-antitrust-guidelines-evaluating-vertical-mergers
ガイドラインの原文について以下参照。
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/07/vertical_merger_guidelines_6-30-20.pdf
[3] 令和元年企業結合ガイドライン第5及び第6。
[6] 1984年の企業結合ガイドラインのうち、水平型企業結合に関する箇所は2010年8月に発表された水平型企業結合ガイドラインによって置き換えられていたが、非水平型企業結合に関する箇所(4章)については、水平型企業結合ガイドラインの発表後も本ガイドラインの発表までは非水平型企業結合ガイドライン(Non-Horizontal Merger Guidelines)として有効なものとされていた。
[7] U.S. v. AT&T Inc., DirecTV Group Holdings, LLC, and Time Warner Inc., No. 1:17-cv-02511 (D.D.C. Nov. 20, 2017) (No.98-2389)
[8] Rohit Chopra委員とRebecca Kelly Slaughter委員は、成案の発表時も反対票を投じている。こうした点やパブリックコメントの件数も含めた成案発表の経緯については、Joseph Simon委員長、Noah Joshua Phillips委員及びChristine S. Wilson委員による下記声明文を参照のこと。
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2020/07/vmgmajoritystatement.pdf
[9] 分かりやすさの観点からは、double marginalizationは、重複利ザヤといった語を用いて訳出した方が良いようにも思われるが、以下では、これまで比較的多く用いられてきた訳語に合わせ、二重限界性という語を用いる。
[10] 1984年ガイドラインの4.0においては、非水平型企業結合は水平型企業結合よりも競争上の懸念を生起しにくい(non-horizontal mergers are less likely than horizontal mergers to create competitive problems)という表現がなされていた。
[11] 本ガイドライン案3章における以下の記載が該当箇所である。なお、本ガイドライン案においても、同記載に関しては、その直後の箇所において、当該記載は一つの目安に過ぎず、明確なセーフハーバーとして受け取るべきではない旨の説明が付されていた。
The Agencies are unlikely to challenge a vertical merger where the parties to the merger have a share in the relevant market of less than 20 percent, and the related product is used in less than 20 percent of the relevant market.
[12] 20%のセーフハーバー類似の閾値は成案から削除されているものの、1984年企業結合ガイドラインの4.134では、競争当局が異議を唱える可能性が低い市場シェアの閾値は5%とされ、逆に市場シェアが20%を超えると競争当局が(他の要件が満たされている場合)異議を唱える可能性が高いとされていたことからすると、本ガイドラインは垂直型企業結合に関し、競争上の懸念が高くない取引については相対的に寛大になったとみることもできるように思われる。
[13] European Commission「Guidelines on the assessment of non-horizontal mergers under the Council Regulation on the control of concentrations between undertakings」(2008/C 265/07) para33-71, para78、令和元年企業結合ガイドライン第5-2。
[14] 本設例の場合、C社としては、新規参入を成功させるためには、当該医薬品の製造事業のほか、有効成分の製造事業についても同時に参入する必要が生じることになり(こうした参入をtwo-level entryという。)、C社にとって、当該新規参入のコスト及びリスクが相対的に高くなることから、C社の新規参入が阻害されることになる。
[15] 本設例に関しては、当事会社が有する製品は相互に補完関係や川上と川下の関係にあるわけではないことから、二重限界性の排除による利益が得られることが考えにくいとの記載もなされている。
[16] 本ガイドラインにおいては、1984年企業結合ガイドラインの4.23章において盛り込まれていた、価格規制産業における垂直型企業結合を通じた当該価格規制の回避(regulatory evasion)等の一部の競争への悪影響の作用機序に関する項目が姿を消している。Rohit Chopra委員はこうした点を挙げ、競争への悪影響の作用機序についてより広範な検討が必要であることを本ガイドライン案に反対する理由の一つとした。
[17] 法律事務所発行のニュースレターにおいては、本ガイドラインについて、垂直型企業結合におけるデータの取扱いにかかる論点や問題解消措置の設計にかかる論点等、近年活発に論じられている論点が盛り込まれるに至らなかったことを、(半ば批判的に)特徴として取り上げる指摘も少なくない。