◇SH2060◇最二小決 平成29年3月27日 犯人隠避、証拠隠滅被告事件(小貫芳信裁判長)

未分類

 参考人として警察官に対して犯人との間の口裏合わせに基づいた虚偽の供述をする行為が刑法(平成28年法律第54号による改正前のもの)103条にいう「隠避させた」に当たるとされた事例

 道路交通法違反、自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであると知りながら、Aとの間で、事故車両が盗まれたことにする旨口裏合わせをした上、参考人として警察官に対して前記口裏合わせに基づいた虚偽の供述をした本件行為は、刑法(平成28年法律第54号による改正前のもの)103条にいう「隠避させた」に当たる。
(補足意見がある。)

 刑法(平成28年法律第54号による改正前のもの)103条

 平成27年(あ)第1266号 最高裁平成29年3月27日第二小法廷決定 犯人隠避、証拠隠滅被告事件 上告棄却(刑集71巻3号183頁)

 原 審:平成26年(う)第1409号 東京高裁平成27年7月8日判決
 原々審:平成25年(わ)第878号等 さいたま地裁平成26年7月16日判決

1 事案の概要

 本件は、不良集団を率いていた被告人が、同集団構成員(後記A)が起こしたひき逃げ事件に関し、共犯者らと共謀して、警察官に対し、参考人として、犯人は別人であるとする旨の虚偽の供述をした行為について、刑法(平成28年法律第54号による改正前のもの)103条(以下、「刑法103条」という。)の「隠避させた」に当たるとして、犯人隠避罪に問われた事案に関する上告事件である。

 本決定が犯人隠避に関して説示した事実関係の要旨は、次のとおりである。

 ⑴ Aは、平成23年9月18日、普通自動二輪車(カワサキZEPHYR。以下「A車」という。)を運転して死亡事故(以下「本件事故」という。)を起こしたのに、所定の救護義務・報告義務を果たさなかった。

 ⑵ 被告人は、自ら率いる不良集団の構成員であったAから同人が本件事故を起こしたことを聞き、A車の破損状況から捜査機関が前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであることを突き止めるものと考え、Aの逮捕に先立ち、Aとの間で、A車は盗まれたことにする旨の話合いをした。

 ⑶ Aは、前記⑴に係る各被疑事実により、平成24年7月8日通常逮捕され、引き続き勾留された。被告人は、その参考人として取調べを受けるに当たり、警察官から、本件事故のことのほか、AがA車に乗っているかどうか、A車がどこにあるか知っているかについて質問を受け、A車が本件事故の加害車両であると特定されていることを認識したが、警察官に対し、「Aがゼファーという単車に実際に乗っているのを見たことはない。Aはゼファーという単車を盗まれたと言っていた。単車の事故があったことは知らないし、誰が起こした事故なのか知らない。」などのうそを言い、本件事故の当時、A車が盗難被害を受けていたことなどから前記各罪の犯人はAではなく別人であるとする虚偽の説明をした。

 

2 訴訟の経過

 原々審裁判所は、本件における被告人の警察官に対する各供述について、被告人に犯人隠避罪が成立することを認め、被告人が控訴したが、原判決は、原々審判決が認定した被告人の警察官に対する虚偽供述が隠避に当たるとした原々審判決は正当である旨判断した。これに対し、被告人が上告した。

 

3 説明

 ⑴ 大審院以来の「隠避」に係る「藏匿以外の方法により官憲の発見逮捕を免れしむべき一切の行為を包含する」との判示は、以後の判例・裁判例に踏襲されている。これに当たるとされた具体的な行為のうち、捜査機関等に対して働きかける形態には、㋐身代わり自白、㋑捜査官に対し、身代わり自白以外の犯人の特定事項について虚偽の陳述をし、又はさせる行為がある。㋐については、犯人が身柄拘束されていない場合に「隠避」に当たるという判断が確定した判例となっていたが、犯人が身柄拘束されている場合であってもこのような行為が「隠避」に当たるかについては、最一小決平成1・5・1刑集43巻5号405頁により肯定された。同決定は、当該事案について、身柄の確保という観点からのみでも十分説明ができるものとして、その限度で判断を示したものである一方、身柄の確保を免れさせるような「性質の行為も」隠避に当たるとしていることからすれば、犯人の特定作用に支障を与えるような性質の行為が隠避たりうることを否定しているものでもないと解されている。また、本罪が抽象的危険犯であることを明らかにしたものであり、さらに、行為の一般的属性として「現になされている身柄の拘束を免れさせるような性質」があれば、他の事情を考慮するまでもなく抽象的危険犯としての犯人隠避罪が成立するとするものであると解されている(最高裁判所判例解説刑事篇平成元年度134~148頁〔原田國男〕)。㋑が本論点に直接参考となる類型であるが、最高裁で判断したものはなく、これまで8例が見られるが、このうち5例は「隠避」該当性が争点とされておらず、「隠避」該当性が争点とされた3例(高松高判昭和27・9・30高刑5巻12号2094頁、札幌高判昭和50・10・14高検速報99号15頁、和歌山地判昭和36・8・21下刑3巻7・8号783頁)は、単に参考人が捜査官に対して虚偽の供述をしたということから直ちに「隠避」と認めているものではなく、虚偽供述の内容に沿った疑念を生じさせる状況(口裏合わせ、書類の偽造、現場の偽装等)を伴って虚偽供述がされた場合について、「隠避」と認めている。

 なお、犯人隠避罪の問題ではないが、最一小決平成28・3・31刑集70巻3号58頁は、他人の刑事事件に関し、被疑者以外の者が捜査機関から参考人として取調べを受けた際に虚偽の供述をし、これが供述調書に録取されるなどして、書面を含む記録媒体上に記録された場合であっても、そのことだけをもって、刑法104条の証拠偽造罪に当たるということはできない旨を判示した。

 ⑵ 学説は、刑法103条の趣旨を刑事司法作用一般の保護と解する点のほか、大審院以来の「隠避」の意義に係る判示を出発点とすることにも基本的に異論を見ないが、その処罰範囲を画するため、㋐「隠避させた」の文理又は構成要件(既遂要件)を充足するといえるのはどのような場合かという観点から、身柄拘束状態の変化を必要とするなどとする見解、㋑本罪により保護される刑事司法作用の性質を「犯人の身柄の確保等」と理解した上、捜査機関等に対し虚偽の供述をする行為(身代わり自白を含む)は、犯人の身柄の確保を「直接」妨害するものではないから「隠避させた」に当たらないとする見解が示されていた。ただし、㋐のような見解に対しては、その文理から前記のような解釈が導かれるとはいえない、という反論がされており、また、㋑のような見解に対しては、前記刑事司法作用の性質を「犯人の特定作用」と理解する立場から、捜査機関に対し虚偽の供述をする行為(身代わり自白を含む)は当然に「隠避させる」に当たるとする見解が示されていたのみならず、前記刑事司法作用の性質をあくまでも「犯人の身柄の確保等」と理解しながらも、本罪が抽象的危険犯であることを強調し、犯人が身柄拘束されている場合の身代わり自白について、現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為であるから「隠避させた」に当たると考える見解も多い状況にあった。

 ⑶ このような中、本決定は、本論点に対する事例判断を示した。

 本決定は、被告人の行為は、「現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為」と認められるのであって、刑法103条にいう「隠避させた」に当たると判示している。したがって、本決定は、本条にいう「隠避させた」には「現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為」が含まれるという解釈を前提にしたものであり、この解釈は、本決定が参照判例として引用する平成元年最決と同じくしたものであるといえる。また、その表現ぶりの共通性のほか、本件の原々審判決、原判決とは異なり、身柄拘束状態に変化が生じたという事後的な事情に言及していないことからして、本決定は、被告人の行為に、行為の一般的属性として前記のような性質があれば、現実に身柄拘束状態に変化が生じたという事情がなくても、抽象的危険犯としての犯人隠避罪が成立するという考え方をとっているものと解され、この点も平成元年最決を踏襲したものといえる。

 本決定は、被告人が「道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであると知りながら、同人との間で、A車が盗まれたことにするという、Aを前記各罪の犯人として身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせ」をしたことと、「前記口裏合わせに基づいた」虚偽の供述を参考人として警察官に対してしたことを指摘して、このような被告人の行為は、「現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為」と認められると判断した。したがって、本決定は、本件の事実関係の下において、捜査段階の参考人として警察官に対して虚偽の供述をしたというだけでは、行為の一般的属性として前記のような性質があるとはいえないが、「犯人として身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせ」が行われ、虚偽の供述がその「口裏合わせに基づいた」ものであることを考慮して、前記のような性質があるといえると考えたものと思われる。このことについては、次の点に留意する必要があると思われる。

 まず、捜査段階の参考人が警察官に対して虚偽の供述をしたというだけでは、行為の一般的属性として前記のような性質があるとはいえないという点をみる。捜査段階の参考人の警察官に対する虚偽供述については、刑法104条の証拠偽造罪の成否という問題点を巡る累次の大審院、最高裁判例により、そのような供述をしたことから直ちに刑罰を科すことに対して慎重な解釈が示されており、平成28年最決でもこの点が確認されている。翻ってみると、捜査段階の参考人の警察官に対する供述は、捜査の進展に応じた流動的なものであり、様々な思惑から、様々な内容、態様のものがされることが想定され、警察官に虚偽の供述をしたというのみでは、現にされている身柄の拘束を免れさせるような程度の影響を与えないものもあり得る。これらを含めて参考人の警察官に対する虚偽供述のすべてを犯人隠避罪により処罰するのでは余りに処罰範囲が広く、前記の証拠偽造罪を巡る大審院、最高裁判例の流れとも整合性が取れないとの判断が、本決定の背景にあったのではないかと思われる。

 本決定が、本件の事実関係の下において、犯人との口裏合わせが行われてそれに基づいて虚偽の供述をする行為が、「現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質」があると認めた背景については、㋐虚偽供述の内容が「現にされている身柄の拘束」に影響を及ぼすものといえるかどうか、次いで、㋑口裏合わせを伴うことが刑事司法作用を害する程度に如何なる影響を及ぼすかという点からの考察が有用と思われる。㋐の点については、被告人の虚偽供述の内容は、Aが本件事故車の運転者ではあり得ないことを供述内容とするものであったといえる。本件では、A車(ゼファー)の運転者が事故を起こしたとの疑いの下で捜査が進められており、被告人も「A車の破損状況から捜査機関が道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであることを突き止めるものと考え」ていた状況下にあったから、Aは本件時A車を運転することはできなかったため犯人ではなく、A車の所在も探しようがないということを意味する被告人の前記虚偽供述が、Aの身柄拘束の是非に直結する内容のものであったと評価できるのであって、本決定の背景にはこのような判断があったのではないかと思われる。また、㋑の点についてみると、参考人から得られた供述が信用できるか否かは必須の捜査事項というべきであり、その際、関係者への事情聴取が信用性に関する有力な吟味方法となり得るところ、あらかじめ関係者との口裏合わせがされてしまえば、その吟味方法を奪うばかりでなく、更には捜査機関を誤った判断に導いてしまう可能性もあって、刑事司法作用を害する危険性を飛躍的に増大させるものといえる。したがって、この点は「隠避させた」に該当するか否かを判断するための重要な考慮要素と考えられるのであって、本決定の背景にはこのような判断があったのではないかと思われる。なお、小貫裁判官の補足意見は、法廷意見の背景を前記のように考える手掛かりとなるものといえる。

 学説の一部において、刑法103条が保護する刑事司法作用の理解を巡る見解の対立が「隠避させた」の意義の理解に影響するとも考えられてきていたところ、本決定は、犯人の特定作用に支障を与えるような性質の行為という点に踏み込まずに事案を処理している点が、目を引くところである。本決定の判文に照らせば、本決定が、犯人の特定作用に支障を与えるような性質の行為という点について言及していないことは明らかであるが、このことから直ちに、本決定が一般論としてこの点からの検討の余地を否定したとまで解することはできないであろう。また、平成元年最決を引用していることからしても、本決定は、平成元年最決と同様に、本件の事案について、身柄の確保という観点からのみでも十分説明ができるものとして、その限度で判断を示したものであって、犯人の特定作用に支障を与えるような性質の行為が「隠避させた」に当たり得ることを一般的に否定する判断は含んでいないものと解するのが相当と思われる。

 本決定は、前記口裏合わせを伴いこれに基づいて虚偽の供述がされる場合が「現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為」と認められると判断しているが、このほかに、虚偽供述の内容に沿って身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる状況があり得ることは当然の前提としているように思われる。どのような場合があり得るかは、今後の事例の積み重ねに委ねられることとなろうが、参考人として警察官に対して虚偽の供述をする行為について、新たな類型の事案を犯人隠避罪により処理しようとする際には、当該行為の性質あるいは保護法益を侵害する危険性の有無・程度に関する具体的な分析・検討をすることが求められるのではないかと思われる。

 

4 本決定の意義等

本決定は、平成元年最決を踏襲した事例判断ではあるものの、これまで最高裁判例のなかった論点に関する新たな判断であり、今後の犯人隠避罪の成立範囲の外延を考えるに当たって実務上の参照価値が高いことから、本決定の意義は大きいものと思われる。

タイトルとURLをコピーしました