◇SH2135◇タイ:クラスアクション事件・最初の裁判例 箕輪俊介(2018/10/12)

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タイ:クラスアクション事件・最初の裁判例

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 箕 輪 俊 介

 

 2015年末にクラスアクション制度がタイに導入されてから3年弱が経過し、まだその数は多くはないものの、この制度を利用して行われた申し立てを裁判所がクラスアクションとして受理する例が増え始めている。今般、この制度を利用した事件について、2018年9月21日にはじめて裁判所が判決を下したので、その内容等について、本稿にて紹介したい。

 

事件の内容

 本件は、2017年に、米系の大手自動車メーカーであるフォードの販売する自動車、「Ford Fiesta」及び「Ford Focus」の購入者が、フォードのタイ現地法人(販売会社)に対して、トランスミッション等について欠陥を抱えた自動車を販売していたことに対する責任を追及するために訴えを提起したものである。訴えは、400名を超える被害者団体(クラス)を代表する10名により提起され、そのうち300名弱が原告として訴訟に参加することになった(うち100名強は被告が提案した和解案に合意し、原告として訴訟に参加することを辞退(オプトアウト)した)。原告側は、対象となった製品の買い戻しと、6億バーツ(約21億円)の損害賠償を要求していた。

 

判決の内容

 判決にて、裁判所は被告が欠陥のある自動車を販売したことにより利用者の修理費用を増大させ、原告は修理に要する時間を浪費せざるを得なかったとして被告の帰責性をみとめ、291名の自動車所有者に対して、1人あたり2万バーツから20万バーツ(約7万円から70万円)、全体で約2,300万バーツ(約8,000万円)の損害金(及び年率7.5%の経過利息)を支払いすることを被告に命じた。また、裁判所は、原告側の弁護士に対して、およそ約95万バーツ(約330万円)の弁護士報酬(内訳:通常の弁護士報酬:15万バーツ(約50万円)及び成功報酬:80万バーツ(約280万円))を支払うことを被告に命じた。被告は第一審の判決の内容を受け止め、控訴はしない方針である旨、報道されている。原告側の控訴に関する方針は本稿脱稿時点ではまだ報道されていない。

 

判決の評価

 本判決は、タイの裁判所がクラスアクション制度を利用した事件においてはじめて判決を下した例として評価できる。この点、訴額及び弁護士費用は米国のそれと比べると小さいといえるものの、かといって軽視できるレベルのものでもない。タイのクラスアクション制度は同様の制度を有している他の多くの法域と異なり、その制度の利用は特定の法分野(証券被害や労働訴訟等)に限定されていないため、裁判所が受理する限り幅広な運用が認められ得る。先述の通り、裁判所がクラスアクション制度として受理する例は増加の傾向にあり、それらの中には本件のようにメーカーがその製造物の責任を問われる場合や、周辺住民から公害被害を問われる場合が含まれる。その意味では、日本のメーカーや土地・インフラの開発業者がかかるトラブルに巻き込まれる可能性があることについては留意されたい。

 

 なお、タイのクラスアクション制度は米国の同制度を参照して設計されており、以下の点は米国と同様といえる。

  1.   クラスの他の構成員の事前の同意を得ることなく、そのクラス全体を代表して訴えを起こすことが可能。
  2.   原告は、自身以外のクラス全員の請求権の合計額を訴求できる。
  3.   既判力などの判決の効力は、訴訟行為をしなかった者も含めて同じクラスに属する者全体に当然に及ぶ。
  4.   クラスに属する者が裁判の結果に拘束されないためには、訴え提起の通知を受けた時に自ら除外を申し出ておく必要がある(オプトアウト)。
  5.   原告が勝訴すると、弁護士費用を被告負担とすることが可能(但し、タイの場合、認容額の30%が上限となる)。また、原告側弁護士は、裁判所が命令した場合、原告勝訴時に成功報酬を受け取ることが可能(タイでは、弁護士倫理の観点から通常弁護士は裁判の帰趨に報酬が連動する成功報酬を受け取ることができないが、クラスアクション制度については裁判所が裁量により認める限りにおいて例外的に明文で原告側弁護士が成功報酬を受け取ることを許容している)。

 仮に、今後、クラスアクション制度の利用がタイで本格化し、企業もそのリスクを真剣に検討しなければならないということになった場合、米国で近時議論されているような仲裁合意によるクラスアクション制度の回避が認められるか、クラスアクション制度として受理されるための要件をどのように解釈するべきか、どのタイミングで和解を取りつけるべきなのか等の議論が活発化することが予測される。

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