冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(24)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅳ 小括
2. 冒頭規定説・契約の拘束力の根拠
冒頭規定については、要件事実論において「冒頭規定説」が説かれることがある。またこれに関連して、契約の拘束力の根拠が「法規」なのかそれとも「合意」なのかが問われることがある。本稿のこれまでの冒頭規定の意義の検討を踏まえたとき、これらの点がどのように考えられるかについて、以下で検討しよう[1]。
(1) 要件事実論における冒頭規定説
ア 冒頭規定説の内容
まず、「冒頭規定説」の内容についてみてみよう。主張立証責任において、契約に基づき請求をするためには、その契約が典型契約である場合、冒頭規定の成立要件を基礎付ける事実が要件事実となる、とする考え方が「冒頭規定説」である。この考え方は、司法研修所の要件事実教育としての「要件事実論」として知られており[2]、判例はこの立場をとっているとされている[3]。
イ 本稿からのコメント
契約書作成者は、リスク増大の可能性を回避する観点から、多くの場合「冒頭規定の要件に則った」契約書を作成する。このため、契約の成立要件に関する「当事者の合意」の内容は、多くの場合、「冒頭規定の要件に則った」ものとなる(「ポイント(12)」)。この「冒頭規定の要件に則った」という部分をみる限りにおいて、これまで「冒頭規定説」は、実際上妥当な説として継続してきたといえるだろう。
しかしながら、冒頭規定の要件に則らないいわゆる「諾成的消費貸借」が我が国の取引社会において生成されてきたことを考えると、「冒頭規定説」の妥当性には、疑問が投ぜられるだろう。【契約文例3】【契約文例4】【契約文例5】をみると、これら【契約文例】は、消費貸借の冒頭規定(587条)の要件に則っておらず、「契約の成立を示す要件事実」は、冒頭規定の成立を基礎付ける要件事実とは異なっている。契約書作成者は、リスクの増大が許容範囲内であり、かつ、得られる利点・メリットが十分に大きい場合、冒頭規定の要件を変更することがある(「ポイント(6)」)。そして、合意により冒頭規定の要件が変更された場合、変更後の合意内容を基礎付ける事実を要件事実と考える必要がある。変更後の「合意内容」を考える点で、それはむしろ(冒頭規定説でなく)「合意説」と呼ぶべき考え方といえるだろう。(「ポイント(12)」で示したように、結果的に「冒頭規定の要件に則った」場合でも、それは、冒頭規定の要件に則るという「合意」をしたからであるということになる(この点において、以下の契約の拘束力の根拠としての「合意説」に繋がるので、留意が必要である)。)
[1] 近時、「冒頭規定説」を(要件事実論の学説としてでなく、)契約の拘束力の根拠とする考え方が示されている(山本敬三・前掲第11回注[5] 『民法講義Ⅳ-1 契約』20頁)。呼称として、より適切であると考えられるが、ここでは、「冒頭規定説」を要件事実論の中の説とする従来の考え方(村田渉「要件事実論の課題――学会論議に期待するもの」ジュリ1290号(2005)38頁、石川博康「典型契約冒頭規定と要件事実論」大塚直ほか編著『要件事実論と民法学との対話』(商事法務、2005)124頁を参照)に従う。
[2] 司法研修所編『増補 民事訴訟における要件事実 第1巻』(法曹会、1998)44頁を参照。冒頭規定説に対する考え方として、「返還約束説」が挙げられるが、現在ではほとんど支持を失っているとされる。(石川・前掲注[1] 126頁を参照。)