◇SH2119◇北越コーポレーション、訴訟の判決に関するお知らせ 小西貴雄(2018/10/02)

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北越コーポレーション、訴訟の判決に関するお知らせ

 

岩田合同法律事務所

弁護士 小 西 貴 雄

 

 北越コーポレーションは、平成30年9月20日、「訴訟の判決に関するお知らせ」と題するリリース(以下「本件リリース」という。)を公表した。北越コーポレーションは、同社が所有する大王製紙株式の価値が、大王製紙の取締役の任務懈怠によって著しく毀損され損害を被ったとして、大王製紙の取締役に対し、平成27年12月15日付で、約88億円の損害賠償を求める民事訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起していた。本件リリースの内容は、北越コーポレーションの請求をいずれも棄却するという第一審判決が言い渡されたというものである。

 本件訴訟の判決文は未公表であるため事案の詳細は不明であるが、以下では、本件訴訟を題材にして、取締役の任務懈怠について検討したい。

 

(1)経営判断原則について

 北越コーポレーションは、2020年満期ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債の発行(以下「本件発行」という。)を決議したことが、大王製紙の取締役の任務懈怠であるという主張を展開している。任務懈怠の理論構成としては、(a)本件発行が新株予約権付社債の有利発行であるにもかかわらず株主総会の特別決議を得ていないという法令違反の構成と、(b)本件発行を決議するという意思決定自体が、取締役が会社に対して負う善管注意義務に反するという構成が考えられる。

 上記のうち、(a)の場合には、法令違反があれば直ちに任務懈怠となるのに対し、(b)の場合には、任務懈怠を判断する基準として、経営判断原則の考え方が適用されることとなる。経営判断原則とは、取締役が、適切な事実認識に基づいて、通常の企業人として著しく不合理とはいえない意思決定を行った場合には、当該取締役の判断は基本的に任務懈怠を構成しない、という原則である。したがって、本件訴訟において大王製紙の取締役の任務懈怠を主張するためには、取締役の意思決定が誤った事実認識に基づいてなされていること、又は本件発行を決議するという意思決定が通常の企業人として著しく不合理であることを主張・立証する必要がある。

 この点、大王製紙は、平成27年12月16日付のニュースリリースにおいて、①本件発行の目的及び発行条件ともに合理的であること、②発行決議に至るまでの検討プロセス等において十分な議論が尽くされていること、③本件発行に際して法律事務所等の専門家から意見を取得していること等を公表している。これらの事実は、経営判断原則に照らして大王製紙の取締役に任務懈怠がないことを基礎づける事情である。

 

(2)株主による会社法429条1項の主張について

 北越コーポレーションは、同社の所有する大王製紙株式の価値の下落が損害であるとして、会社法429条1項に基づき大王製紙の取締役の責任を追及している。この点、株式価値の下落について、株主は会社法429条1項に基づく請求ができるのかという点が問題となる。

 一般に、株式価値が下落することによる損害は、間接損害と解されている。そして、多くの裁判例は、株式価値の下落により全株主が平等に不利益を受けた場合、株主が取締役に対しその責任を追及するためには、株主代表訴訟によらなければならず、会社法429条1項による請求はできないと解している(東京地判平成8年6月20日・判時1578号131頁等)。

 

直接損害 間接損害

取締役の任務懈怠によって第三者が直接に受ける損害

例)株主平等原則に違反する剰余金の配当

取締役の任務懈怠によって会社に損害が生じ、その結果として二次的に第三者が受ける損害

例)会社の業績悪化による株価の下落

 

 本件においても、大王製紙の株価の下落による損害が間接損害と解される場合、多数の裁判例に従えば、当該損害について株主は会社法429条1項に基づく請求ができないこととなる。しかし、本件発行の場合、それにより会社の財産減少や業績悪化が生じたわけではないため、果たして本件発行により「会社に損害が生じ」たといえるのかは疑問があり、北越コーポレーションが被った損害はむしろ直接損害と解するべきであるとも考えられる。違法な新株の有利発行の事例においては、有利発行によって株式価値が下落したことによる既存株主の損害は直接損害であると構成して、会社法429条1項に基づく請求を認める裁判例が存在する(東京地判昭和56年6月12日・下民集32巻5-8号783頁等)。本件で北越コーポレーションが会社法429条1項に基づく請求を行うためには、このような有利発行の事例と同様の理論構成を取る必要があるものと思われ、報道によれば、北越コーポレーションは、本件発行が有利発行であるとの主張を展開していたようであるから、同様の理論構成によって会社法429条1項に基づき大王製紙の取締役の責任を追及したものと推測される。

 

(3)まとめ

 本件リリースにおいて、北越コーポレーションは、直ちに控訴する方針を示している。

 第一審判決は、本件発行は有利発行にも不公正発行にも該当せず、大王製紙の取締役に任務懈怠はないという判断を示しているようである。控訴審がどのような判断を示すか、今後も注目に値する。

以 上

 

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