◇SH2124◇最三小判 平成28年12月9日 覚せい剤取締法違反、関税法違反被告事件(大谷剛彦裁判長)

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 郵便物の輸出入の簡易手続として税関職員が無令状で行った検査等について、関税法(平成24年法律第30号による改正前のもの)76条、関税法(平成23年法律第7号による改正前のもの)105条1項1号、3号によって許容されていると解することが憲法35条の法意に反しないとされた事例

 税関職員が、郵便物の輸出入の簡易手続として、輸入禁制品の有無等を確認するため、郵便物を開披し、その内容物を目視するなどした上、内容物を特定するため、必要最小限度の見本を採取して、これを鑑定に付すなどした本件郵便物検査(判文参照)を、裁判官の発する令状を得ずに、郵便物の発送人又は名宛人の承諾を得ることなく行うことが、関税法(平成24年法律第30号による改正前のもの)76条、関税法(平成23年法律第7号による改正前のもの)105条1項1号、3号により許容されていると解することは、憲法35条の法意に反しない。

 憲法35条、関税法(平成24年法律第30号による改正前のもの)76条、関税法(平成23年法律第7号による改正前のもの)105条、1項1号、3号、3項

 平成27年(あ)第416号 最高裁平成28年12月9日第三小法廷判決 覚せい剤取締法違反、関税法違反被告事件 上告棄却(刑集70巻8号806頁登載)

 原 審:平成26年(う)第821号 東京高裁平成27年2月6日判決
 原々審:平成24年(わ)第220号 東京地裁平成26年3月18日判決

 本件は、ルーマニア国籍の被告人がイラン国内から、営利目的で覚せい剤約2㎏(以下「本件覚せい剤」という。)を航空小包郵便物(以下「本件郵便物」という。)に隠し入れて、東京都内に居住する外国人宛に発送したが、税関検査(以下「本件郵便物検査」という。)で覚せい剤の在中が発覚して検挙された覚せい剤密輸の事案である。本件郵便物検査では、外装箱開披、外装箱の内部の目視確認、内容物の外観検査、TDS検査(ワイプ材と呼ばれる紙を使用した検査)のほか、極微量の内容物を取り出して、これを仮鑑定・鑑定することも行われていたところ(その事実経過は、判文参照)、弁護人から、発送人・名宛人の承諾も令状もなく行われた本件郵便物検査は、令状主義の精神に反する重大な違法があり、本件郵便物検査により発見された本件覚せい剤及びその派生証拠に証拠能力がないと主張され、①当時〔平成24年8月21日〕の関税法(以下で、「関税法」は当時のものをいう。)上、どのような検査が許容されており、本件郵便物検査が関税法上許容されていると解されるか、②本件郵便物検査が憲法35条に反するかなどが問題とされた。

 原々審は、証拠採否決定の中で、本件郵便物を開披して仮鑑定を行うなどした検査は、関税法105条に基づく検査として許容されていて適法であるが、仮鑑定で陽性反応が出た後に行われた鑑定については、関税法105条の行政目的にとどまらない犯則事件調査(捜査)の一環としての側面を有することが否定できないから、鑑定処分許可状を得てから行うのが適切であったが、令状主義の精神を没却する重大な違法はないとの判断を示して、本件覚せい剤及びその派生証拠の証拠能力を認めて、本件覚せい剤密輸に係る覚せい剤取締法違反、関税法違反の事実を認定し、被告人を懲役12年及び罰金600万円、覚せい剤没収に処し、被告人が控訴した。原判決は、関税法の規定ぶりに照らし、郵便事業株式会社の個別的な承諾は不要で、信書以外の郵便物の検査は、発送人又は名宛人の承諾を得る必要はないから、承諾なく検査したことに違法はなく、仮鑑定後に鑑定する必要性もあったから、その点にも違法はないとして証拠能力を肯定し、その他の弁護人の所論も排斥して控訴を棄却し、被告人が上告した。

 上告趣意において、本件郵便物検査は憲法35条の許容しない無令状の強制処分であるなどと主張されたが、本判決は、2件の大法廷判例(川崎民商事件・最大判昭和47・11・22刑集26巻9号554頁、成田新法事件・最大判平成4・7・1民集46巻5号437頁)の趣旨に徴し、本件郵便物検査が関税法76条、105条1項1号、3号(以下「本件各規定」という。)によって許容されていると解することが憲法35条に違反しないとの判断を示し、上告を棄却した。

 

 関税法は、税法であると同時に通関法であり、通関過程において、社会公共の利益を保護することを目的として、輸出入の可否に関して審査が行われる。そして、関税法は、水際で輸出入禁止の実効を期すため、輸出入してはならないものを定め、一定の輸出入禁制品については、税関長に没収・廃棄等するなどの強力な権限を認めている(関税法69条の2、11)。そして、関税法は、郵便物の輸出入については、大量の郵便物の通関行政を簡易迅速に処理するため、原則として簡易手続(関税法76条)の対象とし、郵便事業株式会社(現在は日本郵便株式会社)に対して郵便物を提示する義務を定め、税関職員に対し、同社職員の立会の下で郵便物を検査し(関税法76条1項ただし書、105条1項1号、同法施行令66条の2第1項)、見本を採取する権限を認めるとともに(関税法105条1項3号)、その検査の結果、輸入のための要件を満たさない郵便物は、名宛人へ交付しないものとし(関税法76条4項、70条)、一定の禁制品が発見された場合には、これを没収・廃棄等することを認め(関税法69条の11第2項)、これらによって、通関目的を達成しようとしていると解される。このような検査に令状を必要とする規定はおかれておらず、関税法が、令状なく、これらの検査等を行うことを許容していることは明らかである。さらに、通信の秘密(憲法21条2項)の観点から、信書の秘密を侵してはならないとされ(関税法76条2項)、郵便物中に信書があると認められる場合には、郵便物の発送人又は名宛人に開示させるか、承諾を得て検査をするものとされるなど、手厚い規定が設けられていること(関税法施行令66条の2第2項)と対比すると、信書を含まない郵便物については、発送人又は名宛人の承諾を要しないことが、関税法上も当然の前提とされていると解される。このように、関税法に基づく郵便物の輸出入の簡易手続における郵便物検査の手続として、令状又は発送人・名宛人の承諾のいずれかが必要であると解する余地はないと考えられる。

 本判決は、本件各規定の目的・性質について、「関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易、迅速に実現するための規定である」とした上で、令状、承諾の要否に関し、「税関職員において、郵便物を開披し、その内容物を特定するためなどに必要とされる検査を適時に行うことが不可欠であって、本件各規定に基づく検査等の権限を税関職員が行使するに際して、裁判官の発する令状を要するものとはされておらず、また、郵便物の発送人又は名宛人の承諾も必要とされていないことは、関税法の文言上明らかである」と判示し、さらに、その検査の範囲に関し、「発送人又は名宛人の承諾を得なくとも、具体的な状況の下で、上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理といえない」と判示し、郵便物検査に関する一般論として、令状の要否、発送人・名宛人の承諾の要否、許容されている検査の範囲についての解釈が明らかにされている。そして、本件郵便物検査に強制的性質があることは否定し難いと考えられるが本判決は、本件事案における事実関係に即して、「本件郵便物検査は、前記のような行政上の目的を達成するために必要かつ相当な限度での検査であった」として「本件郵便物検査を行うことは、本件各規定により許容されていると解される」との事例判断を示している。

 

 そこで、行政手続として行われた本件郵便物検査が、令状も承諾もなく許容されていると解することと憲法35条との関係が検討されなければならない。

 この点に関し、川崎民商事件判決は、「憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当でない」とした上で、旧所得税法所定の質問検査権が憲法35条1項の法意に反しないとした理由について、①国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的〔目的の内容・公益性〕、②刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、実質上も、刑事資料収集に直接結びつく作用を一般に有しないこと〔手続の一般的性質・機能・刑事手続との関係〕、③強制態様が、罰則による間接的なものであって、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達していないこと〔強制の態様・程度〕、④収税官吏による実効性ある検査制度が必要不可欠であり、目的、必要性にかんがみて、強制の程度が不均衡、不合理ではないこと〔目的・必要性との比較衡量による強制程度の合理性〕、を指摘しており、成田新法事件判決においても、同様の枠組みに基づき、強制的な行政手続の憲法35条適合性の判断が示されていた。

 本判決は、このような川崎民商事件判決・成田新法事件判決の判断枠組みに基づき、本件具体的事実関係の下で、本件郵便物検査を行うことが本件各規定により許容されていると解するという関税法の解釈が、憲法35条の法意に反しないとの事例判断を示したものと思われる。すなわち、本判決は、まず、本件各規定に基づく郵便物検査の目的・性質について、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易、迅速に実現するための手続で、刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでないことを指摘しており、国際郵便物に対する税関検査であることに伴う、本件郵便物検査の特質を踏まえて判示されていると考えらえる。次に、本判決は、強制の態様・程度に関する事情として、①「国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており、国内郵便物の場合とは異なり、発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期待がもともと低い」こと、②「郵便物の提示を直接義務付けられているのは、検査を行う時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって、発送人又は名宛人の占有状態を直接的物理的に排除するものではないから、その権利が制約される程度は相対的に低い」こと、を指摘している。これらは、国際郵便物に対するプライバシー・財産権の権利主体である発送人及び名宛人の制約される権利・利益の内容・程度、発送人らの合理的意思内容、発送人らに対する有形力の行使の有無・程度という側面からみた場合における、国際郵便物に対する税関検査の特質を指摘したものと思われる。その上で、本判決は、目的・必要性との比較衡量による強制程度の合理性に関し、「税関検査の目的には高い公益性が認められ、大量の国際郵便物につき適正迅速に検査を行って輸出又は輸入の可否を審査する必要があるところ、その内容物の検査において、発送人又は名宛人の承諾を得なくとも、具体的な状況の下で、上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理とはいえない」との判断を示し、本件郵便物検査が、本件具体的状況の下において、行政上の目的を達成するために必要かつ相当な限度での検査であったという事例判断を前提とした上で、本件郵便物検査が本件各規定によって許容されていると解することが、憲法35条の法意に反しないとの結論を導き出している(なお、米国判例上においても、捜索に関する基準が、国境での検査・捜索の場合と、国内の場合とでは異なるものとされている。鈴木義男編『アメリカ刑事判例研究 第1巻』(成文堂、1982)111頁〔宮本雅文〕、渥美東洋編『米国刑事判例の動向Ⅳ 合衆国最高裁判所判決』(中央大学出版部、2012)480~501頁〔中野目善則〕参照)。

 

 最後に、本件においては、通関行政目的に基づいて必要性・相当性の認められる限度で適法に本件郵便物検査が行われた上で、犯則調査手続に移行した後に、改めて裁判官の発する許可状を得て本件覚せい剤が差し押さえられ、犯則調査手続として適法な鑑定などが行われていることが認められ、このような事実経過に照らせば、本件郵便物検査が令状主義を潜脱する意図で行われたものでないことも明らかであるし、ほかに、本件郵便物検査によって得られた情報、証拠資料を犯則調査機関に提供したことを違法視すべき事情もうかがわれないため、本判決は、「前記認定事実によれば、本件郵便物検査が、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行われたものでないことも明らかである」と判示し、本件覚せい剤等の証拠能力を肯定したものと思われる。

 

 本判決は、事例判断としてではあるが、行政手続と憲法35条との関係に関して判示した3番目の最高裁判例として、また、国際郵便物に対する税関検査の性質に照らした関税法の解釈を明らかにしたものとして、重要な意義を有するものといえるであろう。

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