◇SH0595◇最一小判 平成27年12月14日 開発許可処分取消請求事件(櫻井龍子裁判長)

未分類

1 事案の概要等

 本件は、処分行政庁である鎌倉市長が行った都市計画法(平成26年法律第42号による改正前のもの。以下同じ。)29条1項による開発行為の許可(以下「本件開発許可」という。)について、本件開発許可に係る開発区域の周辺に居住するXらが、Y(鎌倉市)を相手に、その取消しを求めた事案である。
 本件においては、訴えの提起前に、本件開発許可に係る開発行為に関する工事が完了し、訴え提起の翌日には、当該工事が本件開発許可の内容に適合する旨の検査済証が交付されていたため、訴えの利益が存続するものか否かが争点となった。
 この点については、市街化区域内にある土地を開発区域とする開発許可につき、最二小判平成5・9・10民集47巻7号4955頁、判時1514号62頁、判タ868号148頁、判例地方自治125号74頁(以下「平成5年最判」という。)及び最三小判平成11・10・26集民194号907頁、判時1695号63頁、判タ1018号189頁(以下「平成11年最判」という。)が、当該開発許可を受けた開発行為に関する工事が完了し検査済証が交付された後においては、その取消しを求める訴えの利益は失われる旨判示しているところ、本件開発許可は、市街化調整区域内にある土地を開発区域とするものであったため、上記の各最高裁判例の射程が及ぶか否かが問題となったものである。

 

2 原々審判決及び原判決

 (1) 原々審判決は、平成5年最判及び平成11年最判を参照した上、開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後においては、開発許可が有する本来の効果は既に消滅しており、他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存せず、当該開発許可の取消しを求める訴えは、その利益を欠くに至るとして、本件訴えについても訴えの利益を欠くに至り不適法であるとして、これを却下すべきものとした。
 (2) これに対し、原判決は、市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域において、都市計画法43条1項所定の建築制限が解除されて、当該開発許可に係る予定建築物等の建築物の新築等が可能となるのは、開発許可の法的効果であり、上記法的効果は、当該開発許可に係る開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付がされた後においても残っているとした上、本件訴えについても訴えの利益が認められるとして、原々審判決を取り消し、本件を原々審に差し戻すべきものとした。

 

3 本判決

 最高裁第一小法廷は、本件を上告審として受理した上、次のとおり判示し、原判決の判断を正当として是認して、上告を棄却した。
 市街化調整区域のうち、開発許可を受けた開発区域以外の区域においては、都市計画法43条1項により、原則として知事等の許可を受けない限り建築物の建築等が制限されるのに対し、開発許可を受けた開発区域においては、同法42条1項により、開発行為に関する工事が完了し、検査済証が交付されて工事完了公告がされた後は、当該開発許可に係る予定建築物等以外の建築物の建築等が原則として制限されるものの、予定建築物等の建築等についてはこれが可能となる。そうすると、市街化調整区域においては、開発許可がされ、その効力を前提とする検査済証が交付されて工事完了公告がされることにより、予定建築物等の建築等が可能となるという法的効果が生ずるものということができる。
 したがって、市街化調整区域内にある土地を開発区域とする開発行為ひいては当該開発行為に係る予定建築物等の建築等が制限されるべきであるとして開発許可の取消しを求める者は、当該開発行為に関する工事が完了し、当該工事の検査済証が交付された後においても、当該開発許可の取消しによって、その効力を前提とする上記予定建築物等の建築等が可能となるという法的効果を排除することができる。
 以上によれば、市街化調整区域内にある土地を開発区域として開発許可を受けた開発行為に関する工事が完了し、当該工事の検査済証が交付された後においても、当該開発許可の取消しを求める訴えの利益は失われない。

 

4 検討

 (1) 取消訴訟の訴えの利益
 最高裁判例は、行政処分の取消訴訟の目的は、処分の法的効果により個人の権利利益を侵害されている場合に、判決により上その法的効果を遡及的に消滅させ、個人の権利利益を回復させることにあると解している(最三小判昭和47・12・12民集26巻10号1850頁、判時692号34頁、判タ288号204頁、最一小判昭和57・4・8民集36巻4号594頁、判時1040号3頁、判タ470号54頁等)。このような取消訴訟の目的からすると、当該行政処分の取消しの訴えは、国民の権利利益を侵害する処分の法的効果が存続しており、これが取り消されることによって処分により侵害された国民の権利利益が回復される場合に限り、その利益を肯定することができるということになる。したがって、訴えの利益の存否については、処分が取消判決によって除去すべき法的効果を有しているか否か、処分を取り消すことによって回復される法的利益が存するのか否かという観点から検討されることになる。
 (2) 都市計画法による開発行為と予定建築物等の建築等の規制
 都市計画法は、無秩序な市街化を防止して都市の健全で計画的な発展を図ることを趣旨とする市街化区域、市街化調整区域の制度を担保し、かつ、良好な市街地を実現するために、開発行為に一定の水準を確保することを目的として、開発行為と予定建築物等の建築等に関する規制を行っている。その概要は次のとおりである。
 ア 開発許可
 都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は、原則として、あらかじめ都道府県知事の許可を受けなければならい(29条1項)。開発許可の基準は、同法33条1項各号(市街化調整区域については、更に同法34条各号のいずれかに該当する必要がある。)に列挙されており、良好な都市環境を実現することを主たる目的として、環境保全、災害防止の観点から全国的に一定の水準が確保されるように開発行為を規制している。
 イ 検査済証の交付・工事完了公告
 開発許可を受けた者は、当該開発行為に関する工事が完了したときは、その旨を都道府県知事に届け出なければならず(36条1項)、都道府県知事は、上記届出があったときは、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査し、その検査の結果工事が開発許可の内容に適合していると認めたときは、検査済証を開発許可を受けた者に交付し(同条2項)、工事が完了した旨を公告しなければならない(同条3項)。
 ウ 工事完了公告があるまでの間の建築制限
 開発許可を受けた開発区域内の土地においては、上記公告があるまでの間は、建築物を建築し、又は特定工作物を建設してはならないが、都道府県知事が支障がないと認めたときは、この限りではない(37条1号)。
 エ 工事完了公告があった後の建築制限
 開発許可を受けた開発区域内においては、工事完了公告があった後は、当該開発許可に係る予定建築物等以外の建築物又は特定工作物を新築し、又は新設してはならず、また、建築物を改築し、又はその用途を変更して当該開発許可に係る予定の建築物以外の建築物としてはならない(42条1項)。
 なお、市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域以外の区域内においては、都道府県知事の許可を受けなければ、29条1項2号若しくは3号に規定する建築物以外の建築物を新築し、又は第一種特定工作物(4条11項)を新設してはならず、また、建築物を改築し、又はその用途を変更して29条1項2号若しくは3号に規定する建築物以外の建築物としてはならない(43条1項)。
 オ 監督処分(違反是正命令)
 国土交通大臣、都道府県知事又は市長は、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反した者に対して、違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる(81条1項1号)。
 (3)ア 平成5年最判及び平成11年最判は、いずれも市街化区域内にある開発区域における事案であるが、工事が完了し、検査済証が交付された後は、訴えの利益がなくなる旨判示していた。すなわち、平成5年最判は、都市計画法29条の開発許可は、あらかじめ申請に係る開発行為が同法33条所定の要件に適合しているかどうかを公権的に判断する行為であって、その本来的な効果は、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないというものであり、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、開発許可の有するこの法的効果は消滅するというべきあり、同法81条1項1号に基づく違反是正命令も訴えの利益を基礎付けるものではないと判示し、平成11年最判は、工事が完了し、検査済証が交付された後は、予定建築物について建築確認がされていないとしても訴えの利益は失われると判示していた。
 イ しかしながら、市街化区域と市街化調整区域においては、上記2でみたとおり、建築等の制限の態様が異なり、開発許可の法的効果も異なっている。すなわち、そもそも、開発行為を伴わず開発許可を要しない建築物の建築等については、市街化区域においては、用途地域に関する建築制限(都市計画法10条、建築基準法第3章第3節)等に従う限り、自由にこれを行うことができるが、市街化調整区域においては、都市計画法43条により、原則として都道府県知事の許可を受けない限りこれを行うことが禁止されている。
 一方、開発行為を伴う建築物の建築等をするためには、市街化区域又は市街化調整区域のいずれであっても、開発許可を受けた上で開発行為を行う必要があるところ、開発許可がされた場合においては、工事完了公告がされた後は、都市計画法42条1項により、当該開発区域内において当該許可に係る予定建築物等以外の建築物の建築等が原則として禁止されることになる。このことは、市街化調整区域においては、予定建築物等の建築等が可能となることを意味することになる。なお、市街化区域においては、原則として用途地域が定められるため、都市計画法42条1項ただし書きにより、その制限が一部の場合を除いて及ばないこととなる(建築物の建築等は制限されず、特定工作物のうち一定のものについてのみその新設等が禁止されるにすぎない)ため、同法42条1項の規制は、実質的には、市街化調整区域のみについての規制であるとも理解されている。
 上記のような建築物の建築等の制限の状態の違いは、開発許可の有無によって法律上もたらされたものであり、開発許可の法的な効力であるということが可能であり、開発許可により、市街化区域については、原則的な自由の状態が基本的に維持されるのに対し、市街化調整区域については、一般的な禁止の状態から予定建築物等の建築等につき禁止が解除されるに至るということができる。
 このように、市街化調整区域内における開発許可については、当該開発許可を受けた開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付がされた後においても、当該開発許可に係る予定建築物等の建築等をすることができるという法的効果が残っており、本件においても、Xらは、このような法的効果を排除することにより本件の開発区域における予定建築物の建築を回避して自らの法的利益を回復することが可能となる。

 

5 本判決の意義

 本判決は、最高裁判例が存在しなかった市街化調整区域に係る開発許可につき、当該開発許可を受けた開発行為に関する工事が完了し、検査済証が交付された後においても訴えの利益が存続する旨を明らかにしたものであり、理論上及び実務上重要な意義を有するものと考えられる。

 

タイトルとURLをコピーしました