コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(108)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑱―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、食中毒事件の原因が大樹工場にあったことが判明した経緯について述べた。
2000年8月18日、大阪市が、低脂肪乳の原料として用いられていた大樹工場製造の脱脂粉乳から、黄色ブドウ球菌の産生するエンテロトキシンA型が検出されたことを発表したため、食中毒の原因究明は北海道の大樹工場に移った。
帯広保健所は8月23日、食品衛生法に基づき、同工場に対しチーズ製造を含む営業禁止と、4月1日と10日製造の脱脂粉乳の回収命令を出した。
また、大阪府警は大樹工場の脱脂粉乳が汚染原因と特定し、業務上過失傷害容疑などで同工場を家宅捜索する方針を固めた。
8月29日帯広保健所が4月10日製造の脱脂粉乳に関し、日報の改ざん(数量の虚偽報告並びに製造日付の改ざん)があったことを発表、8月30日、長野県が、八ヶ岳雪印牛乳(株)の「牧場の朝」からエンテロトキシンが検出されたと発表、これを受け、諏訪保健所から八ヶ岳雪印牛乳(株)の8月14日、15日製造の同商品について回収命令が出された。
9月1日、帯広保健所が手捺印製造日の6月30日付脱脂粉乳をさらに追加発見し、エンテロトキシンを検出したことを発表した。
同日、雪印乳業(株)北海道支社は道東支店にて記者会見を行ない、未出荷のまま保管されていた大樹工場製造の脱脂粉乳6,400袋(160トン)を全量廃棄し、今後大樹工場で脱脂粉乳を製造しないことを発表した。
12月20日、厚生省・大阪市の原因究明合同専門家会議は、食中毒の原因を大樹工場の脱脂粉乳製造過程とする最終報告をまとめ、中間報告で可能性を指摘した大阪工場のずさんな衛生管理については原因から除外した。また、有症者は1万4,780人、診定患者数は1万3,420人と断定した。
今回は、事件の原因と問題点を整理・考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑱:食中毒事件の原因と問題点①】
雪印乳業(株)の今回の食中毒事件は、大樹工場で生産した脱脂粉乳に黄色ブドウ球菌の産生する毒素であるエンテロトキシンが含まれ、これを原料として使用した製品を喫食した消費者に食中毒事件が発生、雪印乳業(株)の対応が遅れ、被害が拡大したものである。
しかし、筆者は、問題の根は、単なる事故への対応遅れではなく、大樹工場の事故時に生産した社内規格や食品衛生法乳等省令に違反する脱脂粉乳を原料の一部として再溶解[1](脱脂粉乳の製造で再溶解は認められている)して脱脂粉乳を製造したことや、日付の改ざんを行っていたことなどのコンプライアンス違反にあると考える。(これについては、食中毒事件の根本原因を考察する時に、改めて考察する)
エンテロトキシンが産生された具体的な経過は次の通りである。(『雪印乳業史 第7巻』407頁~411頁)
1. 大樹工場におけるエンテロトキシン産生のメカニズム
大樹工場は年間牛乳処理量8万キロリットル(1999年度)のナチュラルチーズを生産する主力工場で、ナチュラルチーズのほかに、全粉乳、脱脂粉乳、ホエイ粉及び生クリームを生産していた。
(1) 4月1日の脱脂粉乳の製造状況
2000年3月31日、大樹工場の電気室にツララが落下、屋根の破損部分から氷雪の溶解水が浸入したため、配線がショートし工場構内全体が約3時間停電した。停電が起こった時、分離工程では、クリームと脱脂乳に分離中であり、脱脂粉乳は濃縮作業中であった。
その後、復旧作業のための計画停電もあり、停電が完全に回復するまで9時間を要し、この間に、工程中で黄色ブドウ球菌が増殖したものと考えられる。
厚生省・大阪市原因究明専門家会議の最終報告(2000年12月20日)によると、「黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンA型産生は、クリーム分離工程または濃縮工程のライン乳タンクで起こったと考えられる。これらの工程における汚染要因については前者が、増殖要因については後者が合理的な説明が可能であるが、調査において確認された事実からはこれ以上の解明は困難と考える。」と報告された。
ライン中に滞留した乳も含めて4月1日に脱脂粉乳939袋が製造された。
4月1日製造の脱脂粉乳のどのサンプルからも黄色ブドウ球菌は検出されていない。
その後の殺菌工程で熱に弱い黄色ブドウ球菌は死滅したが、熱に強い細菌類とエンテロトキシンは残った。
4月1日製造された939袋分の脱脂粉乳のうち、830袋が4月1日製造日付で充填され、残りは充填包装されたものの日付が捺印されないままにされた。
大樹工場では歩留まり調整のために製造した脱脂粉乳の一部について日付を捺印せずに保管しておき、後日製造分と合わせて出荷する慣行が存在していた。
4月4日、大樹工場品質管理室による出荷検査の結果、微生物品質の異常が認められたため、充填前半の450袋までを製品計上(うち7袋はサンプル用)し、残り489袋は仕掛品とされた。
(2) 4月10日製造脱脂粉乳の製造状況
4月10日には、仕掛品489袋のうち449袋を水に溶解し、生乳から処理された脱脂乳と混合して、再び脱脂粉乳を820袋製造した。(うち750袋が製品として出荷)
4月1日製造の脱脂粉乳には細菌数が最大で9万8,000個/グラム検出されており、社内の規格(9,900個/グラム以下)はおろか乳等省令の規格(5万0,000個/グラム以下)を超えているものもあった。
4月10日は製造工程の温度管理はおおむね適切に行なわれていたことが確認されており、殺菌工程で再利用品中の細菌数は規格内まで減少したが、4月1日に産生されたエンテロトキシンは残ったのである。
(つづく)
[1] 4月1日製造の事故品は、細菌数が最大で9万8,000個/グラム検出されており、社内の規格(9,900個/グラム以下)はおろか乳等省令の規格(5万個/グラム以下)をも超えていたが、4月10日にその脱脂粉乳を再溶解して脱脂粉乳を製造した。